WIP 22/? 陣幕
平原の上に、白いテントがいくつも並んでいた。
本陣だ。これらテントには傭兵や騎士団、貴族の私兵などがそれぞれの陣営に分かれて寝起きしている。
城布の材質は船の帆を連想させる。丈夫で破れにくく、水にも強い。
グレゴワールとその兵団にとりかこまれるように、シャルロットたちは陣幕を目指す。
オデットを隠すための配慮だ。
いつかオデット自身が言っていたことだが、現国王が王宮から離れるというのは基本的に大イベントなのである。
これが公式な慰問であればなんの問題もないのだが、王宮がきな臭いから来たなどということがなにかのルートで民衆にバレることになれば、国家の危機、少なくとも国のために前線で戦う兵士たちの士気は著しく落ちるだろう。
だから、事情を共有する相手を選ぶ必要があった。
グレゴワールの使っている陣幕にたどりつく。
かなり大きく、そして豪華だった。
収容する人数と家柄、王家からの信頼をかんがみればこの程度は普通なのかもしれない。
刺繍がほどこされ、王家の旗とシャルロットの家の家紋が描かれた旗が並ぶその陣幕は見る者にわかりやすく権力を誇示する。
入口の布をめくって、中に入る。
広い陣幕内の中央には木製の机と椅子が並んでいた。綺麗とは言いがたい。ワインの入った瓶が倒れ中身がこぼれていたり、食べかけのままカビの生えたチーズが地面に落ちていたりする。
内部に入った者は7名だ。
シャルロット、オデット、ネージュ、ヤイヌ、タスさん。
グレゴワール。
その背後には寄り添うように、メガネをかけ、理知的な顔をしたメイド服の女性がいた。
シャルロットが女性を見て嬉しそうに笑う。
「マルギット!
無事に戦場にたどりつけたのね」
マルギットと呼ばれた女性は、静かに礼をした。
「シャルロットお嬢様もご壮健でなによりです。
わたしが戦場に発ったと知っているということは、娘に会ったのですね?」
「ええ。
アンたちは元気だったわよ。
今は、私の代わりに領地の管理を任せているわ」
「こんなこともあろうかと教育した娘たちです。
シャルロットお嬢様の妹となるかもしれませんし、遠慮なく使ってくださいませ」
表情を変えずに言い切る。
グレゴワールが首をかしげた。
「んん?
つまりマルギットの娘どもをうちの養女にするってことかあ?
たしかに父親も死んじまってるしなあ。
ようし、俺に任せろ。
マルギットの娘どもを立派な騎士に育ててやるぞ!」
ドン! と力強く胸を叩いた。
シャルロットが苦笑する。
「……父は相変わらずのようね。
ええと、それで――
お父様。
これから、大事な話をするのだけれど……
マルギットにも聞かせて大丈夫かしら?」
「おうよ。
俺も事の重大さはなんとなく察してる。
……実は、ここ最近、トリスタン様を狙う不届き者が増えてなあ。
本当は敵の砦に物資を運ぶ補給部隊をどうにかしたいとこなんだが……
それすらままならん。
そこにオデット陛下がいらしたんだ。
国がいやーなことになってるぐらいはわかるさ。
この陣幕は周囲で見張らせてるから、聞き耳を立てる者もいない。
そして、中にいるのは秘密を守れる者だけだ。
そっちは――見た目、傭兵と山の民っぽいのもいるが……
全員、事情は知ってるって感じだろう?」
「ええ。
紹介するわ。
オデットはいいとして――
こちらの傭兵みたいな格好の子は、ネージュ。
色々あって、今は私の元で騎士団長をしてもらっているわ」
「なんだと!?
騎士団ってえのは……騎士団か!?
つまりシャルロットは俺の知らないあいだに騎士になったのか!?」
「……まあ、そうね。
複雑な事情があるし、まだ正式には騎士ではないの。
だから説明は省くけれど――
こちらの不思議でかわいい服を着ているのが、ヤイヌ。
山奥の村で出会って、ここまで北の山脈を案内してくれたわ。
そして、こっちのメイド服がタスさんね。
身分は一応、私の侍従長……と参謀ということになっているわ。
無口だけれど、予言ができて、弩はどんなに遠くの的も射貫くわ。
それから……ええと……なんだかよくわからないことをたくさん知っているわ。
……とにかくすごい人よ。
呼ぶ時は〝タスさん〟とさん付けで呼んでね」
「……娘の交友関係を紹介されるのも、新鮮な気持ちだな。
いや、男がいなくて本当によかった。
で?
