WIP 6/? 初戦・後編
村人を説得し、中に入る。
表門にいた5人の山賊はすぐさま縄により拘束された。
……肩に怪我を負っているのと、認識すら拒む神業的狙撃により武器をはたき落とされたことで彼らに戦意はない。抵抗する素振りもなく縄目の恥辱を受け入れた。
村にはシャルロットの言う通り、自警団がいた。
老人と子供ばかりの十五名の集団だ。装備は弓が3本きり。
ところで弓というのは弦がはってある――ようするに使用できる状態になっている物を〝張〟と数え、使用可能になっていないものを〝本〟と数える。
3本、というのはそういうことだ。……どうやら表門に山賊が来た時点で、自警団は頭が真っ白になって武装することすら忘れてしまったらしい。
彼らを戦力として数えるのは難しいだろう。
街の中央にある広場に通される。
不安がってざわめいている老人、女性、子供が集まっていた。
中央広場ならば表門と裏門のちょうどあいだで、山賊が壁の内部に攻め寄せてきても襲われるまで時間がかかる。だからここが1番安全だとして集められているようだった。
……しかし集まって不安がっているだけではなにも解決しない。彼らの行為はただ安全な時間を延ばすためだけの目的で行われている。解決に乗り出す知恵や勇気は見受けられなかった。
「……急いで来て正解だったかもしれないわね。
とはいえ――参ったわ。
いくら壁とやぐらがあるといっても……
私とタスさんの2人だけじゃあ、騎馬兵を含む15人相手は厳しいわね。
誰か、村の中に弓を扱える者はいないの?」
村人たちは顔を見合わせるだけだ。
自警団を名乗った老人と子供すらも名乗り出ない。
……どうやら領主であるシャルロットが来た時点で仕事が終わったと安心してしまったらしい。
なるほど〝市民〟というユニットがいないわけだ。彼らは生活を送ることに特化しており、戦いは専門外なのだった。
「……困ったわね。
当たらなくてもいいから、弓を射ることができる人は?
さすがにいると思うのだけれど……」
そこまでハードルを下げて、ようやくポツポツと手が挙がる。
弓の数は山賊から奪った短弓と合わせて8本――正確には3本と5張だ。
挙がった手は4本。弓の方が多いという有様だった。
「……仕方ないわね。
ええと、これから裏門側にいる傭兵を倒しに行くわ。
壁の内側からやぐらにのぼって、弓を射かけるだけよ。
とはいえ……
あなたたちに騎馬兵を倒してもらうだなんて言わないわよ。
ただ、相手の足を止めるために、矢を射続けてくれるだけでいいの。
そのあいだに、タスさんが狙撃してくれるから。
遠くから見た限りだと、裏門の傭兵たちに飛び道具はなかったし――
こちらは壁があるから危険は少ないと思うわ。
どう?
やってくれるかしら?」
村人たちがしばし沈黙する。
それから、手を挙げた数人が立ちあがった。
……戦闘に必要な勇気に知恵、武力はないものの、やる気はあるらしい。
彼らはただ武装しこちらを狙う熟練の傭兵を怖れているだけなのだ。ある程度の安全が保証されれば、恐怖が薄れて立ちあがる。そのぐらいの使命感は持ち合わせていた。
無理もない。
この時代の村人が山賊化した傭兵に出くわすというのは、現代日本でコンビニ帰りに通り魔と鉢合わせするようなものだ。
逃げられるならば逃げたい。しかし逃げる場所がない。そうした時に少しでも安全な場所に隠れ続けたいと思うのは人として当然の心理だった。
冷静な指示を受けて、彼らは言われた通り行動を開始する。
解決法はわからないが解決しなければならない事態に直面した人間ならではだ。シャルロットが提示した現状を打破する攻略法を疑いもせず飛びつく。
村人らは危機的事態にあらわれたシャルロットを信じ切っていた。
これから行われる戦闘で、彼らの独断によるミスはないだろう。……そのぶん、プレッシャーは大きい。成功も失敗もすべてが指示を下す側の肩にのしかかるのだから。
裏門側に農民を配備する。
そちらにはしっかりと裏側から閂をかけられた門と、その左右に4人のぼれるやぐらが2つ置いてあった。
対して用意できた弓兵は4人だけだ。
門から相手が突撃してこないならば矢を射続けてくれるだろう。しかしいざ門が破られた時にはすぐさま降参するはずだ。
そうなればシャルロットは捕らえられて、待っている結末はどのようになるかもわからない。
貴族なので身代金目的で丁重に扱われる可能性もありうる。
相手の傭兵がどの程度〝年若い女性貴族〟というものを見て冷静に対応できるかに命運を分かたれることになるだろう。
「……相手はさっきの3倍ね。
こちらの手数も増えたとはいえ……
厳しい戦いになりそうだわ。
いい、タスさん?
今の状況で門が破られたら終わりよ。
抵抗はするけれど、私1人で騎馬兵5人と槍兵10人は止められないわ。
だから、抵抗が続けられるうちに、あなたが相手の頭目を狙撃して。
私は門が破られるまで、自警団の弓隊を指揮するわ。
……任せるかたちになってごめんなさい。
でも、あなただけが頼りなの。
相手を倒しきらずとも時間を稼ぐだけでもいいわ。
そうすれば、私の兵たちが到着するはずよ。
とはいえ、本職は農民だから……
人数も少ないし、武装もよくはないけど……
少なくとも、自警団よりは強いわ。
私の兵がついたら、門を開放して突撃します。
突如背後に兵が現れて混乱すれば、私でも傭兵の頭目を討てるでしょう。
だから、時間を稼ぐか、敵の頭目を狙撃して倒すか――
判断は任せるわ。
可能な範囲でお願い」
タスさんはうなずく。
シャルロットがニコリと笑って、顔の向きを変えた。
弓隊たちへ説明する。
「みんな、いいかしら?
