Ep.7
屋敷の敷地探索を終え、琥珀神社の探索に出たはずの鈴と有希。しかし二人は拝殿の賽銭箱前に座り込んでおしゃべりに興じていた。
「見て回るとは言ったものの…」
「ただのボロイ忘れ去られた神社だしー」
専門家でも何でもない二人にとって神社は神社でしかなく、結局すべての建物が風化して傷んでいることぐらいしか分からなかった。
「てかさーここに巫女としているってことはさー」
春の風に舞い上げられた桜の花びらを見ながら有希が憂鬱そうな顔で口を開く。
「うん?」
「これとかあれとかの掃除もしないとなんだよねー?」
「あーー...」
有希の指さす先には端の方に積もり積もった落ち葉の山や玉砂利を草の絨毯に変えている雑草があった。これらを綺麗にするにはいったいどれだけの時間がかかるのか想像した鈴は何とも言えない顔になる。神社の建物を含め、この荒れ果てた姿を元に戻すためには、人手が何人必要とかの次元ではないように感じる。それこそ業者を呼んで徹底的に行う必要があるのではないか。業者に依頼するということはお金が掛かるということで...一体いくらになるのか想像もしたくない。
そこまで考えてふと、例の手紙に書かれていたことを思い出した。
「そういえば、この神社の維持に使うリソースすら使って怪異ってやつに対処してるんだよね?そのリソースって話の流れ的に信仰心ってやつのことでしょ」
「そうだねー。信仰心が多くあればあるほど神様がこの世で振るえる力が大きくなるって言ってた。やりたくはないみたいだけど」
「じゃあさ、そもそも信仰心って何なの?」
「えー...信じる心?」
鈴たちがいた世界でも、ほとんどの人が熱心に何かを信仰している訳ではなかった。初詣には神社へ行き、仏壇やお寺では手を合わせる。そこに疑問を抱くことはなく自然と受け入れている。琥珀の話を聞く限りこの世界も同様だと推察できる。違いがあるとすれば、神様と呼ばれるものが目の前にいて知覚できたことか。神様が一般人に認識されていれば信仰心を集めることも容易であることは想像に難くない。
「普通の人が神様を認識できれば人は否応なしに信じられる。信じる心が信仰心なら認識できる人が多いほど信仰心も大きくなる。でも話しぶりから向こうと同じでこっちでも一部の人を除いて、認識されてないよね」
「んーーそんな状況で信仰を集めてる神様と琥珀の違いはなんだー?」
「怪異のことを一般人は知らないし、誰かがそれを解決していることも知らない。なのに信仰を回収できてサイクルを回せるって...」
実際に怪異に対峙して解決しているのは人であり、しかもそのことは知られていない。直接神が信仰を受けられる接点がないのだ。
深く考え込む鈴を見ながら有希は何かに気が付いたようで指をぴんと立てた。
「もしかして信仰心ってさ、そんな厳格で堅苦しいものでもなくて人の心の中の無意識にあるんじゃない?そこに神社があったらなんとなくお参りするみたいなことでも見方を変えれば信仰しているってことになるよね」
有希の言葉に鈴ははっとする。鈴からまじまじと見られながら有希は言葉を続けた。
「きっと神様を信じる信じないは関係なくて、もっと根本、人の根底にある道徳意識に紐づいたものだと思う。うまく表現できないけど...」
有希の言っていることは鈴にとって少し難しかったが、ストンと胸に落ちた気がした。神社はお参りをするところであるというすっかり習慣じみた行動だが、神様を本気で信じていたかと問われれば否と答えただろう。それでも神社内の清浄な空気感に心が洗われたような気になったり、御守りやお神札をぞんざいに扱ったことはない。
「めっちゃ納得したかも...やっぱ頭いいわ...よしよし」
お互いすっかり姿形が変わってしまったが、その中身は相変わらずでどことなく安心した鈴は以前にも増して低くなった有希の頭を撫でた。有希はその手を煩わしそうにしながらも振り払うことなく続けた。
「信仰心が人の行動から来るものと仮定すると、その大小を決定づけるのはその神社にどれだけの人が足を運んだかってことになってくると思う。だから神様かそれを祀る神社が有名であればあるほど多くの信仰を受けているはず」
