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ネコタマR  作者: 和本明子
第1章 バーチャル症候群と電脳化
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② バーチャル症候群


「それじゃ、自分の名前と生年月日と歳。あと通っている学校とクラスも言ってください」


「私の名前は、藤宮真子ふじみやまこ。二〇二二年七月四日生まれで、歳は十四歳。伊河市立中央中学校の三年二組です」


 真子は先ほど自分が目覚めた病室で、医師の質問に答えていた。


 白衣の左胸に付けられているネームプレートから医師の名前は、木戸というようだ。


 目を覚ました場所は伊河総合病院。市内でも一、二位を争うほどの大きな病院の病室だった。室内には、女性の看護士・横峰と医師の木戸、暫くして駆けつけてくれた自分の母親(美由みゆ)が居た。


 時間が経過したら真子の身体は自然と自由に動かせて、声が出せるまでに回復し、意識の方もハッキリと鮮明になった。体調が戻ったので簡単な検査や、こうして診断のようなものを受けているのである。


 木戸は眼鏡を掛けており、鼻下の髭は白毛が混じっている中年な男性。電子情報端末機に用いるタッチペンのお尻を、自分の額にコンコンと小突きながら質問をしてくる。

 そして看護士の横峰は、その質問と返答内容を自身の電子情報端末機に打ち込んでいく。


「ふむ。それじゃ、好きな食べ物は?」


「えーと‥‥宝来軒のラーメンです」


「そうなんですか。お母さん?」


 木戸は真子の背後に立っている母(美由)に顔を向けて、確認を取った。


「ええ、はい。そうです、この子はそこのラーメンが好きなんですよ」


 美由が少し笑いながら回答すると、木戸は再び真子に視線を戻した。


「その宝来軒というラーメン屋さんは、どこにありますか?」


「伊河駅から、歩いて十分のところにあります」


「そのラーメン屋さんの近くに、何か目印的なものがあったりしますか?」


「えーと、ああ。隣に二階建ての駐車場があります。いつも、そこに駐車してから、食べに行っています」


 木戸は、また美由に真偽の確認を取るように顔を向けると、美由は「はい、そうです」と答えた。


「ふむ‥‥。簡単な診断ではありますが、意識も記憶の方もしっかりしているし、脳に問題は無いみたいですね。ただ‥‥本当に覚えてないんですか?」


「はい‥‥。なんで私、ここにいるんですか?」


 真子は、自分の名前や歳など、自分が何者なのかは理解していた。だが、なぜ自分がこの病院の病室で寝ていたのか記憶が全く無く、解らなかったのだ。


「えっと‥‥もう、三日前になるのかな?」


 木戸は、今度は看護士の横峰に顔を向けると、横峰は「はい、そうです」と頷いた。そして自分の電子情報端末機を操作しつつ、木戸に代わって話し始めた。


「藤宮真子さんがこちらに運ばれたのは、三日前の六月三日ですね。その日の午後九時二十三分にお母さんの美由さんが緊急通報。緊急隊員が駆けつけた所、大量出血をした真子さんは既に意識は無く、緊急搬送され、そのまま緊急入院となりました」


 横峰が淡々と語る内容の中で、真子は物騒な言葉に反応した。


「大量失血? 私が、ですか!?」


 思わず声を張り上げてしまう。すると美由が、そっと真子の肩に手を置き、話しを付け足す。


「そうよ、真子ちゃん。あの時、お風呂に入りなさいと言おうとして、アナタの部屋に行ったら、血を出して倒れていてのを見つけたのよ。お母さん、本当に驚いたんだから。もうパニックだったのよ」


「な、なんで血を出していたの? 私?」


「それは‥‥」


 真子の問いに、美由が少し困った顔を浮かべた。真実を言うのに、何か戸惑っているように見える。


 真子は自分の身体を確かめるものの、何処にも傷らしき所や痛い箇所は無い。そんな真子の動作に対して、木戸の口が開く。


「ああ、大丈夫だよ。真子さんの身体にも何処も怪我はしておらず、傷一つも付いていないですよ」


「それじゃ、何で大量出血を?」


 誰が真実を述べるべきかとお互いが黙りこみ、室内に僅かな沈黙が訪れた。やはりここは、主治医である木戸が言うべき雰囲気が醸し出されていた。


 木戸は仕方ないと観念したかのように答えた。


「結論から言えば、鼻血です」


「えっ‥‥?」


「藤宮さんは、鼻血を出して倒れていたんですよ」


 あまりにもダサく情けない理由に、横峰や美由がクスっと笑った。


「えぇぇぇぇえっっっ! は、鼻血ですか?」


 花も恥じらいはしないが真子だって一応女の子。恥ずかしさを打ち消すように大声を出してしまった。それに、さっきまでの神妙な空気はなんだったのかと、怒りもプラスされていた。


