WIP 10/? 王女来訪
玄関を開けて出迎える。
そこには1人の女性がいた。
年齢は20歳前後だろう。大人っぽい豊満な体つきを豪華なドレスで包んでいる。
顔立ちはのほほんとしていて、のんびりした性格であることが予想できた。
1人だけだ。
周囲を見回してもおそば付きの兵士の姿や、給仕をするであろうメイドの姿などなにも見当たらない。
時代背景から考えても王族が1人きりで旅をするというのはありえないことだ。
イメージと違う。妙な不自然さがあった。
それはシャルロットも感じているらしい。
わずかに首をかしげたものの、まずは女性の目の前にひざまづき頭を下げた。
「ようこそお越しくださいましたオデット女王陛下。
……タスさんにネージュも、頭を低くして」
言われるままシャルロットにならう。
ネージュは不満そうな顔をしていたが、従っていた。
のほほんとした顔の女性――オデットが穏やかな笑みを浮かべる。
「あらまあ。
よろしくてよ、そんなにかしこまらずとも……
今日はねえ、本当にお忍びなのですから。
ほら、周囲をご覧になって?
誰もいないでしょう?
ね、だから、みんな、頭をあげてくださいな?」
小首をかしげる。
かわいらしい感じの人だ。
体つきに比べて顔立ちが幼く、動作がどこか子供じみているせいだろう。彼女と言葉を交わした相手は親しみやすい相手という印象を抱くに違いない。
多少の疑問なら〝まあいいか〟でスルーしそうなふわふわさだ。
しかしシャルロットは問いかける。
「……陛下、そのことで少し。
いくらお忍びとはいえ、1人のお供もいないのは不自然です。
もしや王宮でなにかあったのでは?」
「なにか、ねえ……
それは毎日のようにありますのよ?
まあ、隠しても仕方ありませんね。
安心して話ができる場所に通していただきたいのですけれど……
シャルロットのお屋敷はどこかしら?
たしかこのあたりに邸宅があったと思うのだけれど……
ここにはお化け屋敷しかありませんわね?
お屋敷はどこへ?」
まっとうな感想すぎて全員が絶句した。
たしかに現在のシャルロット邸はお化け屋敷にしか見えない。
シャルロットが気まずそうに切り出す。
「……あの。
実はですね。
目の前にあるのが、私の家です」
「あら、そうでしたの?
なにかパーティーでも催しているのでしょうか?
わたくしも幽霊や精霊に仮装するべき?
……でも、シャルロットは特に仮装していませんわね?」
「……色々ありまして。
それより中へ――」
言いかけた言葉が止まる。
おもむろにタスさんが動き始めたからだ。
タスさんはメイド服のスカートの中から弩を抜く。
とっくに矢が装填されたそれを、急にオデット女王の方向に向けた。
シャルロットがおどろく。
「ちょっとタスさん!?
どうして女王陛下に武器を向けるの!?」
かまわず矢が放たれる。
カシュッ、と静かな音を立てて飛んで行く矢は狙いを外さない。TASとはそういうものだ。ステータス的に可能なことはすべて成功させる。
だから、鋼鉄の矢がジャイロ回転により威力を飛距離を上げながらオデットに迫り――
その顔のすぐ横を通り過ぎた。
……オデットのはるか背後で男の悲鳴が聞こえる。
全員が視線をそちらに向けた。
ずいぶんと遠い位置だ。
なだらかにくねった丘陵の向こう、遠近法の問題で手の親指程度のサイズにしか見えない鎧姿の兵士がいた。
矢を受けて兵士が倒れこむ。
オデットが困った顔になった。
「……あら、つけられていたのね。
危ないところでしたわ。
メイドかと思ったら優秀な護衛のようですわね。
ありがとう、小さな騎士さん」
シャルロットがたずねる。
「つけられていたとは?
遠くてよく見えませんが……あの鎧は近衛兵の物では?
陛下がお忍びで来られるならば、近衛兵がついてくるのは必然です。
にもかかわらず〝危ないところだった〟とは……」
「詳しい事情を語るのはあとにいたしますけれど……
実はわたくし、命を狙われているのですわ」
「お命を!?
……まさか〝宰相派〟に?
しかし陛下は国になくてはならないお方です。
命を狙うというほど大胆な行動はさすがにないと思うのですが」
「そのあたりの事情はご説明いたしますわ。
ですので、まずは落ち着いて話のできる場所へ――
あら?