どういう事情で陛下を戦場に?」
グレゴワールが身を乗り出す。
シャルロットは説明を開始した。
王宮内の権力闘争のこと――
それから、オデットの伯父であるトリスタンの娘を名乗る存在が――名乗ったのはその子の母親で、その子自身はまだ赤ん坊だが――急に現れたこと。
そのせいで王座を巡る政争が激化していること。
オデットは宰相派に命を狙われる羽目になり――
このままでは、トリスタンの命も危ないかもしれない。
そこで、トリスタンに〝本当に娘がいるのか〟を問い合わせに来た。
もしも覚えがないならば、宰相派にとどめをさせるかもしれない。
だが、本当に娘がいるならば――その時の対応は、まだ考え中、ということになっている。
話を終えて、シャルロットは締めくくる。
「――というわけだから、トリスタン様にお会いしたいのです」
グレゴワールが腕を組み、天井をながめる。
悩むように唸った。
「んー……
どうにも俺は、政争にかんすることは弱くてなあ。
だから戦争の状況だけ言わせてもらうんだが……
もし話の流れでトリスタン様が1度王城に戻るなんてことになると――
困る。
そしてその話をされるとトリスタン様は王都に帰ろうと言い出しそうだ。
知ってるかもしれないが、今、戦いは膠着状態だ。
兵士たちは疲れてる。
相手は砦にこもって出てこないものの、攻める機会ぐらいうかがってるだろう。
トリスタン様が王都へ引っ込んだら、兵の士気が落ちる。
それは相手に攻める口実を与えることになるだろうな。
だから、オデット陛下をトリスタン様のもとへ連れて行っていいかは、迷うところだ」
「しかしお父様、これは国家存亡の話なのです」
「それはわかる。
だが、内政面の話なんだよなあ。
外交――戦争面の話は、もっとわかりやすく国家存亡がかかってるんだ。
兵の士気が落ちて敵の国土侵入を許すことになると、民が死ぬ。
あいや、もちろん内政でも乱れれば死人が出るのはわかる。
しかし内政での死者は毒が回るようにじわじわと、長い時間をかけてゆっくり死ぬんだ。
宰相派を擁護するわけじゃないが……
もし〝トリスタン様の娘〟が玉座に就き、やつらが権力を持った場合――
彼らは悪政を布くだろうが、民を殺さないだろう。
生かさず殺さずにする、と言う方が正しいかな。
生活は保障されなくなるかもしれないが、生命は保証される。
民が決定的な死を迎える前に、おそらく内政を安定させるはずだ。
しかし戦争はまさに弓で射られるようにばたばたとすぐに大量に死ぬ。
だから、トリスタン様のもとへ案内する前に、約束してほしい。
話の流れで、もしトリスタン様が王都に戻りたがったら――
オデット陛下。
あなたから止めていただきたい」
深く頭を下げる。
オデットはうなずいた。
「わかりました。
それにしても――
つい、嬉しくなるお話ですわね」
「嬉しく――ですかな?」
「ええ。
伯父様は、宮廷でご自分の居場所がないことを寂しがっておいででした。
しかし――戦場で居場所を見つけられたのですね。
兵の士気を担うなどという、大事な居場所を。
……連れ出せるはずがありませんわ。
宮廷はわたくしたちだけで片をつけます。
戦争は、お任せいたしました」
「はっはっはー!
いやあ、任せられておいて一進一退というのも情けない話ではありますな。
こりゃあ、気張らないといけませんなあ!
……そのためにも、宰相派の連中を片付けてくだされ。
今、トリスタン様の周囲でチョロチョロしてるのは、おそらく宰相派でしょう。
トリスタン様の身辺警護をしなくてもいい状況になれば――
我ら騎士団が、必ずや砦を落としてみせましょう」
「ええ、お任せいたしますわ」
「では、トリスタン様の陣幕にご案内いたします。
シャルロット!
お前らも来い。
トリスタン様はこの戦争を率いていらっしゃるお方だ。
騎士となったのであればごあいさつの1つもするべきだろう。
それに――1度見ておくといい。
軍務にたずさわるのであれば、アレは目指す姿の1つだ。
つまるところ、大元帥の雰囲気をつかんでおけということだな!」
豪快に笑いながら、陣幕の外を目指す。
シャルロットは肩をすくめ、困ったような顔になった。
「以前に話したかもしれないけれど……
……すごい父でしょう。
おどろいたと思うわ。
ああいう……なんと言うのかしら? ノリ?
貴族というよりも傭兵の方が近そうよね。
それにしても――いよいよトリスタン様と対面できるのね。
長いような短いような、不思議な日々だったわ。
旅がどういう結末になるのか、答えが出るのよ。
緊張するわよね。
……あら、タスさん、どうしたの?
急に踊り出したりして……」
「……」
「え? 『このあとの展開に備えている』?
……ちょっと意味はわからないけれど……
とにかく行きましょう。
父はああいう性格だから、早く行かないと1人で行ってしまうわ」




