WIP 5/? 初戦・前編
シャルロットのもとに急報がとどいた。
近隣の村が山賊に襲われているということだ。
練兵場でチュートリアルを終えて着せ替えをされそうになっていたタスさんは、すぐさま救援に向かうことを進言する。
……着せ替えが嫌だっただけではない。単純にチャートにあるイベントなのでさっさと済ませておきたかっただけだ。
「山賊……
ついにうちの領地にも来たのね。
国の東方で領土拡大のための戦争をしているのは言ったわよね?
そこで貴族が率いる正規軍が戦っているのだけれど……
もちろん、傭兵も多く雇われているわ。
というよりも、兵力の3分の1ぐらいは傭兵らしいわ。
戦いをなりわいにしている彼らは、戦争では有用な力よ。
でも……
傭兵は戦いが終わると山賊化するのよ。
戦争っていっても、ずっと戦いが続いているわけじゃないのよね。
大きな戦闘が何度か繰り返されることを〝戦争〟というわ。
だから、戦闘から戦闘のあいだ、傭兵が一時的に暇になるのよ。
そうすると彼らは村などを襲って、金品や食料を奪うわ。
もともと戦いの専門家である彼らは強敵よ。
私の領地に今いる軍で対抗できるかしら……」
不安そうに悩む。
タスさんは首をかしげる。
たしか主立った兵隊は、彼女の父とともに東の戦場へ行ってしまったと聞いた。ならば〝今いる軍〟とはなにを指すのか。
シャルロットが捕捉した。
「今いる軍っていうのは……
農民ね。
もちろん正規の兵隊じゃないわ。
何人か特別に私の私設兵をやってくれているの。
全体で30人ほどで、10人ずつ交代で見回りをしてもらっているわ。
それとは別に、村々には自警団も存在するけれど……
当然、近隣の簡単なトラブルを解決する程度の力しかないのよね。
山賊を相手に戦えるかどうかは……
未知数、と言っておきましょう。
……最初からあきらめたくはないもの。
それにしても予想外だわ……
まさか国土の西側にまで山賊が出るなんて。
……私、これが初戦なのよね。
きっと精強で数も多くて、人数もいるでしょう。
武装だって整っていると思うわ。
……どうしたらいいのかしら……
と、とにかく、現場まで行きましょう。
あなたは……どうするの?
そばにいてくれたら嬉しいけれど……
まだ幼い女の子だし、危険な場所に連れて行くのも……」
タスさんはシャルロットの手を握る。
行くという意思表示だ。
シャルロットが少しだけ表情に明るさを取り戻す。
「……ありがとう。
それじゃあ、現地まで行きましょう。
馬を使うわ。
……一応確認するけど。
まさか弩だけでなく騎乗まで一流ということはないわよね?」
それをすると兵科が変わってしまう。
本チャートは〝騎馬兵〟ではなく〝弩兵〟でやっていく予定なのだ。
むやみな兵科変更はタイムロスになる。TASは飛ばせないムービーと動きを止めていること、そしてタイムロスがなにより苦手なのだった。
白馬に乗って山賊に襲われている場所まで向かう。
シャルロットの腰に抱きつくように相乗りすることになる。
アスファルトなどで均されているわけでもない道を、4足歩行の獣にまたがって移動するのはかなり揺れる。10歳前後の少女でしかないタスさんの体力は移動だけでかなり消耗しそうだ。
しばし丘陵地帯を駆けていくと、木製の壁に囲まれた村落が見えた。
伝令にあった通り、山賊化した傭兵がいる。
身なりは予想よりずっといい。金属製のかたびらを着こみ、整備された武器を身につけている。
よくイメージされる獣の毛皮をかぶって腰みのをつけただけの半裸のマッチョマンというわけではない。正規軍とともに前線にいても違和感がない姿だ。
彼らは木製の壁に2カ所だけある出入り口をふさぐように配置していた。
……門はまだ閉まっているし、壁は厚い。
この時代、居住区域を要塞化するのは当たり前の備えなのだろう。村を囲う木製の壁は5メートルほどの高さがあり、ハンマーなどの道具がなければ打ち破るのは難しそうなほど分厚い。
逆に言えば大がかりな攻城兵器を用いずとも、壁を壊せるだけの個人武装があれば破壊も可能ということだ。
シャルロットとタスさんは、なだらかな丘に身を隠すように伏せる。
2人で並んで、傭兵たちの様子をうかがった。
シャルロットが不安そうに言う。
「……相手は20名ほどかしら。
編成は……
まず裏門側だけれど……
騎馬兵が5名。
槍兵が10名。
……逃げて出てくる村人を捕らえるための編成みたいね。
表門側が……
盗賊が5名ね。
ほら見て、短弓を持っているでしょう?
手斧と短弓で遠近両方に対応できる……
一人で複数の役割をこなせる、傭兵独特の兵科を盗賊と呼ぶの。
もちろんそれぞれの専門職にはかなわないけどね。
……さて、どうしましょうか。
私が動かせる兵は、みんなまだ少し到着までかかりそうね。
でも、村は今にも襲われそうな雰囲気だし……」
「……」
「え? 『自分たちだけで戦う』?
無茶よ!
……たった2人で20人に勝てるはずがないわ。
でも……そうね。
表門にいる5人を急襲すれば、勝ち目はあるかも?
槍兵が相手だと、騎馬で突撃するわけにもいかないけど……
でも、相手の装備が手斧と短弓だけなら、騎馬兵は有利なはず。
私が馬で突撃して、あなたが狙撃する。
そういう作戦でどうかしら?
