WIP 2/? プロローグ~兵科決定
シャルロットと名乗る少女とともに馬車に乗った。
馬2頭にひかせた完全個室の馬車だ。外の景色は木枠が十字にはまっているだけの小窓からうかがえる。
ガラスのない窓の枠に手をかけて周囲をながめる。
……広くなだらかな丘陵だ。距離感があいまいになるほど果てしない田園風景が広がっていた。現代日本ではいわゆる『田舎』だってもう少し家屋やら施設やらが見えるだろう。
「このあたりは王都の西側よ。
今は戦争中だけれど、東方向に領土を広げるために戦っているの。
だからこちら側はそこまで戦争の影響がないのよね。
……とはいえ、まったく無関係というわけでもないわ。
顕著なのは治安の悪化ね。
警備に回すべき兵力は戦争にとられちゃっているし――
主立った貴族たちも戦功と大義のために戦地にいるの。
そのせいで税の徴収がとどこおったりしているし……
貴族の代官でありながら、主が戦地にいるのをいいことに好き放題してるのもいるわ。
私の土地は、そういう心配は少ないのだけれど」
首をかしげる。
シャルロットが笑った。
「私の家は、このあたりの領主なのよ。
つい先日まで父が我が家の当主だったのだけれど……
戦争に行くにあたって、家督を私にゆずったのよ。
近隣諸国だと女性が一族の当主になれる家は珍しいらしいわね。
でも、我が国はそもそも女王陛下を頂いているの。
だから権力を得るのに性別はあまり関係ない……
というよりも、女性の方が権力的に強いぐらいかしらね。
特に今、男性貴族は戦地に赴くことが多いわ。
そのせいで国中に『女性貴族』すなわち『女性領主』が増えているようね。
戦うというのは死ぬ可能性だってあるもの。
戦地に行く前に、残る家族に家督をゆずっていく人も多いのよ」
タスさんの頭には2つの記憶がある。
一方の記憶――この世界に住み、戦争に巻きこまれた少女の記憶を探る。
たしかにシャルロットが言うようなことに心当たりがあった。
もっとも、この自分は農家に拾われた娘らしい。
マスメディアの発達していない世界において、下々の者が情報を得るのは難しい。自分の記憶だけで世界のおかれている状況を把握するのは困難だった。
そしてもう一方の記憶――ブラック企業の社員だった者の記憶を見る。
シャルロットのしている話は、ゲームのプロローグにあたるものだ。
つまりすでに知っている。
なのでタスさんはTASとして当然の権利を行使するべく、周囲をさぐる。
シャルロットが不思議そうな顔をした。
「……なにを探しているの?
え? 『プロローグをスキップするためのボタン』?
ほ、方言かなにかかしら?
私にはよくわからないわ……」
TASは基本的に速度を重んじる。
競技として他者とゲームクリアのタイムを競う『Speedrun』のほうだけでなく『Superplay』でもなるべく早いクリアを目指すことは珍しくない。
しかも、TASを作るということは、ゲームの内容をすでに知っているのが当たり前だ。
なので飛ばせるプロローグやらムービーやらは、バシバシ飛ばしていくのがTASの常だった。
感動のシーンや最高に熱いムービーであっても容赦なく飛ばす。そのせいでしばしば『TASさんには情緒がない』的な揶揄をうけることもあった。
そして当然ながらムービースキップのボタンはなかった。
理想としては視界の端に操作用のコンソールでもあってほしかったのだが、仕方ない。
あくまでも現実でできる範囲でTASしていくしかなさそうだ。
「なにか見つかった?
……ああそう、なかったのね。
必要なものであれば、あとでそろえましょうか?
え? 『絶対に手に入らないから大丈夫』?
……ご家族の形見とかだったのかしら?
ごたごたしているうちに紛失してしまったのね……
どうか元気を出して」
心配ない、という意思をこめて首を横に振る。
シャルロットが微笑む。
「そう。強いのね、あなたは。
その強さに甘えてたずねるけれど……
戦争に巻きこまれる前にはどんな暮らしをしていたの?
