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第6話

「もう2年前なんだよね」


 そうイリスが言った。


「みんなも知ってるけど、私は魔力量が桁違いに多いわ。その上コントロールが出来ないの。だから、この学園に入学したときに先生と約束したんだ。先生の許可無く魔力を使わないって」


 誰かが言う。それならば何故、と。その問いにイリスはただ口に笑みを浮かべた。その顔を見てアリシアは思う。本当はずっと、みんなに知っていてほしかったんだな、と。わざわざ、昔の失敗を掘り返して話す必要なんてない。けれど、話すきっかけがあるならばイリスは言ってしまいたかったのだろう。

 ……仲間だから、だわ。他の誰にも理解されることなんてないだろうけど、僕らΘは仲間だもの。

 仲間だからこそ、彼女は自分の危険性をわかっていてほしかったんだと、アリシアはそう思った。


 イリスは特殊な能力を持っていないし、すごい魔法も使えない。生まれだって普通だ。貧しいわけでも裕福なわけでもないく、ご両親も健在で、ごくごく普通の平民生まれ。そんなイリスがΘに在籍しているのは、一重にその桁外れな魔力量の多さゆえだ。自身でさえコントロールが追いつかないそれは、爆弾に等しいとアリシアは思う。

 ……それは、どんなに恐ろしいことだろうか。

 自分には到底理解できないだろう。己にさえ牙をむく能力を持つものにしかわからないと、そう思う。けれど、と。それでも、と内心でアリシアは言葉を作る。

 ……2年と半年だ。

 それはイリスと自分が出会ってからの時間。そして、イリスが頑張ってきた日々と等しい。同じクラスで過ごしたと言うならば、グローリアも、もう1人の先輩も同じ年月だ。けれど、違うのだ。同じではないのだ。

 ……だってΘで同い年なのはイリスだけだから。

 Θで同じ学年というのは意味がある。同じ教室で授業を受けようとも、学年に寄り進行速度を先生が変えてくれているから、共有している時間には差異がある。だから、とアリシアは己の考えを肯定するように思う。

 ……僕がイリスと一番仲が良いもの。

 彼女がこの話をしたいと思った理由をわかったのはきっと、自分だけだろう。


 だからあの日、中心にいた自分も語るべきだとアリシアは思うのだ。だって、それは、イリスにとって、それは、苦い記憶。ならばと、

 ……それは僕も背負うべきものだ。

 あの日、声を上げずに泣いていた彼女が目に焼き付いている。己の暴走を止めようと、両の腕で自らを抱きしめ、上がりそうになる悲鳴を飲み込み、唇を噛み泣いていたのだ。そんな彼女を僕はただ見ていた。己を守るのに手一杯で彼女に手を伸ばせなかった。あれを忘れることなんて到底出来ない。それに、あの事件の後で、イリスが言った言葉が耳に残っている。ごめんと、ごめんねと泣いた己に対して彼女は、

『どうして謝るの? アリシアは何も悪いことなんてしてないじゃない。それにね、あなたが怪我をしなかったから私、あなたに負い目を感じなくて済むの。だからね、ありがとう。怪我をしないでくれて、ありがとう』

 そう言って、優しく笑った。ど、うして? と、思わずこぼれた言葉に彼女は笑みを深くして、

『だって、私はアリシアと対等の友達でいたいから』

 だから、僕は彼女にとって誇れる友で有りたいのだ。

 ……イリス。あなたは今、Θに在籍しているメンバーの中では一番弱い・・存在だもの。それが、あなたは怖いのよね。


 それは戦闘能力の強さではない。その場合ならば、一番弱いのは間違いなく自分だと知っている。自分の能力は時間稼ぎには向いているけれど、戦闘には不向きだから。けれど、それについては置いておいていいだろう。彼女の考えをわかっている自分が、今できること、それは、

 ……あんたの憂いを少しでも晴らすこと。それが友の役目ってものでしょう?

 誰に問うでも無く、思う。だから、アリシアは彼女の無言の願いを汲み取った。


 *


「あの日、僕とイリスは食堂に初めて行ったんだ。セイ先輩と今はΘにいないもう一人の先輩に案内してもらって」


 アリシアが語りだした事件が起こった日のこと。それに耳を傾けながら、イリスはみんなには気づかれないようにギュッと拳を作った。そうして、覚悟を決める。

 ……私が自ら振った話だもの。アリシアに全部任せるなんて駄目だわ。

 優しい友は、きっと私が何も言わなくても、責めたりしない。寧ろそうして良いと思っているかも、とイリスは思う。だって、彼女はあの事件のときに一緒にいた、時間の共有者だから。

