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ネコタマR  作者: 和本明子
第1章 バーチャル症候群と電脳化
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⑥ どこかで見た風景


「ここは‥‥」


 真っ白な空間が地平線の先にも広がり、大地には白い花が咲き溢れていた。


 どこかで見た風景。


 この場所をどこで見たんだろうと思い出そうとしていた時、背後から猫の鳴き声が聞こえた。

 その鳴き声が聞こえた方へと振り返ると、銀色の毛並みをした一匹の大きな猫がいた。


 猫の口がパクパクと開き、真子に何かを語りかけているようだった。


「何を‥‥言ってるの?」


 真子は耳を傾けたが、それでもよく聞こえなかった。


 すると猫は、唐突に真子に飛び掛かり、そのまま抱きしめてきた。真子は抵抗することはせず、大きな猫に抱きしめられるまま身を任せた。


 猫から伝わる心地よい温もりを感じ、その温もりをもっと感じたい為に真子は抱きしめ返した。


  ■□■


 温もりが冷めると共に真子が目蓋を開くと、そこは病室だった。


「夢?」


 まだボンヤリとする頭で、なんでここにいるのかと思い返すと、昨夜の出来事‥‥変な少年に襲われ、謎の声が聞こえて、戦った記憶が頭に残っていた。


 一体どこまでが夢で、どこまでが現実の出来事だったのかを、よくよくと思い返していると、


『おや、やっと起きたか』


 聞いたことがある声に呼びかけられた。


 真子は、その声がした方に顔を向けると、自分のお腹辺りに銀色の毛並みの猫が横たわっていた。


 よく見ると猫の輪郭は煙のようにゆらりと揺らめいている。その猫の尻尾が真子のお尻‥‥尾てい骨辺りに繋がっているのだが、まだその事に真子は気付いていなかった。


「えっ!」


 なぜ猫がここにいるのか元よりも、


「い、今‥‥喋った?」


 猫が喋ったことに驚愕するしかなかった。


「猫が喋るなんて、そんなゲームのような‥‥」


『なんだ? 喋って話せることが、なんの悪いことか?』


 猫は普通に喋る。


 真子は猫に触れようとしたが、抵抗も無く真子の手が猫の身体を通り抜けてしまった。今、自分の目の前に物体は、実在しないものが実在しているという奇異の証明だった。


「あ‥‥あなた、一体何?」


 得体の知れない存在を前に、真子の声のトーンが低くなる。


『何、か。その質問に答えるのは難しいが‥‥。名を答えるとしたら、ギンだ。そう呼んでおくれ』


「‥‥ギン?」


『そう。ああ、確か人間たちは、わしのような存在をこう称していたな。“電脳生命体”と』


 次々と語られる内容やギンの存在に「何と答えれば良いのか」と、真子は言葉を失っていた。

 より詳しい説明を求めようとした所で、昨日知り合った看護士が入ってきた。


「声がするかと思ったら。真子ちゃん、起きていたのね」


「横峰さん!」


「どう調子の方は? 何か異常は無い?」


 異常と言うより“異変”ならある。その証拠を示そうと、


「えっ‥‥と。よ、横峰さん。あの、ココに何かいません?」


 猫がいる場所に真子は恐る恐る指を差したが、横峰は首を傾げた。


「‥‥何もいないけど。何かあるの?」


 その答えに絶句する真子。


「そ、そんな‥‥。た、確かにここに猫が居るじゃ‥‥っ!?」


 猫‥‥ギンの存在を横峰に再確認させようとしたが、話しの途中で真子は金縛りになってしまい口が止まってしまう。

 その代わりにと、


『余計な事を言うな。ヘタに混乱させてしまうだろう』


 脳内にギンの声が響いた。

 金縛りの原因は、どうやらギンの仕業のようだ。そして、


「べ、別になんでも、ありません」


 真子の意思に反して言葉を発した。


 ギンが真子の身体を乗っ取って喋ったのである。だが意味不明なことを口にした真子に、横峰は不安を覚えてしまう。それ以外にも気遣う点が有った。


「そ、そうだ。真子ちゃん‥‥昨夜のことなんだけど。何か覚えていることはある?」


 昨夜‥‥今、自分の身体を操っているギンという自称“電脳生命体”が姿を現したり、廊下でおかしな子供に襲われて戦った。まるで夢のような出来事である。


 むしろ夢の出来事だと思ったが、猫‥‥ギンの姿を見て、現実だったのではと思い知らせる。


「それで真子ちゃんって、夢遊病だったりする?」


「へっ?」


「昨晩ね。真子ちゃんが廊下で寝ているところを見つけて、私がここまで運んだのだからね」


 横峰の発言内容とギンの存在により、やはり昨夜の出来事が“夢”では無く“現実”だと判然したのである。


「あ、あの横峰さん!」


 昨夜のことをもっと詳しく訊こうとしたが、横峰が腰からメロディ音が鳴りだした。横峰は直ぐ、腰に携えていた電子情報端末機を取り出して、画面を確認する。


「あ、鬼塚くんも目を覚ましたのね。ごめん、真子ちゃん。ちょっと呼び出しが入ったから。気分が悪くなったり何かあったら、そこのコールボタンを押してね。ああ、もう。早く人手不足を解消して貰いたいわ」


 さらりとグチを溢して横峰は慌ただしく病室から出て行ったのだった。


「あ、横峰さ‥ん‥‥」


 呼び止めようとして挙げた真子の右手が虚空に漂う。


 病室に残された真子と謎の物体‥ギン。


 真子は何も言わず、未だ解せないギンに訝しげな視線を移す。その真子の気持ちを察したのか、再び声が脳内に響いてくる。


『まあ、お主が言いたいことも訊きたいことも解るが‥‥。なにはともあれ、これからよろしゅうな』


 ギンの挨拶が真子の聞こえているのかいないのか。ただ真子は呆然した。

 理解できない事を必死に理解しようとしたが、自分の中にある常識が全力で否定しだして、どうにもならない状態。

 いわゆる、


「何なのよ、これわっっっっっっーーーー!」


 今の気持ちを全て吐き出すかのように大声で叫んだのだった。

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