WIP 8/? 集団戦チュートリアル
シャルロットの屋敷に戻った。
傭兵団あらため騎士団は兵舎のほうを見ている。この領地で言う兵舎はようするに兵隊たちの宿舎だ。シャルロットの屋敷のそばにあるようだ。
そちらも住まうのに掃除が必要とのことだ。
……本邸がすでに幽霊屋敷の様相を呈しているのに兵舎がそれよりマシな状況のわけがない。なりたての騎士たちはまず自分たちの住む場所の掃除から始めていることだろう。
屋敷に来たのは3人だ。
シャルロット、ネージュ、タスさんである。
ネージュが廃墟マニア垂涎の完成度を誇るシャルロット邸を見て顔をしかめる。
「……略奪でもされたのか?」
心配するような声だった。
野宿が多いはずの傭兵団長をしてこの反応である。
館の主であるシャルロットは笑うしかないというように笑う。
「……ちょっとお金がなくて、家事をしてくれる人がいないだけ。
でも、大丈夫よ!
私とタスさんで領地を発展させて……
人を雇って屋敷を綺麗にするから。
ねえ、タスさん?
……あの、この話題になると露骨に顔を背けるの、やめてくれないかしら?」
とは言われても期待に応えられないのだから仕方ない。
このタスさんはオマケ要素を必要以上にしないのだった。
「……まあいいわ。
それで、これからのことを少し相談したいのだけれど」
ネージュが首をかしげた。
「これからってなんだ?
まさか戦争でも行くのか?」
「行かないわよ……
すでにうちからは父が兵を率いて行っているもの。
お金がないのもそのせいなのだけれど。
それに……
20人――私とネージュとタスさん含めても23人しかいないのよ?
仮にも西方一帯を収める領主がその数で戦争に参加するのはね……
他の貴族に笑われてしまうわ」
「シャルロットだとどのぐらいの数を率いるべきなんだ?」
「そうねえ……
狭い国土とはいえ〝西方〟と呼ばれる地区はすべて領土なのよ。
まあ〝北西〟と〝南西〟は別な方が治めているけれど。
領土の広さと領民の数……
それに陛下が期待する収入から逆算すると――
ざっと100人はいれば格好がつくかしらね」
「……すげえ数だな。
傭兵だと普通20人とかだぞ。
東方の戦争だって、全軍で2000人とかだろ?
それでもけっこう〝大軍勢〟って感じだったし……
全軍の20分の1を1人でまかなうとか半端ねーな」
「だから指揮下に傭兵を雇うのよ。
100人という数は、傭兵を含むの。
本当に領地からずっと着いて行く私兵だけだと50人ぐらいかしら?
それでもかなり多いのだけれどね」
「でっかい傭兵団ぐらいか?
それだったらなくもない。
まあ、国に3つあるかどうかって規模だけどな……
維持費とかどうすんだ?
私兵への給料とか傭兵への給料とか……
死んだら遺族へ補償もしないとだろ?
よく金あるなあ」
「……ないから屋敷がこの有様なのよ。
貴族の主な収入は領地経営による税金なのだけれど……
うちの領地は、さほど重い税をとってないわ。
重税は反乱の種だもの。
必要以上の麦を刈らない代わりに、反乱の芽を摘んでいるのよ。
そもそも戦争は東方で起こっているじゃない?
だから参戦の予定はなかったのよ。
……でも、父がね。
まあ、参戦を決意したのは勢いだけというわけでもないでしょうけれど」
「なんかあるのか?」
「ま、色々ね。
……とにかく、戦争に行くつもりはないわ。
わかりやすく理由を述べるならば……
これ以上無駄に使うお金が一切ないから、かしら。
一切、ね」
「か、金がねーのはわかったよ……
じゃあどんな話をするんだ?」
「指揮権についてね。
他の国は知らないけれど……
この国だと、騎士団は騎士団長の上にいる貴族が指揮をとるわ。
騎士団長はあくまでも代行という立場ね。
だから、私がいる時には、あなたの兵を私が動かすのだけれど……」
「なるほどな。
……文句はねーよ。
実際に、20人からいたのにたった2人に負けたんだ。
数で勝ってて負けるなら、戦術と質が問題だってことだろ?
傭兵は強いやつに従う。
だから、シャルロットに従うのに文句はねーはずだ。
あたしも、みんなもな」
「……ありがとう。
とまあ、ここまでは承諾してもらわないと困る話なのだけれど……
ここからが提案ね。
騎士団と領主のあいだに〝参謀〟という職を作りたいのよ。
で、そこにタスさんを置きたい」
「つまりどうなるんだ?」
「私もタスさんもいない時は、あなたが指揮をして。
両方いる時は、私が指揮をするわ。
それで――私がいなくてタスさんがいる時だけれど……
タスさんに従ってほしいの」
「なんで?」
「理由は2つあるわ。
まずは、納得してもらえるかわからないほうだけれど……
タスさんはなにかと神がかっているわ。
彼女を指揮官にしたら、いいことがあるかもしれないと思ったの」
「なんだそれ!?」
おどろくのも無理はなかった。
大軍を指揮して戦うタイプのゲームでは、主人公が指揮官になることが多い。
しかし、その理由は様々だ。
流れでなったり、はては指揮官じゃないのに〝お前が指示してみろ〟とか言われて軍を率いる羽目になったりする。
ここらはゲームの仕様上どうしようもない部分ではある。
しかし、中で戦っているキャラクターたちにしてみれば納得のいかないものでもあるだろう。
そういう意味でネージュのおどろきはまっとうなものだと言えた。
「……まあ、そういう反応になるわよね。
で、もう1つだけれど……
ネージュ、あなた本当に元傭兵たちを指揮できる?」
「……で、できるはず……」
「そうかしら?
