WIP 19/? 山間の家
ヤイヌの家は岩肌に空けられた穴の1つだった。
内部は木で補強された6畳ほどの空間だ。……小柄な2人を含む女性五人とはいえ、内部に集うと狭苦しさは否めない。
ランプだけで照らされた壁には、不思議な刺繍の施されたタペストリーや、動物の頭を剥製にした飾りなどが見えた。
中でも目を惹くのは弓だ。
かなり大きい。部屋の主であるヤイヌの身長よりありそうだ。……いわゆる長弓ではあるが、その中でも大型の部類に入るはずの逸品だった。
部屋の中央にはかまどがあった。
全員が部屋に入ると、ヤイヌが火打ち石で炎をともす。
山の夜は寒い。暖を確保できたことでシャルロットたちの表情にもゆるみが出てきた。
「今日はお世話になるわね。
それで……
言葉を教えながら、塩を奪った相手について聞きましょうか」
火を囲んで話を始める。
ヤイヌが使い込まれた鍋をセットし、中に水や材料を放り込みながらうなずく。
「塩がさらわれた。山賊。
10人。
狩人は簡単に殺す。村の。
しかし、自分1人だけが倒す」
「……ええと。
10人の山賊に塩を奪われたのね。
で……村の狩人がかかれば、別に難しい相手ではないけれど――
ヤイヌ1人だけで戦わないといけない、と。
なんで?」
「ヤイヌ1人だけで戦わないといけない。
違う。少し。
あー……村が、手を、貸さない。
なぜならば、自分……ヤイヌは望む。村の外側。
ヤイヌは狩人。
なくなることは許されない。
村長が出す。条件を。
塩を取り戻す。孤独」
「……ヤイヌは村の外に出ることが望みなのね。
でも、村にとって重要な狩人だから、村を出ることを簡単に許してもらえない。
そこでこの村の長が、塩を取り戻したら出て行ってもいい、と言った、と。
……たった1人で山賊10人を相手というのは、難しい話ね。
なんだか〝大剣を持ち上げられたら戦っていい〟というのと同じ響きを感じるわ」
シャルロットが視線を動かす。
ネージュが笑った。
「つまり〝がんばればできる〟ってことだな!」
「……そうね。
ただ、大剣を持ち上げるのは毎日の鍛錬でどうにかなるとしても――
10人の山賊に挑むのは、1回しかチャンスがないのよね。
しかも命を落としかねないわ。
手伝いは必要だと思うのよ」
「わかってるよ。
……で、詳しい山賊の位置とか武装は聞かなくていいのか?」
「言う通りだわ。
――ヤイヌ。
敵の位置と武装は?」
シャルロットが声をかける。
ぶつぶつと言葉の練習をしていたヤイヌが顔をあげる。
「あー……
敵は山頂に陣取っている。
隠れる……岩肌に隠れながら近付かなければ、勘付かれるだろう。
しかし道は知っている。問題にならないだろう。そのことは。
敵は飛び道具を多く持っている。
村で使っている長弓もいくつか盗まれた。
これは優れた武器だ。
平地の人が使う弩の倍は長い距離まで飛ぶ。矢が。
あー、陣地……位置……場所……
高いところに、陣取れば、より射程は長くなる。
連射もできる。
もし山賊が接近前にこちらに気付けば、つらい」
「隠密行動が大事になりそうね。
……それにしても少し会話しただけでかなり上達してるわね。
今まではどうやって言葉を覚えていたの?」
「交易商との会話を盗み聞きした。
外部と交渉するのは、ヤイヌの役割ではない。
でも、ヤイヌは村の外に出たい。
村の外は素晴らしい。
宝石をちりばめた都市には黄金でできた宮殿があると聞いた。
そこには美しい女王様がいて、見ると目がつぶれるらしい。
1度見てみたい」
無表情だが興奮したように頬が上気していた。
シャルロットが困った顔になる。
「……オデット。
見ると目がつぶれるほど美しいお姫様っていうのは、ひょっとして……」
オデットが苦笑した。
「宝石をちりばめた都市と黄金でできた宮殿は知らないので……
たぶん現女王のことではないと思いますわ。
……きっとそうですわよ。
ちなみにですが……
――ヤイヌさん?
その話は交易商がしていたので?」
ヤイヌがうなずいた。
「そう。
しかしヤイヌはその時、今よりもっと言葉を知らなかった。
別な解釈があったのかもしれない」
「たしかに〝見ると目がつぶれる〟はないですわよね……
まるで化け物ですわ。
……ちなみにその交易商はどこから来たと言っていましたか?」
さらに追及する。
シャルロットが苦笑した。
「オデット。そのぐらいに。
……聞いてどうするのですか。
商業の弾圧でも始めるおつもりで?」
「そんなことはしませんわ。
ただ、その……
自分の噂というのは気になりませんこと?」
オデットが同意してほしそうに言った。
ヤイヌが反応する。
「……〝自分の噂〟?」
しまった、という空気が広がった。
しばし沈黙が広がる。
グツグツと鍋が煮える音だけが空間にただよった。
誰もが言葉を切り出すのをためらう空気の中――
タスさんだけが空気を読まず、シャルロットに耳打ちする。
「……」
「『どうせあとでバレるから言うべきだ』?
あなたねえ……まだごまかせるかもしれないでしょう?
