WIP 13/? 爵位システムのチュートリアル
シャルロット邸の近くには兵舎がある。
木造の低く広い建物だ。外観は体育館の屋根を真っ平らにしたような感じ。
内部に入れば内部は2つの空間に仕切られている。ベッドが並ぶ寝所スペースと、大きなテーブルにたくさんの椅子が配置されている食事スペースだ。
およそプライバシーというものに配慮されていない空間である。
しかし傭兵→山賊→騎士団と華麗なる転身を遂げた荒くれどもは、こういった生活に慣れているらしい。兵舎内は実に荒っぽくギスギスと乱暴でアットホームな雰囲気だった。
シャルロットが兵舎に入ると、騎士団が一斉にこちらを見る。
中にはネージュとオデットもいた。
2人がこちらに寄ってくる。
「シャルロット!
今、騎士団のみなさまとお話していましたのよ。
元気な方々ですわね。
王都の騎士団とはまったく雰囲気が違いますわ」
興奮したように語る。王女であるオデットにとって新鮮な話をしていたらしい。
ネージュが苦笑する。
「そりゃあ……
あたしらは傭兵あがりだからな。
っていうか騎士団になってまだ1日2日だし……」
「まあ、そうでしたの。
……そういえば彼らを騎士に叙任した覚えがありませんわね」
オデットが首をかしげた。
シャルロットが言う。
「私の領内でのみ騎士団を名乗る許可を出しています。
傭兵という呼び名のままだと、領民が混乱すると思いまして」
「なるほど。
たしかに正式に騎士となるのは面倒ですものね」
オデットがうなずく。
ネージュが首をかしげる。
「そうなのか?
なんかシャルロットにちゃちゃっと叙任されたんだけどな。
騎士ってすげー簡単になれるんだなーと思ったぐらいだぞ?」
「本当はとても手間がかかるのですわ。
最低でも満たしておかなければならない条件は――
王都でしっかりと教育を受けること。
王に認められる武功をなにか1つでも立てること。
この2つを満たすために、まず貴族の家に生まれる必要もありますわね。
そのうえで王都に行き叙任式を行い、正式に騎士になるのですわ」
「そんなめんどくせーのか。
だったら騎士ってあんまりいないんじゃねーの?
でも〝騎士団〟ってけっこうあるよな?
貴族に産まれたら難しくねーのか?」
「貴族にも騎士はあんまりいませんわよ。
平民のみなさまはよく勘違いされるようですけれど――
騎士団というのは〝騎士だけで編成された団体〟ではないのですわ。
正しくは〝騎士に率いられた集団〟なのです。
つまり、団長が騎士でさえあれば騎士団を名乗れるということなのですわね」
「……なんか詐欺っぽくねーか」
「我々の常識だと〝騎士はあまりいないもの〟なので……
我々と民との認識の差ですわね。
ともあれ騎士は貴族にとっても〝目指すもの〟なのですわ。
なれたらすごいもの、という意味ですわね。
〝貴族に産まれたら騎士か神官を目指せ〟と言われるぐらいで――
もしも騎士の位を戴くことができたなら、生涯困ることはないほどなのです。
ちなみに――
騎士になると様々な特典がありますわ。
まずは、名前の前に〝サー〟が付くのです。
格好いいでしょう?」
「……王族の価値観はあたしにゃわかんねーな」
「あらあら。
貴族にとって〝格好いい〟ということ……
つまり〝箔が付く〟というのは大事なことなのですわよ。
ではわかりやすく実利で言うと――
貴族は毎年、国家から年金が支給されますわ。
あとは一定以上の爵位でないと出席できないパーティーに呼ばれたりもします」
「……年金はともかく、パーティーに呼ばれてなにが得なんだ?
タダで飲み食いできるってことか?」
「まず、貴族の権威というのは、基本的に動かないものなのです。
産まれた時に爵位が……
ええと、わかりやすく言いますと……
〝偉さ度〟が〝1〟だった者は、普通、一生〝1〟のままなのです」
「〝偉さ度〟って……
まあ、そういう言い方ならあたしにもわかるけどよー……」
「でも実は、この〝偉さ度〟を上げる方法はありますのよ。
それは、自分より〝偉さ度〟の高いおうちと縁談を結ぶことですわ。
貴族のみなさまは、通常、この方法で〝偉さ度〟を高めようとしておられます。
それ以外にはほぼ産まれ持った〝偉さ度〟を上げる方法がないのです。
そういう状況下で――
自分より〝偉さ度〟の高い人が出席するパーティーに行くことができる。
これはすごいことなのですわ」
「……なんで?」
「知り合いが増えるからですわよ。
貴族はみなさま〝偉さ度〟を上げようとしておいでです。
つまり、〝偉さ度〟が〝1〟の家は、〝2〟以上の家と縁談を結びたい。
しかし〝2〟以上の家ももっと上の家と縁談を結びたいのですわ。
どういうことかというと――
普通、自分より〝偉さ度〟が低い家とはかかわりませんの。
騎士爵という〝箔〟付きでパーティーにでも出ない限り――
そもそも自分より〝偉さ度〟が上の人と会話する機会もないのですわ。
つまり騎士に叙任されるということは――
一生安定した収入を得られるだけでなく、さらに〝偉さ度〟を上げる機会も得る。
安定とチャンスを同時に与えられるということなのですわよ」
「……騎士ってすげーんだな」
「はい。すげーんですわよ。
さてそれでは叙任しちゃいましょうか」
微笑んで手を叩く。
ネージュがポカンとした。
「……叙任?
