WIP 20/? 塩奪還作戦・前編
翌朝。
敵のねぐらとして案内された場所は、切り立った岩肌と木々の生えた緑の濃い景色がまじわる場所だった。
正面には太めの一本道がある。馬で走っても安全に通過できそうだが、それだけに敵がこの道を警戒しているであろうことは明白だった。
シャルロットたちは一本道の入口に布陣していた。
……このあたりは朝に濃い靄がかかるのが通例なのだろう。今朝も視界は白くけぶっており、太陽の光がいびつに漏れてくるだけだった。
こちらも数メートル先までしか見えないが、それは敵も同じことだ。道を知っていれば奇襲にうってつけの時間帯だった。
ヤイヌが語る。
「左右の崖、険しい。
のぼるのは苦労する。少し。
でも、気付かれない。
正面の道、楽。
でも気付かれる。
ヤイヌは左から行く。
ネージュとタスサンは右から行くべき」
ネージュがニッと笑う。
「シャルロットは留守番だな。
馬でこの崖は無理だ。
正面から行くってんならできそうだけどな。
……矢の的になるのがオチだな」
シャルロットが肩をすくめた。
「そうね。
オデットの護衛も必要だし、私はここで待つわ。
……こんな場所で襲われるとは思えないけれど。
ヤイヌの話だと、敵は飛び道具が潤沢みたいだし……
――タスさんはどう思う?
やっぱりヤイヌの戦術が正しいように思えるけれど……
あなたは占い師だしね。
別な未来が見えているかもしれないわ」
タスさんはうなずく。
そしてシャルロットに耳打ちした。
「……」
「『正面から行く』……ですって?
あの、ヤイヌの話聞いていなかった?
相手は飛び道具をいっぱい持っているのよ?
こんなあからさまに上へ行きそうな道、警戒されてるに決まっているじゃない。
……うーん。でもねえ……
それも占いの結果、そうした方がいいという判断なのでしょう?
あなたの占いはやたら具体的に的中するのよね。
……許可すべきかどうか、非常に悩むわ。
……わかったわ。
あなたを信じましょう。
ただし、私も同行するわ」
ネージュが叫ぶ。
「シャルロット!
さすがにありえねーって!
タスさんはたしかに不思議な力がある!
それは認めるよ!
でもな、さすがに飛び道具持った集団に真正面から突っ込むのは、ねーよ!
惑わされるな!
コイツは子供だぞ!?
今までのことだって偶然かもしれねーだろ!?
考え直せって!」
「ネージュの指摘ももっともだわ。
でもね……
あなたの傭兵団に村を襲われた時だって、絶望的な戦いだったのよ。
タスさんがいなければ、あの時私は死んでいたかもしれないわ。
少なくとも、村は略奪されていたでしょう。最低でも虜囚になっていたわ。
……その力が偶然なのか、必然なのか――
タスさんは奇跡を起こせるのか、運がよかっただけの子供なのか――
この1戦で見極めたいのよ。
そしてもし、奇跡を起こせるのだとしたら――
これから先判断に迷う苦境に遭遇した時に、頼りにできるわ。
〝飛び道具持った集団に真正面から突っ込む〟以上に絶望的なことだってありうるもの。
そういう旅をしているのよ。
本当にいざという時に彼女の奇跡を疑ってしまう前に見極めたいの。
わかって」
「失敗したらどうすんだよ!?」
「あなたたちは左右の崖をのぼってちょうだい。
捕まったら助けてくれると嬉しいわ。
……もし、助けるのが無理そうな時は――
陛下を連れて、東方の戦場に向かって。
……そうだ、これを」
シャルロットがふところから手鏡を取り出す。
豪華な装飾のされた手のひらサイズの物だ。最初にタスさんが姿の確認に用いた物である。
そして、ネージュに手渡した。
「私がいない状態で東方の戦場に着いたら……
この手鏡を持って〝グレゴワール〟という名の人を頼ってちょうだい。
……私の父の名よ。
これは、昔父がくれた物なの。
人の話をなかなか聞かない人だから苦労すると思うけれど……
陛下と一緒なら、少しは耳を貸してくれるでしょう。
父の仲立ちがあれば陛下の伯父上様とも会えると思うわ。
頼んだわよ」
「そんな頼み聞けねーよ!