「まぁまぁ。鼻血でも大量に出してしまうと、貧血で倒れてしまうことはあるよ」


 木戸は軽く笑いながら話したが、すぐに真顔になった。


「ただ‥‥。今回、藤宮さんは鼻血を出す直前まで、パーソナルデバイスでネットをしていたんですよね。お母さん?」


「はい、そうですが‥‥。それが何か?」


「今回の件で一番危惧したのは鼻血による貧血ではなくて“バーチャル症候群”の方です」


 【バーチャル症候群】


 現在のコンピューター(電子情報端末機‥パーソナルデバイス)を長時間使用していると、めまいや吐き気の体調不良になったり、突然意識を喪失したり、記憶障害や精神に異常をきたすなどを発症してしまう症状。最悪の場合、突然死してしまうほどの実例もあったりする。昨今、この症候群を発症する人が増え続けており、大きな社会問題になっていた。


 元々は長時間バーチャルゲームをプレイしていた人たちによく見られていた症状だったが、調べていく中でゲームは関係無く、前述(コンピューターの長時間使用者)であることが判明しているが、症状名に変更は無かった。


 美由はバーチャル症候群に関しては様々なニュースで取り上げられていたので、その危険性を充分に把握しており、真子には電子情報端末機の使用を控えるように注意していたのだが、現代っ子たちにとっては肌身離さずな生活必需品。暇が有れば、四六時中操作してしまっているのである。


 木戸の話す内容やバーチャル症候群の症例を発した真子に、美由の心に不安が一杯に募り、たまらず訊ねる。


「それで先生。真子は大丈夫なんでしょうか?」


「ええ。検査の結果や今の診断を見ても、問題の所は見当たりません。確かに、意識喪失や記憶障害はあったようですが、ハキハキと答えられているし、意識も方もしっかりしているみたいですし‥‥。それに藤宮さんは夢を見ていたそうですから大丈夫だと思います」


「夢を?」


 診断の事前質問の内容の一つに『寝ている間に夢を見たか?』という項目があった。真子はあの真っ白な夢‥‥猫に会ったという夢を見たことを話していた。


 木戸は説明を続ける。


「バーチャル症候群を発症してしまった人たちの特徴として、夢を全く見なくなるんですよ。しかし藤宮さんは夢を見た、と言っているので、その疑いは無いと見ても良いでしょう」


 バーチャル症候群の判断に関して、そんなものが有るのかと初耳だったが美由は胸を撫で下ろした。


「ただ、鼻血を出して倒れた時の記憶が無いことや、三日間意識不明の昏睡だったのは、気になりますね。念のために精密検査をやっておきますか?」


 真子は面倒そうな顔を浮かべたが、折角なのと万が一に備えて、美由は「はい、お願いします」と、お願いしたのであった。


「それじゃ、明日にしましょうか‥‥」


 木戸は自分の腕時計で現在の時間を確認する。年季が入っており、古めかしさを感じさせる針がある腕時計だ。

 時計の針は午後七時過ぎを指していた。


「それじゃ、横峰君。MRIとかの使用予約を入れといて」


「はい、解りました」


 そう言われて、横峰は早速と自身の電子情報端末機で使用予約を入れる。

 診断も区切りついたところで、木戸が真子に訊ねる。


「さてと、藤宮さん。何か質問とかあるかい?」


「え~と‥‥」


 ここが何処なのか? どうしてここに居るのか? 自分は大丈夫なのか?

 

 と、真子が疑問だったのは大方解消していた。

 なので、「何も無い」と言おうとした時、ふと“あの事”が頭によぎった。


「そういえば。ここって、猫とか飼っているんですか?」


「「猫?」」


 木戸と横峰、美由までもが一同に声をあげた。


「私が目を覚ました時に、お腹辺りに猫がいたもんだから‥‥」


 真子の突飛な質問に、木戸は顎に手を置きながら答える。


「いや、ここは病院だからね。流石に猫は飼ってはいないが‥‥。そういえば、藤宮さんは猫が出てきたという夢を見たんだよね?」

「あ、はい」


「となると、現実的に考えると寝ぼけていたんじゃないのかな」


 ハッキリとしていない意識に、事前に見た夢。


 確かに木戸の言葉には一理あり、真子も「やっぱり、そうだったのかな」と納得してしまう。


 それと真子には、もう一つ気になった点があった。


 先ほどから横峰が電子情報端末機を操作する度に、変な振動が身体に伝わってくるのである。ただそれは猫の幻と同様で気のせいかなと思い、あえて訊きはしなかった。それに三日ぶりに起きたからなのか、身体は気だるく疲れを感じていた。


 本日はここまでで終了したのであった。


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