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天侍  作者: きたみなみ
2/3

ともだち(笑)

はいもうめちゃくちゃですね。

これからは我が家となる挫倒一家の家に戻り、昼食が作られるまでの間、暇を戴いた。そして、畳の隅で囲炉裏に背を向けて、考えた。


「なんだっけ、僕の名前………」


本気で考え、知恵を振り絞り、脳みそが潰れそうなぐらい記憶を絞り出したが、僕が何年に産まれたかとか、どんな人生を歩んできたかとかは分かるが、名前だけ、何故か思い出せない。東大理数Ⅲ科卒の引きこもりニートボッチヲタ廃ゲーマーの力を持ってしても、声を唸らせるだけで終わってしまった。


「この僕を唸らせるとは………、貴様、やるな!」

「何一人芝居をしておるのだ。キモいからやめてくれ」

「聞いてたのか!あと、やめさせる理由が率直すぎる!」

「記憶がなくなり、誰が友達なのかわからなくなってしまったのか。だから一人で……。ならば私も鬼ではない。お前の前の友達を紹介してやろう。感謝するんだぞ」

「記憶がなくなった理由があんたの回し蹴りかもしれないのに、えらく太々(ふてぶて)しい態度だな、おい」


ガラにもなくツッコミ役に徹してしまった。そういえば、ここに来る前も友達(ダチ)の凄まじいボケに一回一回ツッコミを入れていったな。今ではもういい思い出だ。何故だか既に、もう帰れないフラグが少し立っている気がするのは、気のせいだろうか。


「まあ、そんな事はさて置き」

「さて置くんだ…」

「多少なりとも、私も罪悪感は感じているんだ。だから、今からお前の前の友達を連れてきてやる。ちょっと待ってろ」


そう言って姉さんは駆け足で外に出て行ってしまった。なかなかいい姉を持ったじゃないか、雪緒。


しかし……、ここはいったい何処なんだ。さっき姉さんが「キモい」と言ったところから察するに、間違いなくここは、歴史上の場所などではない。言葉遣いが現代の若者過ぎる。そうなると、それによく似た世界、もしくは星、ということになる。どちらにしても、ここは僕が元居た地球とは違う場所にいるということだ。


……いくら考えても答えは絶対に出てこない、か。幸いここは、寝心地は別にして、居心地は悪くない。あと欠点は、アニメを見るディスプレイとテレビがない事と、漫画すらない事だが、それを抜きにすれば、安心して生活できると思う。これから、挫倒一家の会話から、地道に情報を集めていくとしよう。…それにしても姉さん、帰ってくるの遅くないか?


「いやー、遅くなってすまん。ちょっとばかり掘り出すのに手こずってな。それじゃあ、出て来い!」


噂をすれば何とやら。姉さんはまた駆け足で走ってきた。姉さんが連れてきているはずの"雪緒の"前の友達の姿が見えないが、家の外にでもいるのだろうか。…………って、あれ?"掘り出す"?雪緒の友達は土の中にでも眠っているのか。ヒグラシか(笑)。


姉さんが出て来いと言ったが、友達は現れない。と言うかその前に、姉さんはどこに向かって声を掛けたんだ?普通は家の外に向かって掛ける筈だ。しかし姉さんは襟から胸に手を突っ込み、そのまま声を掛けた。???????


「見よ。これが、お前の前の友達だ!」


そう言って姉さんが取り出したのは、目と口がグロい事になっている藁人形だった。そして、何処と無く手足の関節が逆に曲がっているように見える。実に禍々しい。


「どうだ、懐かしいだろう。小さい頃、よくこれを弄って遊んでいたな。………記憶が無いんだったな、すまな…」

「いやいやいやいやいや、ちょっと待て!」

「……どうした」

「どうしたもこうしたもねぇよ!姉さんは、僕の前の友達を連れてくるんじゃなかったのか。なんで藁人形なんかもってきたんだよ!しかもそれ、目と口がグロくて、形もなんか歪だし、見てると気持ち悪くなってくる」

「………プッ、ハハハハハハハ!」


姉さんは何故かいきなり笑い出した。遂に狂ってしまったのか?


「な、何がおかしい」

「ハハハッ、ハ、はあ、はあ、はあ。……ああ、すまん。お前の反応があまりにも面白くてな。つい笑ってしまった。許せ」

「いや、それはいいんだけどよ。何故に藁人形?もしかして、僕にはこいつしか友達がいなかったのか?」


だとしたら悲しすぎる。


「正解だ」

「うそぉぉぉぉぉぉぉお!」


マジっすか!これ本当にマジっすか!


