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WIP 21/? 戦場付近

 ヤイヌの案内で山道を抜けた。

 久しぶりの平地だ。あたりにはなだらかな起伏があり、緑が生い茂っていた。

 近場には川もあり、今はそこで馬に水を飲ませている。


 シャルロットたちは川の近くで円を描くように座っていた。

 5人――シャルロット、オデット、ネージュ、ヤイヌ、タスさんの中心には羊皮紙でできた地図がある。

 かなり粗い地図だ。大きくもない羊皮紙に国全体が収まっていた。

 地名などはシャルロットが通った場所を手ずから書いているけれど、精度が高いとは言えないために、大まかな位置しかわからない。


 シャルロットが問いかけた。


「今はどのあたりかしら?」


 ネージュが地図をのぞきこんで答える。


「北方の山脈地帯は抜けてるから――

 ……ん?

 ひょっとしてもう戦場近いんじゃねーの?

 当初の予定よりちょっと早い気もするけど……

 どうなんだろうな?

 こんな平原じゃわかんねーなあ。

 もうちっとでかい山か川があったらわかると思うんだが」


「でもネージュ。

 あなた、戦場から私の領地に来たのよね?

 どう? このあたりの土地に見覚えはない?」


「ねーな。

 あたしらは戦場の南側に布陣してたんだが……

 ……あたしが朝起きたら、すでに移動中でな。

 どうやら寝てるあいだに馬車に積み込まれたみてーだ。

 だから、戦場周辺、特に北側の景色はよく知らねーんだよ」


「……あなたの傭兵団は本当に過保護ね」


「あたしのこと、なめてんだよ。

 ま、とにかく北を見ても山がないところまで来たんだ。

 こっから真っ直ぐ東に進めば、もう3日もかからねーだろ。

 そういや戦況はどうなってるとかわかんのか?

 オデットのおじさんに会うのが目的なんだろ?

 勝ってりゃ目的地はもっと東になるだろうし――

 負けてたら、3日もかからず会えるかもな」


 笑う。

 オデットが答えた。


「わたくしが王宮から出る前の情報ですと……

 戦況は膠着状態らしいですわ。

 なんでも、とある砦が非常に堅固らしく……

 その攻略に数ヶ月かかっているようなのです。

 とはいえ、兵士数は我が国の方が多いので、向こうから攻勢に出ることもなく――

 結果、勝ったり負けたりの小競り合いが続いているようですわ」


「……ああ、だったらやっぱり本陣まで3日ぐらいだな。

 たぶんその砦、あたしのママが生きてるころからずっと攻略中だ。

 1度は落としかけたはずだけど……

 敵将が切れ者とかママは言ってたな。

 あたしのママが褒めたんだ。相当すげーヤツなんだろ。

 今の首脳陣じゃ落とせなくても無理ねーな」


「……それほど、すごい将がいるのですか」


「もともと砦を落とすには、敵の3倍の兵力が必要――ってのが定石なんだ。

 なんせ砦ってのは防衛拠点だからな。

 堅固な門に、兵を配置できる高いやぐら、その他にも色んな仕掛けがある。

 おまけに敵国は長弓(ロングボウ)兵がわんさかいやがる。

 籠城線は得意中の得意だろうさ。

 これを攻略するには、裏に回って補給路を断つとかしないとならねーんだが……

 その任務は危険なうえに見返りが少ねーんだよ。

 なんせ補給隊を倒すことになるからな。

 貴族サマは卑怯で栄誉のない任務だからやりがたがらねー。

 しかも砦の兵士にバレたらこっちが背後からやられる。

 傭兵はそんな危険なことしねーよ。

 結果、砦は落ちず戦況は膠着、と。そんなとこじゃねーかな」


「……なるほど。

 現状について伯父様の意見もお聞きしたいところですわね」


「そのためには会わねーとな。

 ……そろそろ行くか」


 ネージュが立ちあがる。

 と――眉間にシワを寄せた。

 おもむろにそばに置いてあった大剣をとる。

 シャルロットが首をかしげた。


「どうしたの?」


「……囲まれてる。

 見ろ、丘に隠れてるけど、騎馬兵(ナイト)が頭を出してるだろ?