なんで?
誰を?」
「ネージュさんとシャルロットを、ですわよ」
「はあ!?
いやいやいや!
騎士ってすげーんだろ!?
そんな簡単になれるもんじゃねーんだろ!?
今の説明聞いてたらあたしでもわかるぞ!?」
「そうですわね。
なので、正式な叙任はあとになりますわ。
今するのは略式ですわね。
わたくしとともに旅をする限りにおいて騎士を名乗ることを許す――
そういう意味ですわ。
年金も、パーティーも、全部終わるまでおあずけで……
あ、〝サー〟は名乗りたかったら名乗ってもよろしくてよ?」
「名乗りたくねーけどさ!
……いいのかよそんな簡単に……
シャルロットはともかく、あたしはド平民だぞ?
父親の顔も知らねーぐらいだし」
「騎士になる条件は先ほどお話しした通りですけれど……
特例があるのですわ。
それは〝国王の一存〟というものですわね。
もっとも、本当の気まぐれで騎士を叙任しては暴君のそしりを受けます。
ですが功績がありそれに報いるには騎士爵がふさわしいと認められれば――
わたくしは、平民だろうが騎士にしますわ」
「功績ってなんだよ!?」
「これからの旅でわたくしを守ることですわよ」
「あ……」
「今回の旅を無事に終えたのならば――
その働きは騎士爵で報いるにふさわしいでしょう。
なにせ宮廷を2分している混乱を終わらせるのです。
場合によっては、国王であるわたくしとその伯父の命を救うことにもなるでしょう。
その功績をもって騎士に任じられることに、誰が文句を付けられましょうか。
また、旅には様々な障害があるでしょう。
他の貴族の領地を通りますわ。
そういう時に騎士という身分は必ずや役に立つはずです。
なので、シャルロットに騎士の位を。
そしてその下で兵をまとめるネージュさんにも、騎士の位を。
そういう考えですわ」
「……なるほどな。
ぽわんとした頭のゆるそうなねーちゃんだと思ってたけど……
色々考えてるんだな」
「これでも一国の主ですからね。
色々と大変なのですわよ。
ああ、それと――
――タスさん。
あなたは立場がよくわからないので、騎士には任じませんけれど……
働き次第では領地と爵位をさしあげますわ。
シャルロットも、ネージュさんも、それからともに旅をすることになる人も……
功績をあげればそれに報いますわ。
幸いにも〝宰相派〟との争いに必要なので、わたくしは土地を所有しております。
また、東方の戦況次第では領土が拡張するでしょう。
なのでみなさん。
どんどん活躍して、この機会に権力と財力を獲得してくださいね?」
いわゆる爵位システムだ。
高評価で終えた戦闘が多いほど、権威が上がっていく。
〝権威が上がる〟というのは言い換えれば〝オデットにすごいと思われる〟ことになる。なので戦闘評価を高くしていけばオデットが喜ぶシステムとなっている。
……消費ターン数だけで評価してくれれば間違いなくオデットを狂喜乱舞させる結果となっただろう。しかし敵討伐数も含まれている時点でTASが高評価を狙うことはない。
当たり前だ。指揮官だけ狙って倒して終わるなら、それを続けた方が早いのである。
なのでこれから先、オデットは微妙な表情で戦いを見守ることになるのだった。
ネージュがげんなりした顔になる。
「……すげー俗っぽいな」
「平和な時代であれば……
もう少し期待通りのぽわんとしたお嬢様でいられたのですけれどね。
大人になるのは悲しいことですわ。
それに、実益がわかったほうがやる気が出るでしょう?
人はそういうものですわ。
宮廷でもそうですのよ。
まあ、あちらはもう少し色々と包み隠した言い方になるのですけれど。
こちらは直接的な物言いができて楽でいいですわね」
微笑む。
シャルロットが苦笑した。
「苦労されているのですね。
……騎士叙任の件、謹んで承ります。
報いる働きをさせていただく所存です」
「まあまあ。
では、略式叙任のために1度お屋敷に戻りましょうか。
こういうのは広間でやらないと格好がつかないものですからね」
ネージュが笑った。
「また〝格好〟か。
ほんとに貴族は格好つけるのが好きだな……」
「好きというか、強いられているというか……
貴族も貴族でお辛そうではありますわね」
「……他人事みてーに言うな。あんたも貴族――
いやそうか。王族と貴族は違うんだな。
まあいいや。
でも、屋敷に戻る前にちょっと待ってくれよ。
旅に連れて行く仲間を選ばねーとな。
次はあたしから傭兵について話させてもらうぞ」