信仰心を多く集めている神社はとどのつまり、どれだけ多くの人が訪れ参拝し、そこに祀られる神様の知名度が高いかということになる。有希の仮説は裏を返せば、人が来なくなり忘れられればその信仰を十分に集められなくなりさらに廃れていくという負のサイクルに陥ることを示している。
「なるほどね。信仰を増やしたければ神社の知名度を上げて訪れる人を増やせばいいってことになるか」
有希の頭から後ろの古びた賽銭箱へ手を移す。リソースが回復できれば、手紙にあったように社の維持管理に手が回る。それすなわち、この荒れ果てた神社をタダで元に戻せるということになる。そしてお賽銭が...そこまで考えたところで鈴は気が付いた。
「あれっ?じゃあ、こんなになるまで信仰心を落とした琥珀って...」
「あぁ...うん。あまりにも自分に無頓着だったってことになるかな」
鈴の脳裏に自身を顧みず一柱でこの地域一帯の守護に奔走するモフモフの神様が浮かんだ。なぜ頑なに人の手を借りることを拒んでいたのかは分からないが、不器用すぎだろと思う。
「普通の神社がやっていることを普通にやってれば何も問題は起きなかったってことね」
御守りを授けたり、祈祷を受けたりしていれば信仰心が減ることもなかった可能性が高い。
「例の手紙にもあったように、時代と共に得られる信仰も少なくなったけどそれを神様たちは歓迎して怪異に対するサポートに充てた。人の力を引き出すために少しの干渉で済むし、それで十分対処しきれると予想して」
「琥珀は自分で解決しようとして干渉するあまりガス欠を起こしたってことになるのか...」
鈴は立ち上がりながら拝殿の奥、本殿を見つめた。ヒトの子のためと言いながら、神様の中では異端の行動をとっていた琥珀に上位の神は強行策を取った。それは琥珀を守ることであると共に現行の干渉を止めないと次はないと強く警告しているようにも感じた。
「なら...」
自分がどこまで役に立てるかわからないが、あのぶきっちょなモフモフの神様のためにやるだけやってみよう。初日に勢いで深く考えずに引き受けたことを思い出しながら、鈴は静かに覚悟を決めた。こちらにきてまだ二日と経っていないが、不安を感じていないと言えば嘘になる。知り合いや家族にもすぐには会えず、いつまでこっちにいるのか期限も決まっていない。まるっと変わったこの姿で今後自己の性自認がどう変化するのかもわからないし、今はまだ口調や一人称、名前などもどこかロールプレイを遊んでいる感覚で誤魔化せるが近いうちに限界を迎えることも覚悟しなければいけない。それに他の二人のことも...。
そんなことを鈴が考えていると、ポンと肩に手を置かれた。隣を見るとその容姿に似合わない自信に満ちた笑みを浮かべた少女の姿があった。
「今、お前が何を考えているか知らないけど、俺たち三人なら何とかなるだろ?あんまり深く考えんなよっと!」
有希は拝殿の賽銭箱に伸びる階段を三段まとめて飛び降り、肩越しに振り返った。
「楽しまなきゃ。だろ?鈴ねぇちゃん?」
太陽に照らされたその自信たっぷりの顔がいつもの親友と重なった。面白そうなことをいつも全力で楽しむ親友の姿を思い出し、鈴は小さく鼻で笑った。
「そうだなっ」
鈴は有希の隣を目掛けて小さくジャンプした。
「あれ?リソースを回復させるためにはこの惨状を何とかしないといけないわけで...」
「え~今気が付いたの?少なくともある程度は自分たちでやるしかないよ」
「リソースを回復させるためのリソースが欲しいっ!」
「まだ向こうのペアが帰ってくる時間でもないし早めに手を付けるかー」
「いや、この後は蔵の探索なんで」
「はぁ!?おまっ予定ではこの山周辺の確認だったろ!?」
「予定は未定!楽しむんでしょ~?それとも有希ちゃん怖いのかな~?」
「てっめぇぇ...んなことねぇに決まってんだろ。第一鍵なんて持ってないっておい!」
「はいはい行きますよ~」
「あ~~絶対に怒るぞー...」