というのも……うちは領主ではあるけれど、そこまで余裕はないのよ。
ただ寝たり遊んだりしているだけでは生活がままならないわ。
だから、農業でも家事でも、してもらえると嬉しいの。
それにあなたが将来独り立ちできるぐらいの歳になった時のため……
技能を身に付けておくのは、悪いことじゃないわ。
あなたはどんなことができるの?」
兵科決定のための質問だ。
ゲームではいくつかの心理テストめいた質問に答えることで、兵科が決まる。
この世界には『騎馬兵』『槍兵』『長弓兵』『弩兵』『突撃兵』『砲兵』『近衛兵』『盗賊』という8つの兵科が存在する。
1400年代……つまり15世紀がモデルのゲームだ。存在する兵科は百年戦争期に実在したものが大部分を占める。
その中で主人公がなれるのは『騎馬兵』『槍兵』『弩兵』『突撃兵』の4種類だった。
TAS的に考えれば機動力に優れる『騎馬兵』か長距離狙撃ができる『弩兵』になりたい。
用意しておいたはずのチャートを思い出す。
チャートとは攻略のための道筋だ。
TASを作製するにあたってもっとも重要なものと言ってもいい。
最初に選ぶ兵科、敵を倒す順番、経験値や金銭の『稼ぎ』をするかしないか、どの武器を入手する必要があるか――TAS作製はすべてチャートを実現する作業とも言い換えることができる。
新しいチャートの発見とはすなわち学会における新しい学説の発見と同一視される。革新的な発見をした者はコペルニクスやアルキメデスなどのように賞賛され尊敬されるのだ。
現状、幼い少女でしかないタスさんに強い武器があるとするならば、間違いなくその1つは開始から終了までなにをすべきかをつぶさに決定したチャートに他ならない。
ならば遵守するべきだと判断できた。
……もっとも、TASにおいて用いられるチャートは、あくまでも『理論上可能だが実機人力のみプレイでは運勢・技能的な問題でまず不可能』なものが多い。
しかし、さきほどムービースキップのためのボタンを探している最中に、そのあたりの問題を根こそぎ解決できる、TASになくてはならない機能は発見済みだった。
チャートを遵守しても問題はない。
タスさんはシャルロットに耳打ちする。
「……」
「えっ? 聞き間違いかしら……
あなた今『弩兵をやる』って言ったのよね?
それはつまり、以前いた村で、その……弩を使っていたということ?」
「……」
「『使ってないけどできる』?
ああ、なるほど。
ようするに、やってみたい、っていうことね?
……あのね、無理して戦うことはないのよ?
たしかに戦争中だけれど、さっきも言ったようにこのあたりは平和なの。
なにせ王都を挟んで戦場と反対側ですからね。
だからこそ、あなたたちのような子供を引き取ることもできたのよ。
……まあでも、自衛の手段は必要かもしれないわね。
それに頭ごなしにダメと言う気はないわ。
私だって、父から武術のてほどきは受けているもの。
女性は安全地帯に残されることが多いけれど……
別に戦えないわけでも、戦ってはいけないわけでもないものね。
わかったわ。
帰ったらあなたに弩をあげましょう。
ただし、危ないから私の見ていないところでは使わないでね?」
うなずく。
シャルロットが真剣な目で念押した。
「約束よ。
……それじゃあ、帰ったら、まずはお洋服を変えましょうか。
お風呂に入ったり、食事をしたりもしなきゃね。
それにしても――
ふふ、なんだか、楽しくなってきたわ。
私の家は、私以外に子供がいなかったの。
妹か弟がほしいってずっと思っていたのよね。
どんなお洋服を着せてあげましょうか?
実はね、女の子を引き取ってもいいように……
昔、私が着ていた服を引っ張り出していたのよ。
半分ぐらいはほどいて再利用したり、売ってしまったけれど……
まだまだたくさんあるわ。
あなたかわいいから、とっても着せ替えがいがありそうね。
今から楽しみだわ。
全部着せてあげるから、あなたも楽しみにしてね?
ああ、それとも……覚悟してね、って言うべきかしら?」
シャルロットが鼻歌を歌い始める。
タスさんはブルッと震えた。