③ 私が、ここに誘導したのよ
③
「はふ~~~~~~~!」
と、真子は大きく息を吐いた。溜まった疲労を吐き出すように。
ペア社が用意してくれたCCT用特別車に乗車しており、家まで送り届けて貰っていた。救急車のような車両で、真子たちが座っている場所には窓ガラスは付いておらず、外の景色が見えなかった。
「今日はすまなかったな」
隣に座っている烈が声をかけた。
「本当にね、色んなことがあり過ぎだよ‥‥。まさか同級生がバーチャル症候群に発症して暴れるわ、中神くんも私みたいに身体が変わっちゃう‥‥めたも? だっけ?」
「変態な。長いし言いにくいから、フォーゼとかの略称名で言った方が良いぞ」
烈は“フォーゼ”派のようだ。
「なんだかんだで、中神くんに連れて行かれた先がペア社の支店で、そこで電脳化や電脳生命体、そして千代田佳那さんについて教えて貰って‥‥。やっぱり千代田さんが電脳生命体を生み出したってこと?」
「公式的にはな。まあ生み出した本人も、こんな風になると思ったから自殺したのか‥‥」
「それよね。まさか自殺しているなんて思わなかったわ‥‥」
「あ、藤宮。千代田佳那について、もちろん自殺などは絶対に口外してはいけない守秘だからな。ましてや電脳生体士になるなら、その辺りは気を付けろよ」
真子は「あ、そうだね‥‥」と、口に右手で押さえた。
帰り際に様々な資料や契約書などの書類を手渡されており、書類や電脳生体士に就く為の注意事項がヅラヅラと列挙されていた。守秘義務規約は当たり前の決まりである。
書類の中に、千代田佳那がラーメンを食べている姿が写されているプリントを取り出す。
見るからに普通の人のように見える。この人が、OSプロメテウスや電脳生命体を生み出してしまった天才とは思えない。
「あれ? この花‥‥」
真子はプリントに写っている机の上に置かれている花瓶の白い花に目に付いた。五弁の花に、多数の雄しべが球状に広がっている。非常に特徴的な花だ。
「どうしたのか?」
「この花、何処かで見たことかあるように気がして‥‥。この花が何の花か、知ってる?」
「確か、ミルテという花で。千代田佳那が好きだった花らしいよ」
「へー」と相槌を打ちながら、何処でそのミルテを見たのか記憶の糸をたぐったが、残念ながら絡まってしまい思い出せなかった。
「そういえば、中神くんはどうして電脳生体士になったの?」
「‥‥バーチャル症候群‥‥いや、電脳化を発症したのは小学六年生だったかな。藤宮も経験があると思うけど、すっげー気分が悪くなって突然意識を失って。それで、目が覚ましたら右腕があんな風になってな。それから、ペア社のあのCCTの関係者が見舞いにやってきて、説明を受けて、あとはことの成り行きでな」
「でも、私が発症した時は、そんな人はやってこなかったけど‥‥」
「レベル2までは初期症状だからな。変態について医師に説明していれば、医師から俺たちCCTに連絡に入るんだけどな」
「あっ! もしかして、私が素直にギンのことを言っておけば‥‥」
「‥‥ああ。わざわざ、こうやって来てもらうこともなかったかもな。藤宮、そのギンという電脳生命体はどうして姿を現さなかったんだ?」
「それは、私が知りたいわよ。いくら呼びかけても返事すらしてくれない‥‥。もしかして、消滅しちゃった?」
『消滅なんかしておらんわ』
突然ギンの声が頭の中に響き、真子は「うわっ!」と声をあげると共にビクっと身体を震わせる。
「ギン、居たの! 居るのなら、姿を現してよ! あの場で私一人で肩身が狭かったんだからね!」
『あの大勢の前で姿を現すのは、少々恥ずかしくてな』
「あんたが、そんなに恥ずかしがりやだったなんて、初めて知ったんだけど」
真子の独り言の内容から、ギンと会話していると察した烈が話しかける。
「藤宮、今ギンと話せているのか?」
「う、うん。そうだけど」
「俺の声か聞こえているのか解らないけど‥‥。是非ともギンも手伝ってください。電脳生命体が身体から分離しているのは初めてのケースなので、調査、研究をすれば電脳化について何か解ると思うので」
『そんなことを言われてもな‥‥。まあ、気が向いたらな』
ギンの素っ気ない返答を真子から烈に伝えたが、烈は微妙な表情を浮かべたのだった。
やがて車が止まり、目的地‥真子に家の前に着いたようだ。
真子は書類を片付ける。
「それじゃ、藤宮。今日はその書類に一通り目を通しておけよ。正式な契約は早くて明日には行えると思う」
「うん、解った」
ドアを開けて外に出ると、真子の身体が一瞬硬直した。
眼前には平原が広がっている人気のない空き地だった。真子の家‥‥マンションがそびえ立ってはいなかったからだ。
「ここ、何処?」
振り返り、烈の方を見る。
烈も存じ上げてない様子で、運転手の方を見た。
「こ、ここここ、ここは、うええええ+MHgweDB4MHgweDB4MAEwbzBvMG8wbzBvMG8-」
と運転手を奇声をあげた。
電脳化を発症した時によくあげる奇声を。
烈は瞬時に車から飛び出して、真子を守るように前に立って構えた。
運転手は身体が痙攣して、そのまま意識を失った。
突然の様態変化に状況をつかめないままでいると、
「私が、ここに誘導したのよ」
不意に真子たちの背後から呼びかけられた。
即座に振り返る。太陽が遠くの山に沈んでいき、オレンジ色の夕陽が逆光となりよく見えなかったが、人影があるのは解った。
夕陽がその人物の背後に隠れると、ようやく姿を確認できたが、真子たちは呆然してしまった。
「え‥‥雫?」
同級生で友達の釘宮雫がその場に立っていたのだった。