弓というのは、バラバラに放っても効果が薄いわ。
一斉射撃で弾幕をはることによって……
相手の逃げ場を奪い、効果が出るのよ。
狙って敵を射ることができるならその限りじゃないけれど……
それは難しいでしょう?
だから、私の合図に合わせて、同時に放って。
だいたい敵がいる位置に矢がいってくれればそれでいいわ。
バラバラに放つよりずっとマシなはずよ。
奇跡的に命中することもあるでしょう。
だから、決して慌てず、私の合図をよく聞いてね」
とはいえ、4人による弾幕の効果がいかほどになるのか。
……冗談でもなんでもなく〝バラバラに放つよりマシ〟以上ではないだろう。勝利がタスさんの双肩にかかっていることに変わりはなさそうだ。
「1射目を射ったら、相手はきっとすぐに門を破ろうとしてくるはずよ。
あなたたちはとにかく門に近づいてくる相手に射るの。
馬の突撃、槌による打ち壊しなどをされたら、門はすぐ壊れるわ。
だから、そういう行動をとらせないことが弓隊の役割よ。
そして――
タスさん。
あなたも準備はいい?
……大丈夫そうね。
では――
弓隊、第1射、始めて!」
合図とともに、やぐらの上から弓が放たれる。
……お世辞にも足並みがそろっているとは言いがたい。
実戦に慣れていない者はしばしば緊張による失敗をやらかす。今ももともとたった4人の弓隊のうち1人が緊張から矢を取り落とし、飛んで行った矢は3本だけだった。
しかし、見た目の貧相さからは想像もできないほどの効果があった。
傭兵たちは村人から抵抗がないものと思いこんで安心しきっていたのだろう。
村人が自ら食料や金品を差し出してくるのを待つだけと気楽に構えていたのかもしれない。たった3矢の抵抗は、彼らをたしかに混乱させた。
傭兵の馬がいななき前足を高くあげる。
そのせいで騎馬兵の1人が落馬した。槍兵たちもざわめいて穂先をそろえることを忘れている。
壁内部のやぐらの上でタスさんは踊っていた。
もちろん乱数調整だが、それをしてもやはり村人たちで急造された弓隊で敵を退かせることは難しい。
一見不可能に見えることを可能にできるのが強みだが、本気で不可能なことを可能にはできないのだ。
あまりTASを知らない人は、よくTASとチートを混同する。
どちらも〝あり得ないこと〟を成し遂げているのに変わりがないからだ。
ただし〝あり得なさ〟の種類が明確に違う。
たとえば幼い女の子の腕力で石を投げた場合、それが減速なしで何10キロも何100キロも飛んで行くのは〝絶対にあり得ない〟。そういうのを成し遂げてしまうのはチートの領分だ。
だが、幼い女の子の腕力で投げた石が、5メートル以内を飛ぶ蠅に直撃する可能性はゼロではない。
そういった〝普通はあり得ない〟ことを乱数調整と完璧な操作で成し遂げるのがTASの業なのである。
今回、村人の矢で武装した傭兵を倒すのは〝絶対にあり得ない〟ことだ。
弓というのは引き絞るのに腕力がいる。そのうえで狙いもつけるには訓練が必要だ。
狙うことに必死になりすぎて充分に弓を引き絞ることができていないので、急造弓隊の矢には威力が欠けてしまっている。そんな矢で鎖帷子を着こんだ傭兵を倒すのは不可能だった。
だから、タスさんが弩を放つ。
狙うのは騎馬兵のふともものあたりだ。
馬に乗るというのは足を使う行為である。特にふとももやふくらはぎには踏ん張るために必要な筋繊維が集まっていた。戦場において足を斬られ落馬する騎馬兵というのは珍しくもない。
狙う位置はいいとして、問題は狙うために必要な技量だ。
タスさんは現在やぐらの上にいる。
5メートルある木の壁に阻まれても敵を見下ろせる高さだ。その位置から動き回る騎馬兵の足を狙うというのは狙ってできるものではない。頭を狙うほうが幾分も簡単だろう。
先ほど表門で行った戦闘から、タスさんは人殺しを避けている。
もちろん必要な時にとどめをおこたるようなものはTASと呼べない。
生かすには生かすなりの、殺すには殺すなりの理由がある。そしてその理由はだいたい〝そうしたほうが早いから〟だ。
ほどなくして戦闘は終わる。
騎馬兵は全員が足に怪我を負って落馬した。
まだ槍兵が残っているが、彼らも弩によって武器を叩き落とされた者が少なくない。戦意は喪失しているようだった。
攻撃に移ろうとしたタイミングで武器を落とされるのだ。心を読まれているように錯覚し恐怖を覚えるのも仕方がないだろう。
ともあれ戦闘は終わったようだ。
シャルロットがやぐらの上に立つ。
「傭兵たち!
あなたたちの目論見は破れました!
これより、西方領地の法に則ってあなたたちを逮捕します!
逃亡する者には賞金がかけられるでしょう!
理解をしたなら、抵抗をやめて大人しく縄目を受けなさい!」
傭兵たちが、持っていた武器を次々に落とす。
そして、ひざまづいた。
彼らがシャルロットを見る視線には、なにか侵しがたい神聖なる者を見るような色があった。
シャルロットがこっそりとタスさんを見る。
「……暴れる様子がなくってよかったわ。
それにしても……
うまくいきすぎだわ。
あなたの踊りはなにか、神様に捧げているものなの?
……まあいいわ。
とにかく、初陣お疲れ様。
領民と私を守ってくれてありがとうね、タスさん」