神格の略奪
△ 奪還 ▽
一つ目の角を曲がったところに、先ほど町人を飛ばしたであろう敵の姿を発見する。斧を装備しており、焦点のあってない目、異様に肥大化した筋肉。
「ベルセルク……」
敵味方関係なく襲い破壊を繰り返す存在。
剣を引き抜く。
【召喚】戦士を召喚する。
【共感覚】
まずは、戦士から突撃させる。
僕の能力と、彼の能力が上乗せされているから、能力値は僕と同じだ。
しかし、ベルセルクはその攻撃を受け止め、弾き飛ばす。
低く、くぐもった唸り声を上げて、ベルセルクは飛びかかってくる。
戦士に、その攻撃を受けさせたところ、装備している木刀が砕け、かなりのダメージを受けてしまう。
感覚を共有している事から、痛みもこちらに伝わってくる。
「ぐっ!」
苦しいが仕方がない。
【転移門】
ベルセルクの後ろに回り、剣で切りつける。
スパリと腹部に傷を負わせる。
そして、その傷口が、徐々に石化していっている。
土属性の影響であろう。
動きが鈍くなったベルセルクに対して、首筋に一撃を加える。
鮮血が吹き上がるが、ほどなくしてそこも石化する。
木刀での打撃と、剣での斬撃を交互に繰り返しながら、相手のHPを削っていく。最後は、まるで豆腐を裂くように簡単に、その体に刃が通った。
緊急事態とは言え人を傷つける事に抵抗がないわけでは無い。
少し手が震えたが、新たに爆発音に、正気を失う余裕さえ、与えてもらえなかった。そちらの方向に向かってみる。
そこには、セラとあの二人が、ベルセルクを数体倒しているが、町人を守りながらであり、苦戦をしている光景が広がった。
「必ずお助けいたします!」
普段口数が多い方では無いセラも、この時は、必死に恐怖で怯える町人に声を掛けている。
「くっ、思うようにはいかないか!」
「か、回復が間に合わない!」
スカルナイトさんと、倒した敵兵を操り応戦しているようだが、町人を守りながらでは戦い辛そうだ。ベルセルクは全滅させ、安全な場所へ誘導している。
ごめん、後5分持ちこたえて、実は召喚時間が経過してしまった。
再召喚まで時間が掛かる。物陰から眺めるという非常に情けない状態である。
あちらの状況は、更に悪化していた。
馬に乗った一団が急に現れ、偉そうなおじさんが、ちょび髭をさすりながら、話を始める。
「我が名は、ローグ。この地方の領主である。この度は、貴様ら魔族軍の仕業により、我が兵が正気を無くしてしまった。よくも我が地で暴れてくれたな!ここで、その罪を贖ってもらう」
そう言って、弓を引く。セラたちと町人の区別なく。
町人の中で、身なりの良い家族の主らしき男性が、必死な表情でさけぶ。
「ローグ様、私は商人のペドでございます。なぜ我々に弓を引くのでしょう?それに、この方々は、狂人となった兵士から我々を守ってくれました。どうかご慈悲を……」
「慈悲など無い。これを見られたからには、魔王軍の手先として裁く。残念だよペド、良くここまで町を治めてくれたな、これからは我が変わって治めてやる。家族もろとも、安らかに眠るがいい」
嫌らしい笑みを浮かべて笑う。
「そんな……」
「この度は、兵士の数人が興味本位で【強化剤】を服用してしまったらしく、その暴走で多くの兵を失った。我にとっても不本意なのだよ。しかし、この汚名を返上するには、魔王軍の有力者の首が必要だ。そこで、貴様らにはその役割をあたえよう。町人の諸君もよろこべ、貴様らも魔王軍の手先としてその首をさらされるのだから」
町人の多くがざわついた。
今回の不祥事の原因を、他人に押し付けて、それに、あまり思い通りに治める事の出来ないこの町を乗っ取る。どうして、こう小物は自分の悪行を自分で自慢するのだろう?