 それに、周囲からイヤな気配もある。

 そんなに少なくねー数の相手が、じりじりこっちを包囲してやがる」


「えっ!?

 おかしいわね……

 いつもだったらタスさんが真っ先に気付くはずなんだけれど……」


 シャルロットが視線を動かす。

 タスさんは無表情で彼女の視線を受け止めた。

 顔でも言葉でも、なにも答えない。

 ヤイヌが長弓に矢をつがえた。


「ヤイヌは音で判断する。

 馬、2。

 重装備、4。

 軽装備、2。

 ……ヤイヌは感じることができない。気配。

 強い」


「……参ったわね。

 隠れる場所のない平原で自分たちより多い敵に包囲される――

 ……戦術でどうにかなるかしら」


 シャルロットはネージュを見た。

 彼女が肩をすくめる。


「どうにもならねーよ。

 戦術の出番があるとすれば、囲まれる前だな。

 言ったろ?

 こっちの数は少ない。そうなるととれる戦術は奇襲ぐらいしかねーんだ。

 そして奇襲をするには情報戦で勝たなきゃならねー。

 情報戦で負けて、数で負けてる。

 ……質で勝ってないと、あたしたちは死ぬぞ」


「ヤイヌの分析だと、強いらしいけど」


「相手があたしらより強いのは、今に始まったことじゃねーよ。

 質で勝ててたのって、神殿で襲ってきた、ただの山賊ぐらいじゃねーか?

 ……忘れそうになるけど、あたしらはまだまだ新兵だ。

 旅で経験を積めるかと思ったけど、運良くあんま戦わないでここまで来たからな。

 正面衝突の時点でかなり厳しい戦いになるよな」


「……それはそうよね。

 今までだって、だいたいタスさんがどうにかしてきたし。

 そういえば私もまともに戦ったの1回ぐらいしかないような気がするわ」


 TASがレベル制のゲームをやる場合、一極集中育成は珍しくない。

 なぜならば、レベルアップには時間がかかるからだ。


 これは〝経験値をためる時間がかかる〟というような、誰しもが当たり前に想像できる話とは少し違う。

 レベルアップにはエフェクトが伴うのだ。


 もちろんゲームによるが、キャラクターのレベルが上がる際、軽快なファンファーレのようなSEとともに、レベルの数字が加算され、場合によってはステータスがいくら上がったかを示す画面が出ることになる。

 つまりTASにとってレベルアップとは、1キャラにつき1秒以上の時間的拘束を強いられることに他ならない。


 1秒というのは60(フレーム)である。

 日常を過ごす分には大した時間ではないが、TASにとっては非常に大きな時間である。

 そのためTASは、経験値稼ぎだけではなく、レベルアップエフェクトをカットするためにも、必要最低以上のレベルアップをしないのだ。


 いよいよ包囲網は小さくなってきた。

 もうすでに相手の姿は全員に見えている。

 騎馬兵が2人。(パイク)兵が4人。それに、弩兵が2人だ。


 あと数秒もしないうちに、騎馬兵の突撃圏内に入るだろう。

 シャルロットが馬にまたがりながら言う。


「……どう対処するべきかしら。

 オデットだけ逃げていただくというのは――」


 オデットが笑った。


「却下ですわ。

 たしかに伯父様に会うというのが第一目標ですけれど……

 それは、あなたたちを捨ててまで成されるべき目標ではありません」


「国家存亡にかかわる目標だと思うんですが」


「国家の存亡の前に友人の命ですわ」


「……ともあれ1人で逃げてはいただけないと。

 参ったわね。

 タスさん、なにかアイディアはない?

 というよりも、ずいぶんのんびりしているわね?