……おい、オデット!
いいのか!?
シャルロットもタスさんも、このままじゃ死ぬぞ!?」
ネージュが助けを求めるように叫んだ。
オデットが笑う。
「シャルロットは頑固ですもの。
こうなると、わたくしがなにを言っても聞かないわ。
――シャルロット。
あなたが賭けた奇跡を、わたくしも信じましょう。
それ以外に無事に帰る術はないでしょうからね。
でも、わたくしを東方の戦場まで護送する役目を受けたのです。
途中で投げ出すことは許しませんわよ。
生きて帰りなさい」
「だーもー!
なんでお前らそんなに物わかりいいんだよ!?
もっと生きるためにあがけよ!
貴族はこれだから!
――おい、ヤイヌ!
お前も止めてくれよ!」
ヤイヌが首をかしげる。
「戦うのに命を賭ける。当然。
狩りの獲物は大人しくない。こちらが死ぬこともある。
可能性……死ぬ確率を下げる努力はすべき。
でも、死ぬ時は死ぬ。
人が可能性に賭けるのを止めることはできない」
「お前もか!
なんであたしが少数派なんだよ!?
普通、もっと安全に生きていきたいと思うもんじゃねーの!?」
頭をかきむしる。
シャルロットが苦笑した。
「だったらなんで付いて来たの?
あなただって、命懸けでもしたいことがあるのでしょう?」
「……あるよ。
騎士団のみんなに認められて、名実ともに団長になるんだ。
そのために、強くなりたい。功績がほしい。
でもな、命を投げ出すような無茶はしねーよ。
傭兵はどんな戦いでも生き残ることを優先する。
……なあ、命懸けなんかやめろよ。
奇跡になんか頼らなくてもいいだろ?
確実にいこうぜ。辛い状況で少しでも楽をしちゃダメなのか?」
「ダメではないと思うわよ。
ただ――
タスさんの奇跡がもし確実に起こるものならば……
これから先、楽ができると思わない?
……それはきっと、陛下だけでなくネージュを守ることにもつながるわ。
もちろん私の命もタスさん自身の命もね。
とる手段が確実かどうかは、結局〝すでに実証されているかどうか〟でしかないわ。
だったら、これから私がするのも〝実証〟よ。
これから先の〝確実〟のため――
私は今、〝不確実〟な手段をとるの」
「……ほんっとに頑固だな!
ああもう、わかったよ!
グズグズしてるとどっちみち靄が晴れて狙い撃ちだ。
……あたしは右の崖から登る。
生きて会おう。
死んでたら許さねーぞ」
「もちろんよ」
話はまとまる。
シャルロットとネージュが抱きしめあって、互いの無事を祈った。
TASの視点では成功は疑いない。だが、その成果は完璧さと奇跡に加え〝なにが起こるか〟をすでに知っているという前提の上に成り立つ。
正常な人間が戸惑い怖れ、それでも覚悟を決めなければ行えないのは当然の話だ。
おどろくべきはやはりシャルロットの勇気だろう。普通に考えて、たしかに飛び道具で武装した相手に正面から向かっていくのはあり得ない。
……シャルロットは今までに決定的に人を疑うことは1度もなかった。
おかしなことばかり言うタスさんのみならず、1度は村を略奪しようとした傭兵団――今では騎士団になる者たちまで信じ許し機会を与えてきたのだ。
だからこそ危急存亡の時にオデットはシャルロットを頼り、ネージュもこの旅に同行し、口では危険性を説きながら最後は行動をシャルロットにゆだねるのだろう。
この旅はシャルロットを失えば間違いなく終わる。……メタ視点での話ではない。たしかにネージュやオデットの精神的支柱はシャルロットに他ならないのだ。
こうなると作戦の提案者であるタスさんの責任は大きい。
しかし、その責任に応えうる実力と運勢があった。よりよいチャートが存在しようと、ふざけたようにしか見えないことをしようと、実行すれば完璧にこなす。それゆえのTASである。
シャルロットが言う。
「行きましょうか、タスさん」
タスさんはうなずいて応じた。