③ 電脳生命体
③
電脳生命体――
その言葉を知ったのは、病院に運ばれる三日前、何気なく多愛のない友達との会話の中だった。
中間考査試験の準備期間中で普段の授業は早く終わり、真子と五人の友達は学校に残ってテスト勉強を行っていた。各自、自分の電子情報端末機を操作しながら、ノートに書き込む。解らない箇所があるとインターネットで検索をせず、直接友達に訊いていた。
普段なら解らなかった問題をコンピューターに解説・説明して貰っているのだが、昨今のデジタル抑制運動もあって、極力アナログな方法が推奨されている。そこで真子たちは、こうしてわざわざ放課後に集まって勉強会を催していた。
そろそろ勉強に飽きてきた時に、友達の釘宮雫が口を開く。
「そうだ、電脳生命体って知っている?」
「ああ、最近話題になっているオカルト的なヤツでしょう?」
と、他の人たちも話しに加わり、雑談が始まる。
「電脳生命体って?」と真子が訊ねると、待ってましたとばかりに雫が語りだす。
「ネットワーク会社に勤めている父さんから聞いた話しなんだけどね、なんでもネットの中で、独自の意思や考えを持った生命体がいるらしいの」
「意思とかを持った、生命体? それって、AIとかの人工知能とかじゃなくて?」
「ん~もしかしたら、それに近いのかも知れないけど、そういうのって人の手が加わっているものでしょう。電脳生命体は、そういうのじゃなくて、勝手に生まれて活動しているらしいの。あるSNSを運営している会社のアバターで、アカウント不明のアバターがいたり、噂だとネットの掲示板の書き込みの五割は、そういう電脳生命体の仕業らしいの」
「へ~」と真子が相槌を打つも、別の女子が笑う。
「はは、なにそれ? 今は普通にAI機能を持ったアバターがあるんだし、それでしょう?」
「でも、そういう機能って特定のソフトやサービスの中だけでしょう。その電脳生命体は、ネットワークの世界ならば何処にでも存在して、何処にでも行くことが出来きるみたいなの。ある会社のコンピューターの挙動がおかしくなったりすると、サーバーに謎の形跡ログが残っていたりとか。この間、通信障害が起きたのは電脳生命体の所為らしいよ。だから父さんは、その電脳生命体をファントムと呼んでいるらしいのよ」
雫の話が次第に熱を帯びていくが、
「はいはい、雑談はそれまで。そういう勉強に関係無い話は、家で帰って調べなさい。今は勉強に集中、集中!」
学級委員長の役職にある女子が注意をして、真子たちは渋々と勉強に戻ったのである。
しかし、電脳生命体が気になった真子は、みんなの目を盗んで検索してみた。
電脳生命体について様々なことが書き込まれてはいるけれど、雫が言っていた内容に似ていて、噂の域にしか達していない。
そんな数あるサイトで、ふと、B言語を生み出した製作者‥“千代田佳那”の名前に目が止まった。
今、真子たちが使用している電子情報端末機もとより、社会に普及しているコンピューターには『B言語』で作られたOS『プロメテウス』が搭載されている。
B言語は、まったく新しいプログラム言語で、かつて存在していたC言語などのプログラム言語や、それまでのOSやコンピューターを過去のものにしてしまったのである。
その言語の特性は、独自進化するプログラム。
歴史を変えてしまったB言語を作成したのが、千代田佳那という女性であった。
なぜ電脳生命体に、千代田佳那が関連ワードで引っ掛かているのか?
その先を調べようとしたが、
「真子ちゃん、さっきからパソデバばっかり触って。ちゃんと勉強しなさいよ!」
委員長に発見されて怒られてしまった。
「あ、ゴメン、ゴメン。えっとね、それじゃこの因数分解について解らないところがあって‥‥」
真子は家に帰って調べようと決めて、勉強に集中したのだった。
勉強会が終わり、雫と一緒に帰る途中で電脳生命体についてもう少し詳しく聞いたりもした。ネットの中で電脳生命体は普通に生活していて、いつしか現実の世界に出現するかもしれないと。
真子は家に帰り着くと、改めて電脳生命体について調べた。
電脳生命体の存在が噂され始めたのは、千代田佳那が亡くなってかららしい。千代田佳那の魂が亡霊となり、今もネットワークの世界に彷徨っていて、その佳那の魂が電脳生命体を作りだしているなどと、信ぴょう性の無い噂ばかりだった。だけど、それが電脳生命体をファントムと呼ばれる所以であった。
真子は途中で止めずに佳那のことを調べ続けていたが、突然、電子情報端末機のモニターから強烈な光が点滅したのだ。
視覚刺激により光過敏性発作を起こした真子は激しい頭痛と吐き気と共に痙攣を催し、やがて意識が途切れてしまったのだった。