WIP 15/? ルート選択のチュートリアル
翌日。
シャルロット、ネージュ、オデット、タスさんは屋敷の前にいた。
周辺には騎士団および周辺住民がいる。アンたちの姿もある。
いよいよ旅立ちの日だ。
2頭の馬にタスさん・シャルロット組、オデット・ネージュ組に分かれて乗りこむ。馬の左右にはまとめられた荷物が革袋に入って積まれていた。
馬車を用いた方が積載量が上がる。
しかし馬車は目立つうえに速度が遅くなりがちで、広く平坦な道でないと通行できない。追っ手がかかる可能性のある旅には不向きだった。
周囲からは見送りの声があがっている。
領民はシャルロットやオデットに、おそるおそるという感じで話しかけたりもしていた。
騎士団はさんさんたる有様で、ネージュとの別れを惜しんで泣き出す男までいる。
ちょっとした騒ぎの中――
シャルロットが切り出した。
「さて、東方の戦地を目指すわけだけれど……
北か南か。
どっちのルートで行きましょうか?」
ネージュがたずねる。
「ここ西方だろ?
で、戦場は東方だろ?
んで〝西方〟とかそういう呼び方って王都を中心にしたもんだよな?
ってことは王都を突っ切るのが1番はえーんじゃねーの?」
「……王都は敵の本拠地みたいなものよ。
そんなところを通ったら〝狙ってください〟と言っているようなものだわ」
「でもオデットは王様なんだろ?
それが王都で狙われるってのが、どうにもピンとこねーんだよなあ」
ネージュなりに考えた発言だったのだろう。首をかしげている。
その疑問にはオデットが答えた。
「残念ながら――
シャルロットの言うことは正しいのですわ。
そもそも宮廷は〝国王派〟と〝宰相派〟に別れているのですけれど――
わたくしの側、つまり〝国王派〟には〝血統至上主義〟も含まれるのですわ。
つまり〝王家や貴族は血の正当性に応じた権力をふるうべき〟という考え方ですわね。
それで今回取り沙汰されている赤ん坊は……
現在のところ、正統な王族なのですわよ。
しかも〝正当性〟すなわち〝血の濃さ〟で言えばわたくしより上の可能性が高いのです。
なので国王派も内憂が生じているのですわ。
そういった状況が疑心暗鬼も生んでいます。
現在の国王派は機能が麻痺しているか――
味方だと思ったら敵だった、というような状況なのですわよ」
「……なるほどな。
でもなきゃシャルロットを頼りに1人で来たりしねーか」
「シャルロットを頼るのは、どのみちしたと思いますけれど……
たしかに、1人でここまで出向いたのは、現状が原因ですわね。
国王派が一枚岩であれば、手紙で協力を求めるだけにとどまったでしょう。
……現在、伝令や郵便は監視されているものと考えられますわ。
特にわたくしから誰かへの手紙や――
どこからであろうが戦地へ向かう報せは、厳しく見られているでしょう。
わたくしへの連絡、戦地からの連絡も同じですわね。
なにせ伯父と情報を交換されてはまずいはずですから。
なので直接出向くしかなかったのです」
「……今の状況ってかなりヤバイんじゃねーのか?」
「そうですわよ。
あるいは国家転覆の危機とも言えますわ。
わたくしはこれでも国王ですので……
基本的に、王城から離れてはいけないのですわよ。
なにせ国家元首が動くと民が不安がりますからね。
それが単独行動をするような状況なのです。
わかっていただけましたかしら」
「……早まったかな」
ネージュがつぶやく。
シャルロットが苦笑した。
「今からでも遅くないわよ。
来るのはやめる?」
「……冗談だよ。
あたしはこの旅でママと同じぐらい立派な戦士になろうってんだ。
ちょうどいいぐらいじゃねーか」
「そう。
なら止めないわ。
――さて。
そういう理由で、ルートは北か南なのだけれど……
どちらがいいかしら?