 普段のあなただったらとっくに狙撃を終えてると思うのだけれど……

 ……え? 『そんなことしても意味がない』?

 戦力的に勝てないことが明白という分析をしているということ?

 ……違うのね。じゃあ――」


 シャルロットがさらなる疑問を口にしかけた時だ。

 迫り来る騎馬兵の1人が、急に倒れた。


 よく見るとその体には1本の矢が突き刺さっている。

 つまり、どこからか狙撃されたのだ。


 シャルロットは矢の来た方向――彼女にとって右側に視線を向けた。

 すると、そちらには鎧をまとった兵士たちがいた。


 かなりの人数だった。

 30人ほどはいるだろう。

 近付くにつれその集団の全貌が鮮明になってくる。かなり鍛え上げられた屈強な兵士たちであることが、装備や体つきからわかった。


 シャルロットはその兵団を指揮している騎馬兵を見て、おどろく。


「お父様!?」


 大きな黒馬に乗った鎧姿の大男だった。

 がっしりとした体格をフルプレイトメイルでつつみ、右手には巨大な矛を持っていた。

 鎧はくすみ、細かい傷がいくつもついている。……戦場ではかならずしもピカピカの鎧が美しいと言われるわけではない。歴戦をくぐり抜けた者のみに許される、それは羨望の戦化粧だった。


 大男――グレゴワールは黒馬を駆ってシャルロットの横に並んだ。


「おお、おお!

 シャルロットではないか!

 どうした! 父が恋しくて戦場まで来たか!」


「い、いえ、その、色々と事情がありまして……

 実は――」


「そうか!

 父は娘に愛されていて嬉しいぞ!」


「話を聞いてください!」


「いやあ、しかし、偶然だな!

 最近はトリスタン様のまわりをウロチョロする輩が多くてな!

 兵を率いてゴミさらいをしてれば――これだ!

 まったくなにが悲しくて戦争中に同じ国の兵を討たねばならんのだ!

 なあ! 悲しいなあ!」


 ガッハッハ、と笑った。

 どうひいき目に見ても悲しそうには見えない。

 シャルロットが頭痛を覚えたように頭を抱える。


「とにかくお父様!

 私の話を聞いてください!

 ここまで来たのには事情があるのです!」


「うん? なんだあ、父恋しくて会いに来てくれたんじゃないのか……

 まあ、ここまで来たんだ。頼まなくたって話ぐらい聞いてやるさ。

 そっちも――ずいぶんと個性豊かな隊伍を組んでいるようじゃないか。

 父は娘の事情に興味があるぞ。

 特に――そちらの美しい女性について、ゆっくり聞かせてもらいたいかな」


 グレゴワールがチラリとオデットを見た。

 オデットが笑みを返す。


「お久しぶりですね、グレゴワール。

 わたくしも、色々とお話したいことがございますわ。

 ……ちなみにですけれど、このあたりはもう戦場の近くで間違いありませんわね?」


「ふぅむ……戦場近くというよりは、本陣近くですな。

 我々は今、あなたの伯父上様――トリスタン様の命で色々動いております。

 ま、そういう話は陣幕の中がよろしいでしょう。

 参りましょうか、オデット様。

〝ゴミさらい〟ももう終わりのようですし」


 チラリと視線をやる。

 その先では、シャルロットたちを包囲していた連中が、拘束されているところだった。

 人数差があるとはいえ、すさまじい手腕である。

 シャルロットがホッと胸をなでおろす。


「一時はどうなるかと思ったけれど。

 まさかタスさんが珍しく動かなかったのは、お父様が来ると知っていたから?

 ……ああ、やっぱりそうなのね。

 さすがは巫女――だからなんで遠い目をするのよ。

 とにかく、父とオデットの伯父様……トリスタン様は困ったことになっているみたいね。

 あなたの活躍が必要になるかもしれないわ。

 期待してるわよ――

 って、タスさん。

 どうして目を逸らすの?

 ……まあいいわ。

 とにかく父の陣幕へ行きましょう」

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