WIP 7/? 初戦リザルト
シャルロットたちは村中央にある広場にいた。
そこには縄で数珠つなぎにされた傭兵たちもいる。
怪我の手当てはしたが、戦意はなく、全員がうつむいていた。
そんな彼らを、村人たちが囲んでながめている。
「さて、我が領地での刑罰について話すわね。
盗人は盗みを働いた腕を切り落とすわ。
強盗は顔に入れ墨をいれてまともな職業につけないようにするのよ。
あと、殺人を犯した者は足の骨を抜いて歩けないようにするわ。
それから――」
傭兵たちの顔がみるみる青ざめる。
刑罰のあまりのひどさに、襲われた村人たちまでドン引きしていた。
シャルロットが笑う。
「――半分冗談よ。
一応、この領地の法度では本当にそうなっているの。
ただ……
これは父が法律の更新を面倒がったせいなのね。
実際に課せられていた罰はもう少し軽いわ。
領主の一存で決めていたのよ。
基本的に、法律は〝参照するもの〟だからね。
法の決まり事は領主の権限より上ではないわ。
でも、そういう考えはもう古いわよね。
だから法律は現在整備中で……
今はまだ過去の法が残っているから――
ようするに、私の一存ということになるわ。
さて、どうしようかしら?」
悩むように顎に手を当てる。
少しの沈黙。
と、思いがけない方向から、足音が聞こえた。
視線を動かす。
見れば、村の表門の方向から、何者かが走って寄って来ていた。
シャルロットが首をかしげる。
「あら、誰か走ってくるわね。
……女の子だわ。
なにかしら?
かなり慌てている様子だわ。
……まさか、他の傭兵団が襲って来たとか?
だとしたら大急ぎで伝令に来るのもわかるけれど……
――あら、タスさん、どうしたの?
弩なんか構えて――」
タスさんは走り寄って来た人物に狙いを定める。
相手は女の子だ。
照準越しに見ているからというわけではなく、かなり小柄だ。
年齢は11か12歳ぐらいだろうか。タスさんよりやや年上という感じはするもののシャルロットよりはまだまだ幼い雰囲気だった。
身なりは綺麗とは言いがたい。ボロボロのワンピースを身に纏い、フライパンに紐を通しただけというような物体――たぶん本人は胸鎧のつもり――を首からぶらさげている。
手足はむき出しで、右手には大きな剣が握られていた。
……かなり長大な剣だ。全長は彼女の背より長く、横幅は彼女と同じぐらいある。相当な重さがあるだろう。だからか剣を地面に引きずりながら走っていた。
女の子が叫ぶ。
「みんなー!
今助けるぞおー!」
……どうやら誰かを助けに来たらしい。
さて、今、この場で〝助けられる〟べきは――傭兵ぐらいなものだ。
シャルロットもそのように結論したらしい。
「……傭兵を助けに来たのかしらね?
ということは、関係者?
……あら、そうみたいね。
この中の誰かの娘さんかしら?
……え、なんですって?」
耳を疑うような発言が、傭兵からなされた。
彼らは近寄ってくる女の子に向けて、口々に叫んでいる。
「お頭! 逃げて!」
野太い声で必死に叫ぶ傭兵ども。大の大人にしてむくつけき屈強な男どもが見るも無惨な必死さで女の子に〝逃げろ逃げろ〟と大合唱している。
中には必死さのあまり泣き出す者まで。……一種異様な雰囲気があたりを包みこむ。農民はきょとんとし、シャルロットは首をかしげていた。
そうこうしているあいだに女の子――傭兵の頭目はシャルロットに肉薄した。
「そこの貴族!
よくもあたしの傭兵団を酷い目に遭わせたな!
覚悟!」
大剣を振り上げる。
女の子の体格は近場で見てもそう大きくない。
身長にしては肉付きがいい方に見えるものの、体と同じサイズの鉄の塊である大剣を持ち上げられるのはおどろきだ。驚異的な腕力と言える。
タスさんは構えていた弩から矢を放つ。
狙いは女の子の手元、わずかに見える剣の柄だ。
弩から放たれた矢はジャイロ回転をしつつ真っ直ぐに大剣の柄に当たった。
当然のように大剣がはじけ飛ぶ。
……普段のタスさんであれば、相手が射程に入った瞬間武器を叩き落としている。
それができなかったのは〝ムービー〟のせいだ。
TASさんには2つ、天敵がある。
ムービーとはその1つだった。
なにせムービーの中で起こることは早めようがない。
だから今のように〝近くまで来た敵からシャルロットをかばう〟というムービーが神によって入れられていると、たとえ50メートル先の的を正確に射貫くことができても、相手が近付くまで行動開始できないのだ。
通常のTASではムービーなどバシバシとばしていくから関係ない――そう思う人もいるかもしれない。
しかしムービー中の出来事は、その後のゲーム展開に反映される。
演出が原因での強制ダメージ、強制位置移動、強制味方増援( いらない)……ロスの原因はそれこそ数限りないのだ。
何人のTAS製作者が〝ムービーの影響がなければあと○○Fは更新できたのに〟と涙を呑んだかわからない。
TASの英知を持ってしても戦うことすらできない運命の奔流、神が決定した残酷なるタイムロスこそがムービーなのだった。
ともあれはじけ飛んだ大剣は、2回転ほどしてから地面に突き刺さる。
シャルロットが慌てて腰の剣を抜き、相手に突きつけた。
「……びっくりしたわ。
と、とにかく、もう武器もないようだし……
大人しくしてね?」
女の子が地面を殴る。
「ちくしょう……!