 ……彼女は、あの事件が私にとって決して軽くないことをわかっているもの。

 茶化すように話のネタにはするけれど、それだって詳しいことには一切触れない。クラスのみんなもそうだ。自分が、この話題を続けようとしなければ、各々の席に戻り授業の準備でもしていただろう。グローリアが話した内容だって、上級生だから知っている、その程度のことだ。彼女なら、もっと詳しいことを知っているはずなのに、そこまでしか言わなかった。

 ……みんなの優しさに溺れてしまいそう。

 そう思い、笑みがこぼれそうになった。そのことにイリスは

 ……ああ、なんだ。私、案外平気なんじゃない。

 そう、思えた。だからイリスは、今なら大丈夫だと言葉を作った。


「ここの食堂ってとても大きいでしょ? だから物珍しくてね私、はしゃいじゃって」


 話しだしたイリスに驚いたのか、アリシアが目を丸くしてこちらを見た。まるで、平気なの? と問うように。だからイリスは彼女に小さく頷いて見せた。大丈夫だと、伝わるように。優しい友人は、それを目にした後に、視線を元に戻し、話の続きをした。


「それを僕らと同じ入学して間もない、他クラスの生徒が見てたみたいでね。絡んできたわけ」

「彼らは貴族でね、私の平民丸出しの反応が気に入らなかったみたい」

「不幸なことにね、先輩たちは席の確保に行ってたんだ。食堂の席なんてすぐに埋まってしまうし、初めてでも注文の仕方なんて、教えてもらったら1人でできるからね。」


 そのアリシアがの言葉に、イリスは思う。どれが一番の不幸だったんだろうか、と。あの日食堂に行ったこと、先輩たちが近くにいなかったこと、彼らが絡んできたこと。けれどそれは、

 ……不幸なんかじゃなくて、ただの起こるべく起こったこと。一番の不幸などありはしなもの。どうしたら、あれが起きなくて済んだのかなんて考えても仕方のないことなのに、ね。

 そうとわかっていても、何度も考えてしまうのは、後悔からだと思っている。あの場にいた大勢の人を傷つけてしまったゆえの後悔。けれども、わかっているのだ。あの日、あの事件が起きなかったのならば、別の事件が起きていただろうということに。それは、さらに大きな事件だったかもしれないし、被害が小さく収まっていたかもしれない。そんな差でしかないことも。

 ……私が、私である以上、結局は起きることに変わりはしないもの。って、あんまりこんな事を考えていたら、アリシアに怒られちゃうなぁ。

 イリスは友が怒る姿を思い浮かべて、考えることを止めた。今は、事件について話をしているのだから、と。

 ……どっちにしろ怒られちゃうね。


 *


「絡まれたって、言ってもね。そんなに酷いことを言われはしなかったの」


 困ったような笑みを浮かべながらイリスが言った。その話を聞きながら、グローリアは何とも言えない気持ちになる。あの日、イリスに絡んだ彼らは、たしかに貴族だった。けれど貴族を傘にきて横暴な振る舞いをするような人物ではないということを、グローリアは報告として聞いている。あの事件について、当時はまだ2年生で生徒会の雑用だった主が、調べたからだ。無論、事件の収拾は教師が行っている。生徒会はそれの手伝いをしたに過ぎない。そして、彼らがイリスに絡んだ動機として、この学園に入学できたことに気を大きくしていた、もしくは可愛い女の子にちょっかいを掛けただけ。この2つ線が濃厚だと言っていた。それと、もう一つ、

『極めて可能性は低いし、俺はそうでないと思いたい』

 と、言っていたことは教えてはくれなかった。今でも、その可能性とやらは教えてもらえていない。


「それだけで済んだのなら、ちょっと嫌な思い出で終わったのに、ね。……彼らの内の1人が、軽い魔法を使ったの。それが」

「近くにあったコップを割っちゃって。その破片が飛び散って、私の手を切っちゃったんだ」


 アリシアの言葉を奪うように、イリスが言った。


「私ね、血が出るような怪我を、もうずっとしてなかったの。小さい頃は良くしてたのだけど、ね」


 その、イリスの言葉に教室にいる彼らの顔を困惑が浮かんだのをグローリアは見た。それがどうしたの、と誰かが小さく呟く。

 ……わかるわけがないわよね。あの事件のとき、あの場にいた人、全員が理解など出来たはずがない。

 答えを知っているグローリアはそう思う。一体誰が気づくことができようかと。そうして、そうでないことを思い出した。

 ……いえ、あいつには理解できたんだわ。あの場には教師もいたにも関わらず、あいつが彼女の暴走を止めたのだものね。

 だから、結末を知っているグローリアは彼女の言葉を聞きたくないと思った。主を奪う人間の活躍など、聞きたくはないと。

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