WIP 16/? 神殿訪問
シャルロットの領地内にある神殿にたどりついた。
見た目のイメージはそのまま教会という感じだ。どこか細長い印象のある建物で、二等辺三角形の屋根は非常に高い。
ただし十字架のような装飾は見られない。……この世界の〝神〟は十字架をシンボルとしていないのだから当然だ。屋根の頂上には両腕の代わりに翼を生やした女性の石像があった。
神殿の入口は開いていた。
シャルロットたちは下馬して内部へ入る。
建物の中には椅子のないだだっ広い空間が広がっていた。
正面奥には腕の代わりに翼を生やした女性の巨大な石像。
ここで祀っている神様はあのようなかたちで伝来しているのだろう。
たしかに羽根が生えていれば速そうだし、空から旅人の安全を見守るというキャッチフレーズでもつけたら売り込みもバッチリだ。
神殿の中には誰もいなかった。
シャルロットたちは気にした素振りもなく石像の足元へ向かう。
どうやら人がいないのがデフォルトらしい。神父や司祭にあたる立場の者ぐらいいてもよさそうではあるが。
「さあ、旅の無事を願って祈りを捧げましょうか」
ネージュが不思議そうに石像を見上げる。
「なあシャルロット。
これって商売の神様だろ?
旅人の神様も兼任してんのか?」
「そうね。
商売――すなわち交易、旅行、あとは軍馬の神様なんかも兼任しているかしら。
主に移動にまつわることはだいたいこの神様ね」
「ふーん。
でもなー……この旅の前途なら軍神に祈ったほうがいいんじゃねーの?
傭兵はだいたい全部軍神様に祈るぞ?」
「それは軍神様も大変ね……
一応、7柱の神様がいてそれぞれに役割があるわ。
対応した神殿や神像に行った方が御利益があると思わない?」
「わかんねーな。
ま、軍神様はママを守ってはくれなかったし。
そもそも神様なんて信じちゃいねーんだ。
祈るのはあくまでも気合いを入れるため以上のもんじゃねーな。
……うちの傭兵団にとってはな」
「そうねえ……
神様に祈るだけで万事うまくいったらいいのだけれど。
そうもいかないのが現実だからね。
……いえ、その、神様の足元で言うことじゃないけれど」
シャルロットが苦笑する。
見上げる先には商売と旅行の神様をかたどった石像があった。
しばし両手を組んで目を閉じ黙祷する。
ひとしきり祈りがすんだあと――
オデットがタスさんに視線を向けた。
「そういえばタスさん。
あなたはやはり弓の神様を信仰しておいでですの?
弩を撃つ時に踊っておいでですわよね?
あれは、神様に捧げる舞いなのではなくて?」
不思議そうに首をかしげる。
シャルロットもタスさんを見た。
「そうね、いつも踊っているわよね。
普通は踊りながら矢を撃っても当たらないけど……
タスさんは当ててしまうのよね。
もうこれは神通力かなにかだと思うわ。
やっぱり弓の神様……
弓、賭け事、占いなど〝当てる〟ことを司る神様を信仰しているの?
ひょっとしたら孤児になる前は巫女の家系だったとか?」
全員タスさんの出自に興味津々のようだ。
しかしTASさんインストール中であるこの少女の出自はただの農村の娘である。おまけにもらわれっ子なので期待には応えられそうもない。
しかし全員に聞こえる声で自分の出自を語ることはできない。いちいちシャルロットに耳打ちして代弁してもらうのも面倒くさい。なにより時間がかかる。時間は命より重いのだ。
よってタスさんはてきとうにうなずいておくことにした。
シャルロットたちが感心したような顔でうなずきあう。
「やっぱりそうなのね。
どこか普通じゃないと思っていたわ。
使う言葉とか、独特なものが多いし……」
オデットも嬉しそうに手を叩く。
「まあまあまあ。
それでは少し占いでもしてもらいましょうか?
巫女の家系ならできるはずですわよね?」
ネージュまで興奮したように顔を輝かせる。
「ほんとか!?
占いできるってすげーな!
未来がわかるんだろ!?
是非やってもらいてーな!」
タスさんは死んだ魚のような目になった。
嘘にここまで全力で乗っかられると、悪い気がするのを通り越してただただおっくうなのだ。
もちろん、ゲームではこのような会話イベントが重要だったりもする。
キャラクターの好感度が上がることで特典がある場合も多い。なにより人に好かれるというのは気持ちのいいことだ。
しかしTASである。
会話イベントは送られる文字が見えないほどの速度でスキップしていくのが通例だった。
1F――60分の1秒ペースで会話を送るためだけに連打されるボタンにより、音速を超えるスピードでコミュニケーションを終了させるのがTASの通例である。
もっとも、この先に起こる出来事を知らないわけではない。
チャート構築済みである都合上、ストーリーの流れは把握している。
なのでタスさんはそれっぽい発言をすることにした。
シャルロットへ耳打ちする。
「……」
「なんですって?
『神殿から出たら敵に襲われる』?
ず、ずいぶん具体的な占い結果ね……
もっとこう……曖昧というかふわふわした感じで表現されると思っていたわ。
え? 追加情報?
『数は7人』
……すさまじく具体的ね。
どうやって占ったの?
