Ep.8
「お待たせ~」
「ねー...ホントにやるの...?」
「だーいじょーぶだって。ちょこっと見るだけだから、な?」
あまり乗り気ではない有希を蔵の前に残し待たせること数分。鈴は小走りで戻ってきた。手には小さな懐中電灯を持っている。二人が立っているのは敷地内にある二つの蔵のうち、琥珀から触ることを禁止されていない方で、扉は古びた錠が一つだけかかり、建物自体ももう片方より比較的新しい。
「何度も言ってるけど鍵ないだろ...嫌だからな?あの窓から入るなんて」
そう言いながら有希が示した先は二階にある換気用だと思われる小さな窓。それどころかまずもって中に入りたくないのが本音だ。三人の中で一番小柄になってしまった有希は、今の身体なら余裕で入れてしまうことを悟り、都合良く使われることだけを恐れていた。
そんな有希を気にすることなく鈴は徐にジャージのポケットから古びた鍵を取り出す。
「おい...それをどっから盗ってきた...」
「んんー?ないしょ」
「内緒ってお前なぁー流石にそれは洒落にならんっ...って!」
有希が止めるより早く鈴はその手に持っていた鍵を鍵穴に差し込み錠前を外した。長い年月により風化して錆に覆われた錠前は、その見た目に反してあっさり外れそれを見た有希は思わず動きが止まる。
「はぁ...!?」
「せーのっ!」
有希がそうこうしているうちにも鈴は手際よく閂を外し、両方の取っ手を目一杯引き、観音開きの重厚な扉を開いた。
「おっ?」
その時、有希が鈴を羽交い絞めにする。
「現行犯だな...ガチで泥棒に転職しやがって。んでもって...早く教えろっ!」
長い付き合いで鈴が法を犯すような非常識人間ではないことを知っているし、好奇心を優先するきらいはあるが自制が効かないわけでもない。蔵のことを琥珀に聞いていたような発言や知る由もない鍵を持ってきたこと、さらに扉を開けるときの躊躇いの無さ。これらを考えれば鈴が琥珀に了承を取ったうえで行動していることは間違いない。ただ、どこまでのことを許可されているのか、そもそも琥珀が鈴に蔵を漁らせる気があるかどうかは分からない。
「えっ?何っ?何のこと...」
「とぼけんなっ!」
まだしらを切るつもりの鈴に有希は素早く鈴の首に手を回しリア・ネイキッド・チョークをかける。途中まで本気で信じてしまった自分に腹が立つ。少し考えれば違和感に気が付いたはずで、その恥ずかしさから余計に力が入る。
「うっ...!?ぐるじぃ...」
さらに有希が気に入らないのは、鈴がそのことをあえて秘密にして自分を揶揄おうとしたことだ。こいつならやりかねないと思わせるギリギリのラインで攻めてきたことも余計に腹立たしい。
「うぐぅっ...っごめん...!ごめんって...全部話すっ!話すからっ放してぇっ...!」
「本当だな!全部言うか?!」
「言う言うっ...!言うからぁ...っ!」
有希は渋々といった感じで鈴を解放し、この企てを鈴の口から吐かせた。
「つまり琥珀からはこの鍵の場所と開け方、こっちの右側の蔵には触るなってことだけ聞いてるってことか?」
「ぁい...そうです...」
有希は地べたに正座させた鈴から聞き出した情報を整理する。琥珀から禁止されたのは右側の蔵には触らないことだけ。鍵の場所を伝えたことから蔵を開けて中身を自由にされることは容易に想像がつく。そして、鈴が今朝遭遇したような怪現象を引き起こす類の物が保存されている可能性も薄まった。
「となれば漁られても大丈夫な物ばかりか...あるいは...」
そこまで考え有希はふと、鈴が開いた扉の先へ目を向けた。通常、蔵の扉は二重になっており防犯や防火の役割を果たす。それ故に二つ目の扉にも鍵がかかっていることが多いことを知っていた。
「残念だったなーどうやら琥珀はお前に蔵を漁らせるつもりはなかったみたいだぞー?」
有希は二つ目の引き戸前に立ち鍵穴があることを確認し、後ろで座ったままの鈴の方を振り返りながら引手に手をかける。鍵がかかっていれば琥珀は自分たちの立ち入りを認めたわけではないということになり、このまま鈴と一緒に蔵の探索する計画が立ち消える。
有希は勝ち誇った笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「ほらな?こっちにはちゃんと鍵が... ...」