「まあまあ、落ち着け。正解と言っても半分だけだ」

「ああ、よかっ……って、良くねぇよ!半分も正解じゃん!」

「ま、そう言う考えもあるな。だがまあ、貴様としては、半分"も"、かも知れぬがな」

「じゃあ、そう言うなよ。……はあ、もう疲れた」

「そうか、それは良かった。汗もかいたし、もう昼飯時だ。そろそろ囲炉裏と食器を用意するぞ」

「ああ、わかっ…………じゃねぇよ!なに超自然にはぐらかしてんだ!」

「チッ、バレたか」

「おい今この人舌打ちしたぞ!絶対したよな!」

「はあ、もう、疲れた………」

「こっちのセリフだ、この野郎!」

「実の姉に向かってこの野郎とは何事だ!事と次第によっては、火で炙った火鉢でお前の横っ腹を串刺しにするぞ!」

「んだとぉ?具体的すぎてちびっちまうぞオラァ!」

「なんだ、やる気か小便小僧!」



「お前らちったぁ黙っとれ!!!!」



僕たちがデコとデコをぶつけ合って激しい口喧嘩をしていたその時、それよりも激しい、一つの怒号が響いた。そして、僕含む、家中の人間(三人)がその怒号を耳にした時、恐怖で体が立ちすくんだ。さらに、その怒号の発生源たる女人(にょにん)が、土間から土足で畳に上がってきて、急に足が震え出した。


「久々に姉弟(してい)仲良くお喋りしてるかと思えば、どうしてこうなりやがったんだ!誰か答えろよ!楠葉ぁ!」

「ひゃ、ひゃい!」


あ、噛んだ。我が姉ながら、可愛いと思ってしまった。そういえば、もう楠葉が自分の姉だと認識してしまっている感じがする。そして、既に脳内がこの世界に浸透していっている気がするのも、気のせいだと信じたい。


「なんでてめぇらは口喧嘩してんだ?五秒以内に答えろ」

「あ、いや、あの、その……これは『五』うわぁぁぁあ!えっと『四』……、あ、そうだっ。雪緒の奴が『三、嘘なんか付きやがったらどうなるか、な……。二』……………………………………『一』……………………降参……で『しゅ〜りょ〜』………」

「私の質問に答えられなかった事に加え、あまつさえ雪緒くんを生贄にしようとした楠葉ちゃんには、特別なお仕置きをしちゃいま〜す♪」

「特別な……お仕置き……?」

「そうで〜す。木葉先生特製の〜、処刑術のことで〜、農業の合間を縫って〜、コツコツ考えてきて〜、つい最近完成しちゃいました〜」


言葉の端々が伸ばされているところに、並々ならぬ恐怖が感じられる。しかも穏やかな笑顔というアクセントまで加わり、ある意味"般若の顔"よりも怖いことになっている。


「ほんっっっとうにやめてくれ!そんなものくらった日には、私の持つ、余りある生気の全てが一瞬で消え失せてしまう!」

「んんん〜?や・め・て・く・れ〜?言葉遣いがなってないよ楠葉ちゃ〜ん。こういう時は何て言うんでちゅか〜。ほらほら、言ってみなさい。はい、せ〜の…」

「此度の件、本当に申し訳ございませんでした!今後は一切、此の様な事がないように努めていきますので、今回ばかりはお見逃し願います!」


まさかの土下座だった。実の親相手に。この二人は親子にして、主従関係を結んでいるというのか。木葉さんが将軍で、姉さんが御家人。封建制度か(笑)。因みにじいやは、何処と無く尾張の守護っぽい。


「ふむ…、我が娘にしては上出来だな。褒めて遣わす。近うよれ」

「はは、将軍様の仰せのままに」


まったく、ここに来てからは、本当に驚きと悲しみの連続である。まあ、以前の、凸凹が一切ない人生よりは刺激的で、僕を飽きさせることがなさそうではあるが。と言うか、姉さん、完璧に木葉さんに屈服されてるし。将軍様…………………プッ。


「おい雪緒、貴様ぁ!」

「うおぉう!」


腹の中で吹き出した時に、いきなり姉さんに大声で怒鳴られたから、変な声を出してしまった。


「今私のことを笑っていただろう」

「………いえ、なんの事ですや…」

「しらばっくれるな!私には丸分かりだ!」


八つ当たりだ。百パー八つ当たりだ。


そういえば、学校の先生がいきなり大声で怒鳴ると、自分じゃなくてもビクってしまうことを思い出してしまった。しかし、今はこんな事どうでもいい。これから姉さんがどんな突飛で理不尽な要求をしてくるのか、それが問題だ。家の前で、逆立ちで三周回ってワンと鳴け、とか言われたら絶対にできない。悔しくも、万年零点眼鏡王子はできてしまったが。


