③ え、‥‥まだ?
③
真子まこの様態に異常が無かったので、ご立派な生命維持装置などが置かれていた特別病棟の病室から、一般病棟の病室に移された。
母の美由みゆは、ひとまず真子が大丈夫だろうということで家に戻っており、残った真子は横峰に病室の設備について説明を受けていた。
「それじゃ、真子ちゃん。何か体調が悪くなったら、そこのナースコールのボタンを押してね」
「へぇー、これがナースコールなんですか。なんか、押したくなりますね」
ナースコールの機器を手に取り、親指をボタンの上空で上下に動かしていた。
しかし、ナースコールを押さなくても、病室に設置されている感知器などで患者の様態に異常があれば、すぐにナースステーションや看護師が所持している電子情報端末機に連絡が入る仕組みになっている。
「ふふ。冗談で押さないでよ。こう見えても、私達は忙しいんだから」
「はーい」
横峰が気さくなタイプというのもあり、真子とずいぶん親しくなっていた。横峰はベッドのシーツを整えつつ、真子に話しかける。
「今日は三日ぶりに起きたり、診断したりして疲れたでしょう?」
「はい。ちょっと足腰が弱っているなって、実感しています」
ふぅ~と、真子は今日の疲れを吐き出すように息を吹き、老人っぽくゆっくりと傍に有った椅子に腰をかけた。その仕草に横峰は微笑みながら、
「今日はゆっくり休みなさい。でも、本当に覚えてないの? 鼻血を出して倒れたこととか」
「うん。今日、お母さんの話しを聞くまで、ネットしていたことも忘れてしまっていて‥‥」
「そうなの‥‥。まぁ、私も真子ちゃんみたいな歳の時に、ネットばかりしてお母さんに怒られたことがあるから強くは言えないけど。ネットは、ほどほどにね」
真子はくすくすと笑いながら、「は~~い」と軽い返事をした。
「そういえば、横峰さん。猫の件についてなんですけど‥‥」
「真子ちゃんが起きたときに居た猫?」
「もしかしたら、横峰さんも見たんじゃないかと思うんですけど?」
「私は、真子ちゃんが目を覚ましていたことに気を取られていたからね‥‥。真子ちゃん、もうベッドに入っても良いわよ」
横峰はベッドを整え終えると、椅子に座っていた真子を手招き寄せる。
「病院の駐車場で何度か野良猫がうろついているのは見たことがあるけど、もし本物だとしても、流石に病院の中に入ってこないわよ。そこまで病院のセキュリティが甘くはないし」
「そうですよね‥‥」
真子がベッドに入り込むと、横峰は布団を掛けてくれた。
「真子ちゃんも言っていた通り、寝惚けて勘違いしちゃったのよ」
「んー。そうだと思うんですけど、よくよく思い出したら、なんか重さを感じたような‥‥」
「でも、真子ちゃん自身の身体全身も重かったんでしょう。気のせいだったのよ。さてと、それじゃ私はナースステーションに戻るからね」
「あ、はい」
横峰が病室から出ようとした時、ふと足を止めた。
「もしかしたら‥‥真子ちゃんが見た猫って、お化けの猫ちゃんだったりして」
「え‥‥」
眉をひそめ、あからさまに怪訝な顔をする真子。
「ほら、ここ病院でしょう。場所柄的に、そういった霊が集まり易いのよ」
「や、止めてくださいよ。私、そういう話しとか苦手なんですから!」
思わず、声が上ずってしまう。
「ふふ、冗談よ。私は“まだ”見たことが無いし、きっと大丈夫よ。それじゃーね。おやすみ、真子ちゃん!」
そう言って、病室から出ていき扉を閉めた。
未だ不慣れな場所で独りぼっちになった真子は、横峰の“ある言葉”が気になった。
「え、‥‥まだ?」