閉まっていると続けようとして力を入れた扉は有希の予想に反してすんなりと横に動き、長らく暗闇に包まれていた蔵の口をぽっかりと開けた。思わず振り返った先には暗闇が広がり、自身の身体を避けて入り込んだ光がわずかに蔵の中を照らしているだけだ。吹き込んだ風により舞い上げられた埃が太陽の光を反射しキラキラと輝く。
「おい...」
「何かな有希ちゃん?」
有希には分かった。背後で今、鈴がどんな顔をして自分を見ているか。きっと、これ以上ないくらいにムカつく笑みを浮かべているはずだ。
「開いたが?」
「琥珀が言ってたけど内側の引き戸にあった鍵は外しちゃったんだって」
鈴のその一言で有希は一気に脱力した。避けられると思っていた未来が訪れたことを悟り、ボソッと小さく呟くことしかできなかった。
「もう...好きにしろよ」
その言葉が聞こえたのか定かではないが、鈴は立ち上がりそっと有希に近づくと、口元と鼻をバンダナ替わりの手ぬぐいで覆った。
「こーゆー古い倉庫って漁っててかなり楽しいよね」
「そうですかー...」
「あれ?有希はやったことない?」
「ないかなー...」
鈴は祖父母の家に行ったとき、押し入れや、倉庫をよく漁っていた。現在では見かけない様なものを発掘するのは、子供時代の好奇心に火をつけるには十分だった。
しかし有希はそんなことはどうでも良く、ただ何も起こらずにここから出られることだけを祈っていた。普段なら何ともないが、この馬鹿が今朝遭遇したモノのように、この世界ではヒトならざる者の存在が確定している。もし自分が相対したらと考え、有希は小さく身震いした。
「割と物珍しいものとか、何に使うのかわからないものまで、新発見だらけで楽しいんだよね」
ウキウキしながらあっちこっちに懐中電灯を向ける鈴の後ろを有希はぴったりとくっ付きながら進んでいく。日の光が差し込んだとはいえ、照らされているのはその間口の狭さも手伝い入り口周辺のみで、懐中電灯の先以外ははっきりと見えず、まるで暗闇に包まれたような感覚に陥る。
「さぁーて、お宝はどこだー!」
顔に手ぬぐいを巻き付けた鈴の姿はさながら強盗、テロリストか。発言内容も相まって様になりすぎている。やる気十分で懐中電灯片手に、雑多に積み重なった大小さまざまな荷物が作り出した迷路のような蔵の中をずんずん進んでいく。時折、目に付いたものを手に取ってみたり、箱を開けてみることも忘れない。そんな鈴に有希は声を掛けずにはいられなかった。
「ね、ねぇ...ここにあるやつっていじっても大丈夫なの...?」
自分の口から出た声がいつもより小さく、震えているように聞こえたのは決して鈴に巻かれた手ぬぐいだけのせいではない。
「ん?琥珀曰くヤバいものは隣の蔵の地下にあるらしいからこっちはたぶん大丈夫だってよ?」
「それを聞いてちょっと安心した、とでもいうと思ったか...バカ」
「おいおい...さっき喋ってた時の威勢はどこ行ったよ?そんなビビらなくても滅多なことは起きないって」
鈴が棚を調べたり、箱を開けたり、古い書物を眺めたりと嬉々として物色していく後ろでずっとついて回る有希を流石に見かねた鈴は励ますように言った。
「おおーこれはまた...何に使うんだろうね~鈍器?」
「せいづち、じゃない?確かそんな名前だった気がする」
鈴が見つけた木の棒にさらに太い木が付いたハンマーのようなものを見て答える。どのような使い方をしていたかは忘れたが、名前だけはなぜか覚えていた。
「なんでそんなこと知ってる訳?」
「テレビでやってた...ような?」
「ふーん。にしても物はたくさんあるけど...使えそうな奴はないね」
さっきまで物珍しさが~とか新発見が~だとか言っていたのに、いつの間にか目的が実用性のあるものやお宝探しにすり替わったことを有希は敏感に感じ取った。
「ちょっとこっち照らして」
次第に有希もこの環境に慣れ、少しずつ物色するようになり、一階部分のおおよそ75 %が終了した。この時点で主導権はすでに有希が握り、反対に鈴の動きは明らか悪くなっていた。
最初こそウキウキといった感じで蔵に入り探索していた鈴だが、あるのは今は機械に取って代わられた農具だったり、壺や樽だったり、つづらに入った小物や服、陶器や食器や、石臼やら、ミミズの這ったような字で書かれた大量の書物だったり....最初こそ興味を引いたがこれだけ似たようなものが置いてあるだけだとその熱も急速に冷えていった。
「いやいや...専門家がみたらある意味宝の山だと思う...」
