29話 WIP 29/? 玉座(前編)
王城内を駆け抜ける。
シャルロットの馬にはタスさんが、オデットの馬にはネージュが乗っている。
ヤイヌは馬で移動する四人に、自分の足で伴走していた。
もっとも、ヤイヌが馬並みに速いというわけではなく、馬の方が歩兵を随伴できる程度の速度で動いているというだけの話だ。
警戒走行である。全速力で走っていて、不意に正面から槍兵が飛び出して来たらたまったものではないので、注意しながら進んでいるのだ。
タスさんはこの後の展開を知っているので、警戒が無意味であることも、当然、わかっていた。
しかし戦いのステージに到着した時にヤイヌだけはぐれているという事態を避けるためには、仕方がない配慮だ。
これから先の戦いには、自分とヤイヌ、それからシャルロットが必要不可欠となっている。
ネージュはいらないのだが、ここで『別に来なくてもいい』などと言えば、一悶着あって無駄に時間をとられるだけだろう。
そういう理由もあって、タスさん的にはゆったりしていると感じるペースで、王宮内を駆け抜けて行っているわけだ。
城は外観に見合って内装もかなり広い。
馬二頭が並んで走っても余裕のあるような幅のある長い廊下が、ずっと続いている。
壁には絵画があり、床には高級そうな赤い絨毯があった。普通であれば来訪者の足音を優しく包みこんでくれるはずである。が、さすがに蹄鉄を装備した馬の歩行は想定していないようで、音はドカドカと響くし、歩行の勢いでめくれてしまう部分もあった。
シャルロットが、オデットに問いかける。
「あの、修繕費などは……大丈夫なのですか?」
馬を走らせるのに伴い被害を与えている調度品について心配しているようだった。
こんな緊急事態に何を……と思う人もいるかもしれないが、現在窮乏状態にある領土を抱えているシャルロットとしては、今聞かなければいられないほどの懸念事項なのだろう。
オデットが笑う。
「心配なく。
宰相派を黙らて得るお金でどうにでもなりますわ」
「……黙らせて得るお金、ですか」
「ええ、その通りですわ。
そもそも宮廷闘争において『黙らせる』というのは『発言権をなくす』ということです。
発言権とは、爵位や役職に伴うものではありますが……
何より大事なのは、味方の数なのです。
我ら国王派が血統の正当性や伝統に重きを置いている一方――
宰相派は利益に重きを置いていますわ。
つまり、宰相の発言力をなくそうと思ったのであれば、その財力をはぎ取るのが一番なのです。
まあ、単純な金銭というわけではなく、人脈や領土も含まれますから……
すぐにお金になるというわけではありませんけれど」
オデットは微笑む。
穏やかで優しい笑顔だ――が、言っていることは、かなりえげつない。
宮廷闘争の厳しさや容赦のなさを実感したのか、シャルロットは身震いした。
「……でも、宰相派が簡単に大人しくなるでしょうか?
悪あがきで武装蜂起などする可能性も、あるのでは」
「可能性もある、どころではありませんわ。
武装蜂起はすると思いますわよ」
「それ、大変なことじゃないですか!?」
「ですから、宣誓書を読み上げた後、すぐさま宰相を拘束いたします。
反論も弁解も許さず、領土に帰しもしません」
「……そんなことをして大丈夫なのでしょうか?」
「王族を弑逆しようとしたのですわ。
そのぐらいは、妥当なところでしょう。
それに――
わたくしが行動を開始した時点で、こうなった時のための対策を立てているでしょう。
つまるところ、王城に連れ込めるだけの兵力で、常に自分を警護させるということですわね。
それら宰相の警護隊に阻まれ、宰相を領土に逃がせば内乱の始まり――
警護隊を打ちのめし、宰相の身柄をおさえれば、内乱が始まる前に防げますわ。
そのための、わたくしの騎士たち――
それがあなたたちですのよ、シャルロット」
「穏便にトリスタン様からいただいた宣誓書を読み上げて終わり――
とは、思っていませんでしたけど。
どうやら私が思っていた以上に逼迫した事態のようですね」
「選択の結果ですわ。
たとえば街にしばらく逗留して情報集めをしていれば――
もしくは、東の戦地で伯父様の手伝いをしていれば――
あるいは西方領地から旅立つ際に南ルートを選んでいれば――
そもそも、わたくしを手伝うという選択をしていなければ――
どこか一つでも選択を違っていれば、また違った状況もあったでしょう。
けれど、現状はこうなっておりますのよ。
わたくしが想像しうる限り、最も性急で最も手っ取り早い展開ですわね」
「……あはは」
シャルロットは力なく笑い、タスさんを見た。
馬に相乗りしている状況だ。さすがに、真後ろに乗っているタスさんを振り返ってもその表情までは見えないだろう。
しばし進んで――
ようやく、玉座の間にたどりつく。
別名『謁見の間』と呼ばれる空間で、その面積は広い。
天井も廊下などと比べて明らかに高く、壁には王族の紋章が刺繍されたタペストリーがかかり、照明は豪勢なシャンデリア、地面には深紅の絨毯と、入った者に息を呑ませる偉容と豪奢さがあった。
その偉容はすべて、玉座に座る者を大きく見せるためのものだ。
現在。
その玉座には――
一人の女性が、座っていた。