普通、占いは香を焚いたりするものじゃないかしら……
はあ……『チャートに書いてある』?
予言書かしら?
と、とにかく……
外に出たら敵と会うなら、対策をしないとね。
――ネージュ。
なにか戦術について意見は?」
シャルロットがたずねる。
ネージュが肩をすくめた。
「信じるのかよ?
具体的すぎて嘘臭かったんだけどなあ……
まあ、一応考えるか。
そうだなあ――」
ネージュが首をかしげたのとほとんど同じタイミングで――
タスさんが急に走り出す。
スカートの下から弩を取り出すと矢を装填しながら、神殿の外に出た。
シャルロットの慌てた声が背後からとどく。
「ちょっとタスさん!?」
声に応じることもなく、周囲を見回す。
神殿の外には丘陵地帯が広がっている。
まだシャルロットの領内だ。ここから北上して王都を迂回し東方の戦場に向かう予定だった。
緑に包まれた、なだらかな起伏がある大地――
起伏に隠れるようにして、7人の賊が潜んでいるのがわかった。
……ネタバレはしない主義だがもう目前まで迫っているので先に言ってしまうと、これらは本当にただの〝賊〟だ。オデット女王の件とはなんら関係ない、神殿を襲いに来た山賊なのである。
向こうは別にこちらを目指してはいなかった。
相手は〝神殿をねぐらにしたい。誰もいないはずだが、いた時のために用心している〟程度の警戒心しか抱いていないのである。
当然、神殿が見えた途端に攻撃を受けるなど想定すらしていない。
おまけに狙撃手はTASである。
神殿から50メートル圏内に入った瞬間に放たれる弩が命中するのは必然だった。
タスさんの矢が1射、2射と敵を撃ち抜いていく。
3射目の装填中に神殿からシャルロットたちが出てきた。
「タスさん!
もう襲われているのね!?
私たちはどう動くべき!?」
タスさんは無言で、ある場所を指し示す。
そこはこちらから見て右側――敵左翼だ。
突撃兵が2人いる。タスさんは敵右翼から順番に狙撃をしているが、弩の装填速度の問題で敵最左翼に到達する前に接近される見込みが高いのだ。
ひょっとしたら接近されないかもしれない。
または、もっといい戦闘開始位置があった可能性も否定はできない。
TASというのはあくまでも〝理論上最高のプレイをする〟だけの存在だ。
プレイ内容は事前に定めたチャートに左右される。実際にプレイングを進めていったら、どうしても望む乱数を引けない場合もある。
完全ではないからこそ新発見がありうるし、新しいチャートの発見者は評価されるのだ。
今回走っているチャートにおいて、ここで敵左翼の接近は防ぎ得ないものと判断している。
SLGであれば動かすユニットは少ない方がタイムが早い。なので今回の場合、すべてタスさんが狙撃するのが最速だ。
しかしそれはできないので仕方なくシャルロットにも移動をしてもらうことにしたのだった。
3射。4射。5射。敵は近付いて来るが撃ち抜く精度は変わらない。なにせ最初から百発百中なのだから的が大きくなったところでこれ以上命中精度が上がりようがないのだ。
むしろ距離が縮まった分、装填時間の確保が難しくなっていく。
通常の人であれば焦る状況だろうがタスさんに焦燥感はない。最初に決めた通りの手順をミスなく実行するのがTASという概念である。
6射。距離はすでに10メートルと少し。シャルロットの足止めがなければ最左翼の敵が肉薄してくるころだ。
足止めはうまく機能していた。敵は騎馬兵であるシャルロットが迫ってくる迫力に足を止めている。
……馬というのは正面に迫られるとなかなか迫力のある動物だ。
まず、大きい。それに力強い。そこに鎧をまとい剣を持った人物がまたがっているのだから、迫られた歩兵が金縛りにあったように動きを止めてしまう気持ちもわかろうというものだ。
7射目の矢を装填する。
装填に時間がかかるというのは、ハンドルを回して弦をゆるめなければならない弩の弱点だ。
しかし1度矢がつがえられれば引き金を引くだけで使い手の腕力に関係のない威力を発揮する。
踊りながら放たれる7射目。
シャルロットと敵突撃兵が絡み合うように戦っているが、外す理由がない。矢はあやまたず敵を貫く。……ここに不運な山賊たちの命運は決した。
だがこれで終わりではないのである。
シャルロットが戻って来て言う。
「タスさん、お疲れ様。
……さて彼らの行為について質問しないとね。
陛下を狙ったものなのかどうか……
宰相派とつながりがあるか……
しっかり事実関係を確認しないと」
……先ほども少し触れたが、彼らは思想も理念もないただの賊だ。叩いたところで宰相派とのつながりなど出てこない。
一応タスさんは進言する。
「……」
「『彼らは無関係だ』って?
……うーん。
でも、タイミングがよすぎるのよね。
気になるわ。
一応、軽い質問だけしてみましょう。
もし私たちを狙っていなかったとしても、神殿は狙ったわけでしょう?
罰則も必要だわ。
まだここは私の領地だからね」
こうして不運な山賊に、さらに不運な運命が降りかかる。
彼らの人生はこのあと騎士団に組み入れられることで報われたりするのだが、それは領主による尋問が終わったあとなのであった。