有希も詳しい訳ではないが、記された年代や雑に置かれているように見えてその実、一つ一つがかなり丁寧に梱包されていることなどから、ここにあるものがそれ相応の歴史的価値を持つことに気が付いていた。
「こうなったら隣も覗いてやるか....」
「いやいやいや!それはやめろ?!」
琥珀が禁止した方の蔵なんて100 %碌なことにならない。厳重な封がされていることも忘れ、有希は顔を青くしながら鈴に向かって制止の言葉を投げかける。
慌てふためく有希を見て鈴は、少し愚痴っただけでそんなことは百も承知だから、と有希を落ち着かせながらまだ未探索の奥側を見やった。
「お?」
「聞いてるか?!あっちだけは絶対駄目だから...ん...?え、あれって」
「「お宝だ!」」
二人の反応がシンクロし、わき目も振らずに両者そろって見つけた物の前に立つ。
ほぼ同時に手を伸ばし、同一のものを掴むと思われたが、二人が掴んだものは同じ場所にありながら別の物であった。
「っえ?!反応そっち!?」
鈴が手に取ったのは竹で編まれた主にウナギなどを捕獲するための細長いタイプの仕掛け。似たようなもので現代でもかご漁が存在し海や川、池などで用いられ、かにやえび、魚などターゲットによって使い分けられるためその形状もまちまちである。
対し有希が見つけたのは、その後ろに立てかけてあった一振りの刀。
手に取ってみるとズシリと重く、それが本物であることを訴えてくる。作者や年代などは分からないが、鞘や柄、鍔などパッと見ただけでもかなり細かい装飾が施してあることは分かった。普通漁具と刀ならお宝は一択だろと隣に言ってやりたいところだが、今はそんなことにかまっている余裕はなかった。
「「....」」
二人はそれぞれ別々のものを手に持ちながら顔を見合わせた。
「出ようか...」
「そうだね...」
一方は、早く使ってみたくて、もう一方はゆっくりと眺めたくて、二人の考えが一致した。
蔵を出た二人は、ほこりまみれながらもホクホク顔だ。蔵の中は風通しも悪く空気がこもってしまい、二人の額には汗が滴っていた。
有希は無事に出てこられたことに安堵しながら、口元と鼻を覆っていた手ぬぐいを取り大きく息を吸い込む。後ろでは鈴が入った時と逆の手順で蔵の入り口を閉めていた。最後に錠前をかける鈍い金属音が響き、長いようで短い蔵の探索が終了した。
ひとまず休憩することにして屋敷へ戻ることにした二人は各々が手に入れたものを大事に抱えながら歩き出す。
「いやーー大収穫だな!」
「そうだなー」
よっぽどうれしいのか鈴の足取りは蔵の中と打って変わって軽やかだ。そんな様子の鈴に生返事を返した有希は手元にある刀をまじまじと見る。薄暗い中で見たときも十分伝わるほどだったそれは、明るい場所だとより一層くっきりと見える。しかし一つ気になったのは全体を通して真っ黒な印象を受けることだ。柄には金糸も混じり、鞘にも所々に金色の意匠が施されてはいるもののそれ以外の部分のほとんどが黒い。引っ掛かりをおぼえた有希は琥珀に見せるまであまり触らないことに決めた。
気が付くと屋敷の玄関に着いており、せっかく見つけたものだけに嬉しさが半減した有希は小さくため息をつき、浮かれ気分に浸る鈴を少しだけ羨ましいと感じながら鈴のあとを追って玄関をくぐった。
「さて...と」
手に入れた刀を何となく自室に置きたくなかった有希は囲炉裏のある板間に置いてきた。とりあえずこのまま汗ばんだ状態だと気持ち的にもゆっくりとはできないので、着替えを持ってお風呂場へ向かうことにした。しかしどうやらもう一人も同じ考えだったようで隣から同じような荷物を持った鈴が現れた。
「「あっ(おっと)」」
鈴も着替えを持った有希を視認して考えていることが同じであることに行き着いたのかそっと体をお風呂場の方向へ向けた。
「「っっ...!!」
走り出した鈴を見て有希も負けじと追いかける。足の速さでは絶対に負けないと自負する有希だが、如何せん距離が短すぎた。有希の部屋よりお風呂場が近い鈴を追い抜けるはずがなく二人は同時に脱衣所へ飛び込んだ。
「なんでお前も今なんだよ!先に仕掛けてこいよ!どうせまた汚れるだろっ!」
「ちょっと疲れたから休憩してから行きますーーそっちこそ刀の観察でもしてたらどうですかー?」
「大体お前はあさイチで入っただろ!!こちとらまだ一回も入ってないんだぞ!」
小学生のような言い合いを繰り広げた末、二人ははてさてどうしたのか、その答えは二人だけが知ることである。