彼らとあなたの関係性を見るに……
好かれてはいると思ったわ。
ただし〝指揮官〟としてじゃない。
……なんだか、父親と娘を見ているようだったのよね。
愛されてはいるけれど、認められてはいない……
違うかしら?」
「……言う通りだ。
あたしは団長だったママの娘ってだけなんだよな。
産まれた時から一緒だから、みんな父親みてーなもんだけど……
過保護にされてるんだよなあ。
戦いにも出してもらえねーし。
……東方の戦争に参加するのをやめたのもそのせいだ。
ママが死んであたしが団長になった。
だから、みんなで強引に安全な西方に来たんだ。
あたしに指揮させるのが不安なのはわかるけどさ……
なにも戦いをとりあげなくたっていいじゃねーかよ。
下積みからでいいから、やらせてほしかった」
「……その〝下積み〟で死ぬこともあるものね。
元傭兵さんたちの気持ちはわかるわ。
あなたの気持ちもわかるけどね。
私も父に置いて行かれたから……」
「シャルロット……」
「まあ、領地を経営する人材が必要だったのもわかっているわ。
遠く離れた東方で戦う父は心配だけれど……
今は、自分にできることをしようと思っているのよ。
というわけで、タスさんを参謀にしたいのね。
ネージュが本当に指揮官としてみんなに認められるまで……
外部で指示をする人がいた方がいいでしょう?
ネージュの命令だと従ってくれなくっても――
私の名代にタスさんを立てれば、従ってくれると思うから」
「……そういうことか。
わかった。あたしはそいつを参謀に認める。
もっとも他の連中が納得するかは知らねーけどな。
あたしよりちっこいガキじゃねーか。
さっきあたしらを負かしたシャルロット相手ならともかく……
貴族お付きのガキでしかないそいつはみんなに認められてないだろうしな」
「……ああ、私のお付きだと思われているのね」
「違うのか?
だってそいつの着てるの、使用人の服だろ?」
「たしかにそうだけれど……
ううん、まあ、タスさんの実力は実際に見てもらいましょう。
口で言って信じられる程度の手腕じゃないものね。
――タスさん。
そういうわけで、あなたには参謀をやってもらうわ。
私がいる時は私が指揮するけれど……
あなたの意見は聞くつもりよ。
じゃあ、これから実際に元傭兵……私たちの騎士団を動かしましょうか。
戦闘指揮のこと、あまり知らないでしょう?」
タスさんは首を横に振る。
シャルロットがおどろいた。
「あなた、戦闘指揮の経験が?
……え? 『不要な人死にを出すつもりはないからお断りする』?
あの、実戦で誰も死なせないように練習するのだけれど……」
TASにおいてチュートリアルはスキップ対象だ。
飛ばせるならばガンガン飛ばしていく。
だが、中にはそもそも飛ばせない仕様のものもある。
そういう場合、チュートリアル内で最速を目指すことになっていくのだが……
ものによっては凄惨たる光景が再生されることになるのだ。
たとえば〝敵を倒せ!〟というチュートリアルがあったとする。
この場合、文字通り相手を倒せば終了するはずだ。しかし、チュートリアルには目標とは別の終了条件が含まれている場合が多い。
たとえば〝どうやっても敵を倒せない状態になる〟――すなわち〝味方の全滅〟だ。
〝敵を倒す〟よりも〝味方を全滅させる〟方がタイム的に早い場合、TASは迷いなく自殺する。そこに慈悲や容赦は存在しない。
タイムのためなら命をも犠牲にする――その無慈悲さを指して〝TASけない〟などという言葉もあるぐらいだ。
「あの、タスさん……
本当に練習しなくていいの?
今ならまだ撤回できるわよ?
東方の戦地に比べて安全な土地とはいえ……
今は戦争中だから、練習どころじゃない事態になる可能性もあるわ。
それでもいいのね?
……ああ、本当にやらないのね。
ま、まあ……あなたのことだからなにか考えがあってのことでしょう。
でも、1度ぐらいはやってみた方がいいと思うのだけれど。
知識で知っていても、実体験がないといざという時動けないかもしれないし。
……あら? ちょっと心が動いた?
じゃあ待っててね。
今、指揮官っぽいお洋服を持ってくる――」
タスさんは首を何度も横に振った。
シャルロットが残念そうな顔をする。
「……本当の本当にやらないのね。
かわいい服を用意できるのに」
がっくりと肩を落とす。
ネージュが苦笑していた。