「自らの失態を、俺たちはともかく、町人の所為にするなど言語同断だ!」
「吠えるな小僧。我が自ら手を下してやろうというのに生意気な。我は、パルソニ様に仕える由緒ただしき神である」
そういうと、【神格】を発現させる。
筋肉が肥大化して乗っていた馬を押しつぶす。
熊の様な姿のそれは、四足歩行の獣へと変わる。
右腕を払い、その威力と風圧で、味方の兵を一瞬にして絶命させる。
味方を躊躇なく倒してしまうあたり、頭が壊れてる。
「我が、【魔獣化】の力とくと見よ!」
そして、今度は左手を払う。
その攻撃で、セラと僧侶は魔術の盾を作り町人を守るが、自らは傷を負ってしまう。戦士は、その攻撃の隙を突き、斬撃で応戦する。
その攻撃に、少しローグが怯むが、すぐに体制を立て直し、戦士に一撃を加える。相当強烈なのだろう、その体が大きく飛んでしまう。
町人の中に絶望が広がる。
それを見て、セラが決心したように、ローグの前に立ちはだかる。
戦士と僧侶に向かい言い放つ。
「皆さまを連れて、御逃げください。何とかいたします」
「小娘が我に一人で立ち向かうとは、生意気な」
セラの言う通り逃げようにも、町人たちの混乱はすぐには収まらない。
セラは、携帯しているナイフを取り出し、自らの胸にあてる。
そして自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「なかなか興味深い人生でした。願わくば、もう少しあの方とお話し出来ればと思いましたが……それは詮無き事ですね」
後悔しているのか、少し寂しげな表情を浮かべる。
死霊術の最高位魔術。それは、自らの命を使うモノなのだろう。
僕が、初めて君の役に立てそうだ。
【召喚】“現身”
【共感覚】
【レプリカ】
剣と靴をマナの力により複製。
召喚した生物を、僕と同じ格好にする。
まるで分身ができたようだ。
お陰で結構MPが持っていかれたのだが……。
【転移門】
セラの心臓を貫こうとするナイフは、動きを止める。
後ろから現れた人物によって止められたからである。
その人物は、ナイフを素手でつかんでいる。
その腕から血が滴る。
「まったく、どんな魔術を発動しようとしたか知らないが、会いたい相手がいるのなら、簡単に命を捨ててはだめだよ」
驚きで目を見開いている。
普段冷静な彼女のそういう表情を見られるのは、非常にめずらしい。
「何故?御逃げになったのではないのですか?バカですか?」
何となく笑顔になり、その問いには特に答えなかった。
そして、何か照れくさくなり、照れ隠しにローグを睨みつける。
「さて、神よ。悪神や魔族と人を蔑むが、お前のやっている事は、外道のそれだ!」
「何処から湧いたかしらぬが、小僧、神の行為において人の事など頭に入れる必要などない。我らに保護される存在なのだから」
「それは違う、彼らが居るからこそ神は存在できる。神の死は肉体的な死と、他者の記憶から消えてしまう時です。君は、自らを支えるモノを軽んじている」
「力なきものは、我のような力あるものに従うのみだ!」
もはや会話が成り立たない。
自らの正当性しか口にしない。
「神に対する敬意を教えてやる!」
その言葉と伴に、右手を振り上げる。
瞬間、彼が苦痛の声を上げる。
背後からの斬撃。体の石化が始まる。
「小癪な!」
後ろを振り返る。
その隙は見逃さない。
セラのナイフで血がべっとりとついてしまったが、関係ない右手を強く握りしめ、斬撃を加える。
召喚生物と僕の斬撃ラッシュ。
速度が増加しており、通常の人間では、なかなか捉える事も出来ない。
それに、分裂しているようにカモフラージュしていることから、ローグは本体を見極める事が出来ていない。
幸運な事に、ローグは体の大きさの割には、防御力が弱いようだ。
攻撃が普通に通る。
剣の攻撃力が高いのかもしれないが……。
その光景をセラとその仲間、町人が呆気にとられたように見ている。
セラの報告では、『無能力者』のはずの男が、神を圧倒している。
それに、あの剣は何だ?石化の能力の付いた剣となると、上等な代物だ。
何で異世界から転移したばかりの人物が持っているのだ?
しかも、二振りも。
石化が進み、ほとんど動けていない、血が所々から噴き出すも、すぐに石化してしまう。既に呼吸は上手くできていない。
「おのれ!神である我をこれだけコケにしおってからに!」
声だけが木霊する。
哀れにも何もできないのに。
「君だけが、神と奢るな!うおおおおぉぉぉおおお!」
最後の一撃を加える。
僕は右手を掲げる。
ローグの弱った体から、神格が光となって抜けていく、そして僕に光は注がれる。力がみなぎる。
ローグが人間の姿に戻る。
「わ、我の力が……」
そしてローグは、意識を失うのだった。
石化は解除され、地面に倒れ込む。
時間切れだ。召喚生物は消滅する。
剣を鞘にしまう。
血が今だに滴っている。
そして、後ろを振り向く。
皆唖然としている。