北は山脈地帯ね。
隠れ進むにはちょうどいいと思うけれど……
だからこそ、獣や山賊が潜んでいるはずだわ。
おまけに道も険しいものになるでしょう。
山を越えれば直線敵に移動できるはずだから……
こちらの方が目的地には早く着くかもしれないわね。
南は平原が広がっているわ。
進みやすいし、獣や賊もあらかた掃討されているでしょうね。
ただ――
南にいる貴族とは、あまり折り合いがよくないの。
我が家の問題で申し訳ないけれど、迂回させられるかもしれないわ。
目的地まで日数がかかる可能性があるわね。
どちらがいいかしら?」
シャルロットが問いかけた。
ネージュが答える。
「あたしは北がいいと思う。
少人数で行くなら見つかる危険は少ない方がいいからな。
それに、山賊や獣程度ならどうにかなんだろ。
向こうは宰相派と違ってこっちを捜してるわけじゃねーし……
それこそ〝出会わない〟可能性もあるかもな」
オデットも考えてから口を開いた。
「わたくしは南がいいと思いますわ。
シャルロットのおうちと仲が悪い貴族ですけれど……
わたくしならどうにかできるかもしれません。
その方は国王派というわけではないのですが――
宰相派にいたようにも思いませんわ。
地方を治める領主は中央とのつながりが薄くなりがちですものね。
どちらの味方でもないなら、こちらの味方になる可能性もありますわ。
交渉ならわたくしができますし。
ですので南がいいかと。
……もちろん、この旅はシャルロットに任せていますわ。
わたくしの発言は意見の1つとして聞いておいてくださいまし」
念入りに捕捉する。
シャルロットがうなずいた。
「わかりました。
では、意見の1つとして受け取ります。
……さて、1対1ね。
――タスさん。
あなたの意見はどう?」
質問される。
答えはすでに決まっていた。
北が困難だが早く、南は平坦だが遠い。
ならばTASが選ぶ方はあきらかだ。
タスさんはシャルロットに耳打ちする。
「……」
「『北』ね。
わかったわ。
では、北に進路をとりましょう。
……宰相派の目はごまかせそうね。
ただ、山賊や獣という心配はつきまとうから、注意しましょう。
……どうしたの、タスさん?
え? 『エンカ避けするから大丈夫』?
また不思議な言葉を……」
エンカ避けとは、乱数調整のちょっとした応用である。
RPGをはじめとした多くのゲームには〝ランダムエンカウント〟あるいは〝シンボルエンカウント〟というものが存在する。
エンカウントとは、ボスなどのストーリー上で定められている敵とは別に、いわゆる〝雑魚敵〟などに一定確率で出会ってしまうことだ。
必ずしも悪いものではなく、経験値、お金、アイテムなどを得られたりする。
……だが、なにせエンカウント1回ごとに間違いなく時間がかかる。ゆえにTASでは不要なエンカウントは避けるのが普通だった。
シンボルエンカウントの場合は、フィールド上にいるモンスターシンボルを物理的に避けることですむ。これは人力でも比較的容易に行われる。
なので一般的にTASで〝エンカ避け〟と称した場合、避けるのは〝ランダムエンカウント〟の方というように認識されるだろう。
ランダムエンカウントの方は、道を歩いていると突然敵と出会うのだ。……実機・人力でこれを避けるのは不可能に近い。なにせ運の問題なのだから。
だが、TASは乱数調整によって確実にランダムエンカウントを避けることができる。
なので敵が出やすい北ルートでも、平坦な道のようにスイスイ進むことができるだろう。
「……では、出発しましょうか。
北ルートのうえに少人数だから……
なにもなければ1月と少しぐらいで着くはずよ。
さて、旅の通例として、まずは旅の神様にお祈りね。
第1目標地点は近くの神殿になるわ。
さ、行きましょうか。
願わくば我らの旅路に幸多からんことを」