……まあ、今の会話でどうにもならなくなっただろうけど」
ガックリと肩を落とす。
オデットが微笑んだ。
「仕方ありませんわね。
――ヤイヌさん?
実は、そのお話に出てくる女王は……
わたくしかもしれませんの」
恥じらうように言う。
ヤイヌが首をかしげた。
「目はつぶれない」
「あの、見たら目がつぶれるとしたら完全に化け物ですので……
ですがご期待に添えず申し訳ないですわね。
宝石をちりばめた都だって築いておりませんし――
黄金でできた宮殿にも住んでおりませんわ。
噂のほどは美しくもないでしょう?」
「いや。
ヤイヌは評価する。お前の美しさ。
……しかし疑問。なぜこんな場所に?
女王は王宮にいると考えられる。
王宮が嫌で外側に行きたかったのか?
それならばヤイヌは共感する。
この村が悪いところとは思わないが――
大人しい暮らしはできない。
渇望する。広い世界のすべてを」
「……王宮が嫌というのは、否定いたしかねますが。
使命がございますのよ。
それでこちらの……
あら。
わたくしとしたことが、自己紹介がまだでしたわね」
「ヤイヌは知らない。お前らの名前。
旅人に名をたずねる文化がない」
「ですが名乗っておきますわ。
わたくしはオデット。
……わけあって素性を隠しての旅です。
そう珍しい名前ではありませんし……
名前でお呼びください。
そして――
大きい順に、シャルロット、ネージュ、タスさんですわ」
「金髪がシャルロット。
茶髪がネージュ。
もう1人の小さい方の金髪がタスサン。
覚えた」
「では、自己紹介もすんだところで――
話を明日行う襲撃のことに戻しましょうか?
とはいえ、わたくしは戦いは専門外ですけれど」
「その前に食事」
鍋はとっくに温まっていた。
ヤイヌが木製の食器に料理を盛りつけていく。
どうやら肉と山菜を使った汁のようだ。湯気が立つ椀の中には柔らかく煮込まれた肉と濃い緑色の野菜があった。
味はそこそこだ。山菜と肉の味……以外に表現のしようがない。
塩は奪われているせいで使われていないのか、そもそも安い物でもないので普通の料理に使う習慣がないのか。薄味で物足りない印象だった。
食事を終えて話を続ける。
シャルロットが切り出した。
「ごちそうさま。
こういう料理もいいものね。
それで――明日の戦いだけれど。
私は役に立てないと思うのよ。
騎馬で接近すると、速いけれど目立つしね。
だから、ネージュに忍び寄ってもらうことになるわ。
あとはいつも通りタスさんの狙撃ね」
ヤイヌが首をかしげる。
「タスサンは狙撃なのか?」
「彼女は弓の神様に仕える巫女なのよ。
……今、ものすごく投げやりな顔をしたけれど。
とにかく、腕はたしかね。
針の先ほどの獲物だって正確に撃ち抜くわ。
……踊りながらね」
「タスサン。
ヤイヌも狙撃する。
山賊に奪われた長弓はもともと我らの物。
我らも下げ針を射貫く。
ただ、長弓は低いところで弱い。
敵から少し遠い場所に狭い高地がある。そこから射る。
長弓は射程が長い。
とどく。間違いない」
「ですって。
狙撃手が増えてよかったわね。
……え?
『味方 (いらない)』ですって?
手伝ってくれるならいいことだと思うけれど……」
〝(いらない)〟とはTASが卓越しているがゆえに産まれる悲劇を集約した言葉だ。
普通にゲームをプレイしていると、仲間が増えたり装備が増えたりは嬉しいことだ。強敵との戦いに増援が来ると心が躍るものだ。
しかしTASは操作手順を可能な限り省略したがる。そしてアイテムゲットや増援の時に流れるであろう演出、さらには1行2行のセリフすらも〝時間がかかるから〟という理由で惜しむのだ。
おまけに仲間や強い武器がなくてもどうにかなるプレイヤースキルと運勢(乱数調整)がある。
よって通常プレイでは心躍るものも〝(いらない)〟と切り捨てることが少なくない。
非情にも思えるが、TASにとって時間は情よりも重いのである。
「……まあ、タスさんの実力を思えば、そうなのかもね。
けれど、これはヤイヌの戦いよ。
あくまでも私たちは手を貸すだけ。
いつもみたいに全部1人でやらないであげてね。
……なんで顔を背けるの」
シャルロットがタスさんの顔をのぞきこむ。
ヤイヌが首を横に振った。
「いい。
ヤイヌは自分で活躍を勝ち取る。
塩を取り戻して村を出る。
……どこを目指すかは不明。
見たかった王女は見た。
目はつぶれなかった」
「まあ、そのあたりは自由を勝ち取ってから考えたらいいわ。
食事も済んだし、お風呂に入りましょう……
それからお洗濯ね。
タスさんもネージュも、たまには違う服に着替えたらいいわ。
……ヤイヌは……
…………うん。
そのままでもいいわね」
自分と同い年ぐらいの少女は着せ替え対象にならないらしい。
あるいは現状ですでにかなりエキゾチックな服を着ているので、着替えさせるのはもったいないと思ったのかもしれない。
シャルロットの心中を完全に推し量ることはできないが――
このあとネージュを生贄に捧げて自分は逃げようとタスさんはチャートを組み始めた。