WIP 18/? 山間の集落
太陽がのぼったとともに移動を開始する。
相変わらず険しい山道だ。少し踏み外せば谷底に真っ逆さまになりそうな道を、馬を使って歩いて行く。
うっすらと靄がかかっていた。にじんだ太陽の光が周囲を照らしてはいるけれど、数メートル先すら見えないほど視界が悪い。
道はどうやら上へ向かっているようだ。
シャルロットたちは最初こそしゃべっていたが、今は疲労で無口になっている。
いつしか太陽は沈みかけていた。
休めそうな場所は見つからない。
もう狭い道でもいいから休息をとろうか――
そう言葉になく全員の意識が合致した時だった。
山間に家々が立ち並ぶ景色が見えた。
集落だ。
円柱に円錐を乗っけたようなかたちをした木製の家々が立ち並んでいる。
また、山肌にはいくつかのくりぬかれたような穴が空いていた。
険しい傾斜の中で、たしかに人々が活動している。
どうやら狩猟を主な食料調達手段としているようだ。木製のハンガーに獲物がつるされ、軒下では干し肉を作っている様子が見受けられた。
シャルロットがおどろく。
「……こんな山深い場所にも村があるのね。
陛下、ご存じでしたか?」
視線を向ける。
オデットが首を横に振った。
「いいえ。
このあたりに民がいることは知りませんでしたわ。
……てっきり無人の山野が広がっているものとばかり。
民の数や住まいの把握は、やはり急務ですわね」
「……とにかく、一夜の宿を借りられないか交渉しましょう。
こ、言葉は通じるかしら?」
シャルロットとオデットが不安そうに顔を見合わせた。
ネージュが大きなため息をつく。
「貴族と王族の方々は情けねーなあ。
あたしが行くよ。
人里離れたところにある人里も珍しくねーからな。
……ま、傭兵がそういうとこに訪れた場合――
だいたいは略奪が目的だけどな」
ニヤリと笑う。
シャルロットがおずおずとたずねた。
「略奪はしないわよね?」
「……それを決めるのはあたしじゃねーだろ。
この旅のリーダーはあんただよ、シャルロット。
ま、この人数で略奪しに行くとか言ったら止めるけどな」
「それもそうね。
わかったわ。一夜の宿を得るのに交渉をしてきて。
もしなにか提供しろと言われたら……
そうね……
お金が少しと、干し肉……
豆にワインあたりならどうにか工面できるかしら。
塩も少しでいいならあるわよ」
「……そんだけあればお釣りが来ると思うぞ。
っていうか、交渉相手に最初から全部言うなよ?
そんだけ豪華なもん持ち歩いてるって知れたら逆に略奪される。
なるべく質素に振る舞えよ。
ワインをどうにか捻出できるかもしれない……ぐらいに貧乏そうにな。
あとは……
貴族ってことはバレるだろうが、王族ってことは絶対に隠せ。
これからは軽々しく〝陛下〟とか言うなよ。
宰相派に情報が行く可能性は少ない方がいいだろ?」
「それはそうだけれど……」
シャルロットがちらりと視線を向ける。
オデットがうなずいた。
「ネージュさんの言う通りですわ。
これから先は〝オデット〟と。
……それにねシャルロット。
昔は名前で呼んでくれていたじゃない。
陛下という呼ばれ方は正直なところ寂しかったのですわよ」
「……それは――
当時はまだ〝陛下〟ではありませんでしたし。
加えて、最初、身分を隠していらっしゃったではありませんか。
てっきり学校卒業生の貴族のお姉さんとばかり思っていました。
卒業式の時に訓示をされたのを見て本当にびっくりしたのですよ」
「恨むならあなたのお父様を恨んでちょうだい。
王族と言わない方がいいと入れ知恵をしたのはあの方なのですから」
「……そういえば仕掛け人は父でしたね。
陛下のお父様に相談されてのことでしたっけ。
ともあれ――
陛下のお許しがあるならば、これからは〝オデット様〟と」
「呼び捨てでかまいませんわよ。
ネージュさんはとうにそうされていますわ」
「……では、そのように」
恐縮してはいるが、口元は嬉しそうだった。
ネージュがため息をつく。
「名前呼び捨てんのにもいちいち色々めんどくせーなあ。
これだから貴族は……
とにかく行ってくるぞ。
あたしが交渉してるあいだに、塩とか干し肉とか金とか隠せよ。
ワインも1、2本だけしかないように偽装しとけ。
あとはできたらもうちょいボロい服を着るんだな。
あんたらは旅装束のつもりで着てるかもしれねーが……
金糸で刺繍された旅装束なんて貴族か王族ぐらいしか着ねーんだよ」
言いたいことを言い終えたのか、ネージュが集落へと向かっていく。
シャルロットが肩をすくめた。
「参ったわ。
旅については色々知っているつもりでいたけれど……
実際に各所を転々としてきた傭兵には敵わないわね。
でも、お洋服はどうしようもないわ。
着替えはかさばるからあまり持ってきていないものね」
オデットが首をかしげる。
「馬につないだ袋の1つは、まるまる衣類だったと思うのですけれど……
けっこうな量ではなくて?
1日に数回着替えるのであればたしかに足りないかもしれませんが。
さすがにそこまで潔癖症ではないでしょう?」
「あれは、タスさんとネージュを着せ替えようと思って持ってきました。
2人のためのかわいい衣装が詰まっています」
「……宿を得るための交渉に使った方がよさそうね。
貴族が〝かわいい〟と言うほどの衣装であればいいお金になりそうだもの」
「そんな!?