小さな騎士さん、どうしたの?」
オデットが首をかしげる。
タスさんは第2射を放った。
矢の進行方向にはなにもない。
……〝遠くて見るのに視力が必要〟とか〝木などで隠れていてタスさんしか見えない〟とかではない。本当に〝なにもない〟のだ。
しかし――
タスさんの矢が放たれた先に、突如敵が出現した。
シャルロットがおどろく。
「撃った場所に敵が出た!?」
なだらかな丘が続く土地だ。斜面をのぼりきっていない者の姿は見えない。
だから種を話せば〝敵の出現位置をあらかじめ知っていてそこに矢を撃ちこんだ〟というだけの話だ。
〝撃った場所に敵が出た〟というよりは〝敵が出る場所に撃った〟という方が正しい。
しかし敵の出現位置を完全に把握していること、そこに寸分違わぬ位置とタイミングで矢を撃ち込むこと、さらに不運によるミスをしないことなどTASにしかできないことが凝縮されている。
シューティングゲームのTASなどで特に顕著な現象だ。
あまりに正確な早撃ちを続けるせいで出現した敵の姿が見えない場合も多い。
だが敵を倒したポイントだけは表示されるので、〝撃った場所に数字が出るゲーム〟――あるいは〝引き金を引くと断末魔が聞こえるゲーム〟などという評価を受けることもあるぐらいだった。
3射、4射と続けて弩の矢を放っていく。
弩というのはリロード時間が弱点だ。
しかし敵は50メートルという達人でも正確な命中は難しい距離に出現した途端撃ち抜かれていくので、そもそもリロードに焦るほどまで接近されない。
お陰で敵が近付けば活躍できるはずのネージュなどはぼんやり様子を見ているだけだった。
6発も放ったところで、タスさんは弩をしまう。
敵のすべてを倒しきったのだ。
シャルロットが目を丸くする。
「……ええっと。
終わったのかしら?
よくあの距離で敵に気付いたわね。
というかあらかじめ知っていたかのような……」
「……」
「え? 『知ってた』の?
……どういう情報網かしら。
でも、たしかにね。
情報を知らずに鎧を着た人が近付いて来ただけで迎撃するなんて……
ただの危ない人だものね。
でも、私は知らなかったわ……
なにかつかんでいるなら、次からは教えてちょうだい」
「……」
「『ネタバレはしない主義』?
……だからその不思議な言葉はなんなのよ。
まあいいわ。
ともかく――陛下をお守りできたということね?
ありがとうタスさん。
相手が近衛兵だったら、きっと私は近付かれても手出しできなかったわ。
近衛兵が陛下を狙うという状況に混乱してしまっていたはずだもの。
……今は騎馬もないしね」
肩をすくめる。
騎馬兵は人馬一体のユニットだ。騎乗していないと戦えない。
ゲームでは馬から下りることがない。しかし現実ではそうも言っていられないだろう。
オデットが笑う。
それから、タスさんの前にしゃがみこんだ。
「ありがとう小さな騎士さん。
お名前は?」
「タスさんです」
シャルロットが代わりに答える。
オデットがうなずいた。
「あらためまして。
ありがとうございます、タスさん。
弩ってあんな距離でも狙えるものですのね。
それに撃ちながら踊っていたように見えたのですけれど……
見たことがない射法ですわね?
詳しくお話を聞きたいわ」
シャルロットが苦笑する。
「申し訳ありません女王陛下。
タスさんは極度に無口なのです。
私に耳打ちする以外はまったくしゃべらなくて……」
「人見知りなのですわね。
かわいいわ。
ともあれ、シャルロットには詳しい事情を説明しなければなりませんわね。
お部屋に通していただけるかしら?
そこで、すべて話しますわ。
わたくしが命を狙われることになった背景――
東方で行われている戦争、宮廷で行われている闘争――
それから、最近産まれた父の兄の娘について、すべて」
「……わかりました。
どうぞ、中へ」
シャルロットが招き入れる。
オデットはタスさんの手を握り、屋内へ入る。
それから、首をかしげた。
「あの、ここ、やっぱりお化け屋敷じゃなくて?」
「……ごめんなさい。私の家なんです。本当に」
シャルロットが羞恥に震えていた。