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WIP 3/? キャラメイク

 シャルロットの家は田園地帯の真ん中にあった。

 広い屋敷だ。

 石造りの塀に囲まれた2階建ての邸宅。


 もっとも『貴族のお屋敷』という感じとはほど遠い。


 本来中庭が整備されているべき部分が練兵場になっていたりするので、抱くイメージは兵舎か軍に接収された地方のホテルという感じ。門の前に衛兵が立っていても違和感はなさそうだ。

 もっとも、彼女の言葉通り兵士などは出払っているらしい。本来は門を警備している者がいるのかもしれないが、今の屋敷には兵士どころか人の気配すらなかった。


 出迎えもないまま練兵場と化した中庭を抜けていく。

 大きな門をシャルロットが自力で開けて、邸宅内部に入った。


 第一印象は幽霊屋敷だ。絨毯(カーペット)もない石造りの床に1歩踏み出せば、やけに高く足音が響いた。

 背後でギギィ……という音。どうやらシャルロットが扉を閉めたらしい。

 ロケーション的にはひとりでに扉が閉まって押しても引いても開かないとかいう事態になってもおかしくない。このまま洋館を探索して怪異から逃げつつ脱出を目指すゲームでも始まりそうな雰囲気だった。


「……少し汚れているけど、これが我が家よ」


 気まずそうな声。

 控えめに表現して綺麗な廃墟、遠慮なしで表現すれば汚い廃墟、どう転んでも廃墟という雰囲気の家が、他者の目にどう映るか彼女は充分に熟知している様子だった。

 観念したようにため息をつく。


「……実はね、使用人をすべて解雇してしまったの。

 父が戦地に赴く際に、兵士を募集したのだけれど……

 このあたりは農村地帯でね?

 募集に応じてくれたのは、一旗あげたい農民たちだったのよ。

 それで、戦争に行くには武装する必要があるでしょう?

 でも、農民は武具を持っていない。

 購入資金もなかったの。

 名乗りをあげた農民たちは、戦争で英雄になって一攫千金したい人たちで……

 つまり『現状は窮乏している』ということなので。

 そこで父は、彼らに武具を買い与えたわ。

 ……武具ひとそろいの値段は知っているかしら?

 貨幣の価値はあなたには難しいでしょうから……

 我が領地で平均的な収入の農家が、1年の4分1をかけて稼ぐ額――

 そう言えばわかりやすいかしら?

 とにかく大変な金額なのよ。

 それを募集に応じた農民、30人分使ったの。

 我が家の生活には当然支障が出るわ……

 ……父は間違いなく、戦争においては英雄英傑のたぐいよ。

 誇りだわ。

 でも、豪快すぎるというか……

 ……うん、その、日常生活に向いてはいなかったわね」


 笑うしかないらしい。

 シャルロットが慌てて補足した。


「で、でもね!

 まだ任されたばかりだからなんとも言えないけれど……

 領地経営をがんばれば、使用人だってまた雇えるはずよ!

 父は内政面に疎い人だったの。

 そのお陰で、私はそちら方向にも鍛えられているわ。

 これから私とあなたで農地を経営して……

 お屋敷を立派にしていきましょう?」


 前向きなのかヤケクソなのか判別つきがたい。

 ともあれどういうことを言われているのかはすでに知っていた。


 領地経営によって収入を得ることができる。

 戦闘などで稼いだ金銭を投資することで、領地が発展するだろう。

 そして領地が発展するたびに屋敷が綺麗に、大きくなり、人も増える。

 ゲームの本筋とは別なオマケ要素とでも言うべきものだった。


 屋敷が綺麗になると、シャルロットが喜んでくれるだろう。

 ……しかし、悲しいお知らせがあった。

 TAS(タス)において、オマケ要素は往々にして無視されることが多い。

 それには『どういう目的のTAS』なのかということもからんでくる。


 Speedrunの方のTASは競技として発展している。

 つまり、レギュレーションがあるということだ。

 有名なものは3つだろうか。『バグ有り』『100%『『any%』だ。


『バグ有り』はその名の通り『バグ技』の使用が許可されている。

 この『バグ』については様々な定義がある。大ざっぱに言うと『プレイヤーが、これいいの? と疑問を抱くような機能で、ゲーム公式チームが仕様と明言していないもの』だ。


 たとえばステージの概念があるゲームにおいて、ステージ1の次はステージ2となるのが当たり前である。

 しかしバグによって、ステージ1の次にラストステージに挑むことが可能になるケースがある。


 当然、順番通りにステージを攻略するより早いので、バグ有りではいきなりラストステージをやることになるのだ。

 言うなれば『なんでもあり』な状況で最速を目指す――競技における無差別級統一王者を決めるのが『バグ有り』だ。計測開始(タイマースタート)から数秒で終了することも多い。