どうしてそこまで残酷なことができるのですか!?」
「わたくしはあなたのことをよく知っていると思っていたけれど……
今のあなたはまるでわからないわ。
……ま、まあ……合意のもとならば止めはしませんけれどね」
オデットがドン引きしていた。
シャルロットがタスさんに視線を向ける。
「かわいい服、着たいわよね?」
タスさんはそっぽを向いた。
……と、視線の先には帰ってくるネージュの姿が見える。
彼女はシャルロットと同じぐらいの年頃の少女を伴っていた。
集落の誰かだろうか。
ネージュが近付いて来て、口を開いた。
「泊めてくれるってさ。
ワインもいらねーってよ。
ただ――条件があるらしい。
それについてはコイツから」
親指で指し示す。
その先にいる少女は、不思議な服装をしていた。
シャルロットやオデットのような豪奢な服とは違う。ネージュのように構造も簡素で装飾もない平民のものとも違う。
強いて言うなら民族服だ。
……シャルロットたちにはわかり得ないことではあるが、近いものはアイヌ服だろう。不思議な紋様が刺繍された、ゆったりとした服装だ。
少女の顔立ちはりりしい。黒い瞳は吊り目気味で気の強さをうかがわせる。
長く伸ばした黒髪には羽根を用いて作ったのであろう独特な髪飾りがついており、山間を吹き抜ける風になびいていた。
少女が口を開く。
「自分はヤイヌ。
もし欲する、一夜の宿の場合……与える、自分。
しかし求める。自分は手伝いを」
眉1つ動かさずに言い切る。
シャルロットが困った顔になった。
「……少しカタコトかしら。
それとも方言?
なににせよ言葉は少し違うようね。
……それで、手伝いがほしいと。
先に話してもらわないとこちらも決められないのだけれど……」
ゆっくりめにしゃべった。
ヤイヌがうなずく。
「それは条件として提示される。
塩だ。
山賊が塩を奪った。
干し肉は己が製作される際、求める。塩を。
村は干し肉を大事にしている。冬。
しかし塩は手に入らない。このあたり。
転送……
えー…………
取引。
交易隊が襲われた。彼らは塩を持っていた。
取り戻す。
自分は求める。力」
「塩を村に持ってくる交易隊が山賊の襲撃を受けて――
その山賊から塩を取り戻したいのね?
それで力を貸してほしいと」
「……なにかおかしいか。自分の言葉。
不備がある? 平地の人」
「そうねえ……
少しわかりにくいかしら。
教科書を朗読しているみたい」
「〝教科書通り〟?
自分は思う。賞賛と」
「……あなたの言葉についてはまたあとで。
ともあれ力を貸してほしいというわけね。
――ねえみんな。
どうしようかしら?
そんな余裕はないけれど、宿が欲しいのも事実よね。
意見を聞かせて」
全員を見回す。
ネージュが苦笑した。
「助ける他に選択肢はねーと思うがな。
次にいつ休める場所に出るかわからねーし。
それに、山に詳しいやつの話は聞きたい。
交易隊の使ってるルートだけでも知れたらいいと思うがな」
オデットが同意する。
「ですわね。
それに、国民が困っているのに放置はできません。
すべてを救えると思うほど、現実を知らないわけではありませんけれど……
助けられる範囲ならば助けたいですわ」
シャルロットが2人の言葉を受けてうなずいた。
そして、視線を転じる。
「タスさんはどう思う?」
「……」
「……『どうせ助けないと先に進めない』?
そうね。
やっぱり困っている人を放ったままでは前進できないわよね。
え? 『もっとメタい意味だ』?
また不思議な言葉を……」
〝メタ〟とはゲームなどに使われる場合〝観測者的視点の混じった〟というような意味になる。
たとえばここでシャルロットが「助けないわけにはいかないわよね。そういうゲームだし」などと発言すれば、それは〝メタ発言〟と表現されることになるだろう。
そこまで直接的な表現でなくとも、ゲームキャラクターがプレイヤーや開発者の視点としか思えない意見を言ったり行動をしたりすると〝メタ〟と扱われることもある。
TRPGなどをやる人ならば、〝PC視点〟が非メタで、〝PL視点〟がメタと考えればわかりやすいだろう。
シャルロットが首をかしげる。
「とにかく、助ける方で意見は一致しているのね?
だったら大丈夫よね。
――ヤイヌだったかしら?
あなたに力を貸すわ。
その代わり、宿泊場所はよろしくね。
……欲を言えばお風呂入ったり洗濯したりもしたいわ」
シャルロットが軽く息をついた。
ヤイヌが生真面目な顔でうなずく。
「案内する。家へ。
風呂と洗濯、提供される。
しかし、条件がある。
あなたは言葉を教える。自分に」
「まあ、そのぐらいならかまわないけれど……
お風呂と洗濯は〝可能なら〟ぐらいでよかったのだけれどね。
ともあれお世話になりましょうか。
……別に、今から行こうっていう話じゃないでしょう?
もう夜になりそうだしね」
「泊まることが許可される。今日」
「ならよかったわ。
では、さらに詳しい話を聞きつつ――
あなたが望むなら、言葉の勉強もしましょうか」