裏門のほうは、壁の内側からやぐらにのぼって狙撃しましょう。
たぶん、騎馬兵の中に相手の頭目がいるはずだわ。
うまくその頭目を狙撃できれば、戦況は決するはずよ。
そうと決まれば行動を開始しましょう。
まずは、表門の山賊5人を倒すわ。
速度が大事よ。
……いきなり実戦に巻きこんでしまってごめんなさいね。
でも、お願い。
私の領民を守ってほしいの。
さあ、行くわよ」
シャルロットが馬にまたがる。
タスさんは、持ってきた弩に矢をつがえた。
白馬に乗ったシャルロットが、剣を抜き放って突撃した。
素早いが静かだ。大声をあげて相手に攻撃を予告するような不細工はしない。
もっとも、彼女はこれが初陣らしい。隠密性を高めるために無言でいったのではなく、緊張で声が出なかっただけという可能性もあった。
あと20メートルほどでとどくという位置になり、山賊たちがシャルロットに気付く。
気付いたのは表門に配置された5名だけだ。
内部に田畑もある村落はそれなりに大きい。木製とはいえ壁に隔てられているため、裏門外から表門外の様子をうかがうことは困難なのだろう。
山賊たちが短弓に矢をつがえる。
だが、シャルロットはかまわず突撃していく。
正しい。
矢をつがえた相手に対し横に逃げたり距離をとったりするのは悪手に他ならない。
なぜならば弓矢とは胴体を狙う飛び道具だ。使い手が熟達していれば、騎馬ほどの速度で逃げ回っても人間の胴体ぐらい的が大きければまず外さない。
そして人間は胴体のどこかに矢が刺さりでもしたなら行動不能に陥る危険性がある。1射で決まらずとも止まった人間への第2射は確実に急所を抉るだろう。
なにより距離をとったり回避行動をとったりすると、その時点で〝技術の勝負〟になる。
シャルロットは今回が初陣。対する山賊たちはこれが初戦闘ということはありえないだろう。素人が玄人に技術で挑んだところで勝ち目がない。
だからこそ、突撃して相手と自分の命を等しく危険にさらせば〝技術の勝負〟ではなく〝勇気の勝負〟に持ち込める。
素人が戦闘に必要不可欠な要素で玄人と勝負しようと思えば、戦闘により磨かれる技術よりも持って生まれた素養に因るところの大きい勇気で勝負をするほうが分がいいだろう。
もちろん、自分より強い相手との戦闘を避けられるならば、それが一番いいことではあるが。
それにしてもおそるべき勇気だ。
たとえシャルロットが訓練で短弓への対処法を聞かされていたとしても、初陣で〝武器を構えた相手に向かっていく〟というのはなかなかできるものではない。
賞賛すべきは勇気だけではなかった。
白馬にまたがり駆けて行く。その姿に威圧されたのか、山賊たちの矢はまるで矢自体が意思をもってシャルロットを回避しているかのように命中しない。
ひとたび馬上から剣をふるえば、吸いこまれるように山賊たちの肩に突き刺さる。
……肩というのが腕を動かすために重要な部位であることは誰にでもわかる。そして戦いのほとんどは腕を使う行為だ。肩が動かなくなることは戦闘不能になることとほぼ同義である。
神業めいた手際の良さだ。
あれが初陣であれば戦女神でも降ろしているとしか思えない。味方にいれば神々しさすら感じるが、敵からは死神にでも見えることだろう。
「……嘘みたいにうまくいくわ。
なんだか体が軽い……
戦いというのは、これほど楽なものだったの?」
本人すら戸惑うような、奇跡めいた活躍。
……無理もない。現在の彼女の行動は、実際に彼女の持つ実力によって成せる範疇を軽々と逸脱していた。
丘の上でタスさんが踊っている。
TASにおいて〝無駄な行動〟というものは存在しない。
つまるところ、はたから見れば頭のかわいそうな子にしか見えない突然のダンスも意味のある行動――乱数調整なのである。
乱数というものは自身の行動以外にも適用される。
一刻も早い攻略を目指すためにはNPCの行動すら制御しなければならない。つまりTASの乱数調整には味方への支援効果および敵への妨害効果もあるのだ。
1秒でも早く――ではない。
1フレームでも早く終わらせるために、TASは乱数調整と攻撃をする。
TASにおける時間計測はFという単位で行われる。
これは1秒を60分の1に割った単位で、Speedrunの競技者たちは日夜このまばたき1回以下の時間を縮めるためにしのぎを削っているのだ。
努力のかいあって、ほどなく戦闘は終了する。
シャルロットが5人の山賊たちをはいつくばらせる。
タスさんとてなにもしていなかったわけではない。
乱数調整はもちろん、幾度か弩を放って援護をしていた。実際、山賊の武器のいくつかは鋼鉄の矢によって地面に縫い付けられている。
高所をとっているとはいえ、距離は50メートルはある。そこから当てたのは幅10センチほどの手斧の柄である。
……敵からすれば悪夢というレベルですらない。
なにが起きたか気付ける者がまず希だったであろう神業。気付いた者がいたところで、ありのままを仲間に話せば気が触れていると思われかねない奇跡のような狙撃の腕だった。
タスさんは新たな矢をつがえてシャルロットのもとに向かう。
彼女が汗を浮かべながらも、笑顔で出迎えてくれた。
「とりあえずは成功ね!
武器を撃ち落としてくれたの、あなたよね?
ありがとう。
……相変わらず踊りながら撃っていたの?
そ、そうなの……本当によく当たるわね。
山賊たちも思ったより早く戦意喪失してくれたから、殺さずにすんだわ。
この時代にこんなことを言うのは甘いかもしれないけど……
できる限り、人には死んでほしくないものね。
さ、山賊たちを拘束して、村の中に入りましょう。
内部から敵の指揮官を倒したら――
私たちの初陣は成功よ」