受け継いだ傭兵団をこんなことで失うなんて……
――おまえら!
どうしてあたしを置いて勝手に行ったんだよ!
あたしだってみんなのために戦いたかったんだぞ!
そりゃ、あたしはママみたいに強くないけどさ!
あたしが団を継いだのが不満ならハッキリ言ってくれよ!
置いてくなんて……あんまりだろ!?」
傭兵たちが視線を逸らした。
シャルロットが首をかしげる。
「……ひょっとしてだけれど。
傭兵たちが東の戦場からこちらへ来た理由って……」
「ああそうだよ!
ママが戦死したんだ!
だから、うちのやつらは戦意を失って……
安全な西へ行こうって。
あたしだって戦えるのに……
ママからもらった剣だって持ち上がるようになったんだぞ!
持ち上がったら戦場に出ていいって言われてるのに……」
「その大きな剣が持ち上がったらって……
遠回しに〝戦場に出ないように〟と言われてないかしら?」
「ママは嘘つかない!」
「……ええと、嘘とかじゃなく……
あなたの身を案じていたのだと思うわよ」
傭兵たちが野太い声で同意する。
「お頭泣かないでー!」と声援まであがった。
「うるせー!
あたしは戦いたいんだ!
それなのに……
あたしが出ようとするとみんなで止めるし……
なにかきっかけが欲しくて〝食い物持ってくる〟とか言えば……
みんな、あたしが動く前に持ってくるし……
そういう……過保護なのやめろよ!
あたしは団長だぞ!?」
傭兵たちが黙り込む。
大の大人が小さな女の子に一喝されてしゅんとしていた。……傭兵たちに翻意があったりというようなことはなさそうだ。このお頭はだいぶ愛されているらしい。
シャルロットが諭すように言う。
「戦いたいのはわかったわ。
傭兵さんたちが過保護なのも、まあ……
でも、村を略奪するような行為は認められない。
そこで提案なのだけれど……
あなたたち、騎士にならない?
領主の私兵という意味で騎士ね。
つまり、私の下で、この領地の治安を守る仕事をするの。
それなら戦場よりは安全だし……
戦いだってあるかもしれないわ。
どう?
あなたと傭兵さん、両方の願望を叶えられると思うけど」
女の子が首をかしげる。
「……いいのか?
てっきりみんなは、これから処刑されるもんだと……
だって貴族っていうのは、ほら、アレだろ?
犯罪者とか、時には領民すら、残酷にいじめ殺すのが趣味なんだろ?」
シャルロットが苦笑した。
「しないわよ!
……いえ、まあ、そういう貴族がいないかは知らないけれど。
私は、やらないわ。
それに兵力は欲しかったところなの。
傭兵が仲間になってくれるなら嬉しいわ」
「それは、願ってもねーけど……
みんなを喰わせていくには略奪しかねーと思ってたけど……
他の手段があるなら、そっちのがいい。
安定してそうだしな」
「決まりね。
ただし、条件があるわ」
「……ご、拷問か?」
「だからしないわよ!
私に女の子をいじめる趣味はないわ!
着せ替える趣味しかないもの!」
「……それはそれでどうなんだ」
「とにかく!
……ちゃんと心を入れ替えて、民のために尽くすこと。
略奪をしようとした村人たちに謝罪すること。
武技をたしなみ勉学に励み、人々の規範たらしむこと。
……最後のは〝そのうちそうなればいい〟ぐらいのものだけれどね。
ともかく、約束して。
きちんと誓ってくれるなら――
あなたたちは、今から私の騎士団よ。
みんなもいいわよね?」
農民たちに問いかける。
彼らは呆けた顔で「領主様がそうおっしゃるなら」とうなずくだけだった。
……平和な人々である。いくら戦地が国の反対側とはいえ、ここまで牧歌的なのはよほど平穏な生活をできてきたからに違いない。
戦乱期に穏やかな生活ができるということは、治世がいいものだったということだ。なんだかんだシャルロットの父親はいい領主だったのだろうことがうかがえた。
傭兵の頭目がうなずく。
「わかった。誓う」
「よろしい。
では、あなた――
ええと、名前は?」
「ネージュ」
「よろしい。
では、ネージュ、ひざまづいて」
傭兵の頭目――ネージュが言われた通り、その場に片膝をつく。
シャルロットが抜いた剣でネージュの肩を叩いた。
「では、西方領主シャルロットの名において――
略式ではありますが、ネージュを騎士団長に任じます。
……はい、おしまい。
本式は王都で女王陛下にやっていただくのだけれど……
今はお忙しいでしょうしね。
それに、普通はここまで簡単に騎士になれるものではないわ。
私の権限で、私の領地でのみ騎士及び騎士団を名乗ることを許します。
他の土地では名乗っちゃだめよ」
「わ、わかった……
これから、騎士団長としてがんばる」
「よろしい。
じゃあ、話もまとまったことだし、帰りましょうか。
――タスさん。
さっきは助けてくれてありがとうね。
戦闘でも大活躍だったし……
仲間も増えたし……
あなたは幸運の先触れなのかもしれないわね」