 反対に『100%』は遅々とした歩みにならざるを得ない。

 世にあるゲームには本筋以外に様々な収集要素がちりばめられていることも多い。

 全キャラクターを仲間にする、すべての武器を収集する、あらゆる実績を解除する――『100%』のTASはこれらの要素をすべて埋めることになる。

 そのぶんチャートの構築は難解だ。あらゆる要素を熟知し、もっとも効率のいいルートでゲームを進める必要があるからだ。

 発狂しそうな想いでようやくチャート構築を終えても、新しい改善点が見つかって再び練り直しになることも少なくない。

 TASにおいてチャート構築が重要なのは当然だ。しかし『100%』ほどに重要度が高まるものも他にないだろう。


 そして――『any%』は、よく知らない人にとっては手軽とも思えるだろう。

 なにせ前に挙げた2つに比べると自由度が高い。収集要素を埋める必要はないし、バグ使用を考慮したルートどりをする必要もないからだ。

 ただし自由度が大きいから楽というわけではない。

 攻略のためにどの時点でどの程度の武器を用意しておく必要があるのか、レベルはどのぐらい上げればいいのか、金銭や経験値を稼ぐ必要はあるか――

 ありとあらゆる『ひょっとしたらこうすれば早いんじゃないか』という可能性が、悪魔のささやきのように作成者を誘惑する。

 そんな中でもっとも効率的で操作手順の少ないルートをとり、チャートを完成させ実践していくことになる。

 なんでもできる代わりに、なにをしたらいいかの選択が難しい――それが『any%』と呼ばれるレギュレーションだった。


 現在タスさんが行なっているのは、Speedrunではない。

 しかし、TASというのはどんな場合でも基本的には早いものを好む。

 そのせいで『TASさんはせっかち』などと揶揄されるぐらいだ。


 もちろんこのタスさんも早さを求めている。

 Speedrunレギュレーションにあてはめるのならば『any%』に分類される。

 バグ技も使わず、収集要素も埋めないということだ。


 そして『領地を発展させて屋敷を綺麗にし、シャルロットを喜ばせる』のは『収集要素』だ。

 あとは語るまでもない。

 いつか彼女には幸せになってほしいと無責任に祈るばかりである。


「……どうしたのタスさん?

 なにか哀れむような顔をしていたけれど……

 あら、『なんでもない』って?

 そう?

 じゃあ、これからがんばって領地を発展させていきましょうね。

 ……だからなんで遠い目をするのよ。

 ま、まあいいわ。

 とりあえず、お洋服を選びましょうか」


 楽しげに目を輝かせる。

 タスさんは不安になった。

 しかしここでシャルロットに着せ替えられること(キャラメイクすること )もチャートの一部だ。抵抗してもクリアタイムが増大するばかりなので流されるままにしておく。

 TASにとってプライドはタイム以上の価値があるものではない。


 正面の大階段から2階へのぼる。

 1歩ごとに暗い屋内に足音が響く様はホラーそのものだ。少し目を逸らした隙にシャルロットがフッと消えていてもなんの不思議もない。

 これからこの家で寝起きするらしい事実を思うと気分が暗くなる。

 しかし精神衛生を考えれば少しでも前向きに現実を受け止めるべきだろう。……うん、アミューズメント感があっていい家だ。夜に1人で寝室にいても笑い声とか聞こえてきそうで素敵かもしれない。


 2階の廊下を歩んでいく。

 相変わらず絨毯は存在しない。小窓があるし外は明るい。だから屋内は一寸先も見えないほど暗くはないけれど、同じ殺風景な石壁がずっと続くので時間感覚があいまいになってくる。

 絵画でもあれば多少はマシかもしれない。……夜中に絵の中の人物が笑ったとかいう七不思議が生まれそうではあるが。


「着いたわ。

 この角部屋に衣装をまとめてあるの。

 あなたが寝起きする部屋にはあとで案内するけれど……

 私の部屋で寝てもいいのよ?

 ……『そんなことしてもタイムが縮まらないから遠慮する』?

 あ、あなたの言っていることは独特ね……

 とにかくお着替えしましょう。

 ふふ……どんな格好が似合うかしら?

 じっくり時間をかけて選びましょうね」


 部屋の扉が開かれる。

 タスさんは案内を待たずにサッと部屋に入った。


 内部はある意味で惨状だ。

 家具のない部屋にはところどころに衣類が山と積まれていた。

 がんばって用意したのだろう。

 シャルロットの期待感がうかがえるようだった。


 しかしタスさんに『じっくり時間をかけて』というのは無茶な注文である。

 早さはプライドよりも人情よりも重いのである。

 タスさんを着せ替えて遊びたいならば、取得可能な場所に衣類を並べてはいけない。

 仕様上、タスさんの一存ではどうしようもない場所にまとめておくべきだった。


 タスさんはツカツカと歩いて、衣類の山の1つから服を引っ張り出す。

 広げれば、長いスカートのメイド服だった。

 シャルロットが嬉しそうに言う。


「まあ、まずはそれを着てみるのね?

 ……え? 『これで決める』って?

 で、でも、それ、使用人服よ?

 ほら、こっちにもかわいいのあるわよ?

 着てみましょう? ね、そうしましょう?」


 懇願するような表情だった。

 しかしタスさんは首を横に振る。


「……わかったわ。

 そうよね……

 いきなりこんなに色々見せても、戸惑うわよね。

 わかりました。

 せっかく用意したから着てほしかったけど、あきらめるわ。

 今日はね」


 タスさんは首をかしげる。

 シャルロットが笑った。


「毎日同じ服を着なくてはならない法はないわ。

 今日はメイド服でもいいわよ。

 でも、明日は違うものを着ましょう。

 それならいいでしょ?

 ね?」


 タスさんはうなずく。

 ここでうなずいておかないと、押し問答が始まる予感がしたのだ。

 早さはプライドより重い。

 さっさと先に進めるならば、着せ替え人形にされることなど小さな問題だった。

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