ふと上を見上げると、心なしか、天井のいたが黒くくすんでいるように見えた。気のせいかと思ったが、そうではなかった。僕の周りを見渡すと、この家の中の空気そのものが黒く濁っている事に気がついた。特に木葉さんと姉さん、それと若干じいやも、空気のような濁った感じではなく、その濁りの源のような、真っ黒く、禍々しい邪気を帯びていた。


「な、なんだこれ!」


さっきまで思いっきり僕に八つ当たりをしていた姉さんも、僕たちの口喧嘩に怒った木葉さんも、傍観者の役に徹していたじいやも、皆、力が吸い取られていくように、徐々に地べたにへたり込んでいった。特に姉さんは酷い。死者の様にヤツれていて、目に光が宿っておらず、この空気同様に黒く濁っていた。


「おいっ、みんなどうした!木葉さん!姉さん!じいや!返事をしてくれ!」

「………ゆ…きお……」

「じいや、無事か!」


他の二人はピクリとも動かなかったが、じいやだけ体を震わせて、とても小さく、囁くような声量で、途切れ途切れに話し始めた。この三人の中で、一人でも話せる人が居たのはありがたい。しかも、この中で一番飛び抜けて年配なじいやだ。亀の甲より年の功と、遠い昔の偉人は(おっしゃ)った。じいやなら、この状況の事を説明してくれる筈だ。でなければ、どうして良いのか分からない。


「無事……では、ない……。…体も、思うように……動かない。今は、…最後の力を、体の底から……絞り出して…、話している…ような…感じだ」

「そうか。じゃあ、じいやは、どうしてこうなっているのか分かるか?」

「……わからぬ……、すまんの」


なん、だと………。じいやでも分からない事なのか、これは。こんな不可思議な現象は、僕の元居た所では見たこともないし、存在し得なかった。だとしたら此処はもう、別の世界だと言って良いだろう。


くっ………、本当に、どうしたらいいんだ!


「……ただ、結構前に…、此の様な…状況に……、一度、なったことが…ある…」

「………!!!本当かじいやっ、是非その時の事を教えてくれないか!」


まさに九死に一生を得た気持ちだ。この状況そのものは分からなくても、状況例を二件も知れば、共通点を探し出して、対案が思いつくかもしれない。


「そう、じゃの………。まず、雪緒は、儂が何歳…なのか……知っておるかの?」

「いや、……ごめん」

「まあ、そう気にする…な……。単刀直入に……言ってしまえば、…今年で、めでたく傘寿…となる予定じゃ、と言えば……伝わるかの?」

「傘寿………ということは、八十歳か!え、いや、それって特別高いっていうわけじゃ………」


……いや、違う。この世界を、僕の元居た世界の戦国時代に当てはめると、結構長寿になるわけか。いや、『人間五十年』と言われていた時代だから、結構ではなく、超長寿と言っても過言ではないだろう。じいやは、そんな歳になっても今だ元気ハツラツな体をしている。このまま行けば、百寿になってもおかしくない。まさに化け物だ。


「まあ、お前さんが……傘寿の歳を…どう思うかは、今は……関係が無い。そうじゃの……、あれは、今から…十…数年程前の事だったかの………」



<十数年前>



「親父!この家出ていって侍になるって、本当か!」

「やめて!侍になんかならないで!ずっと私たちと一緒にのんびり農業しようよ!ねえ、父さん!」

「子供達もこう言っています。今なら引き返せます!戦なんて危険な事に首を突っ込んで、万が一命でも落としたらどうするんですか!子供達の事はどうするんです?考え直して下さい!」

「お主はどうしてそこまで侍に拘るのじゃ!侍など、命を無駄に捨てるだけの、ただの馬鹿者ではないか!それならば、ここで穏やかに農業を続けている方がよかろう」


………あれは、雪緒が儂等の家族になってから、数日経った時のことじゃった。今はどこにいるとも分からない、楠葉の父親、名を連城と言うが、そいつが急に『侍』になると言い出したのだ。その事に儂等は驚きはしたが、所詮は戯言だろうと、最初は全く相手にしなかった。だが、彼奴は一人真剣に剣術の鍛錬に打ち込み、並の侍には到底追いつけないだろうと言うぐらいの剣術を身につけた。


流石に儂等はこの頃になると、本気で、連城に止めるように説得をし始めたのだ。だが、連城はそれを聞き入れようとする素振りすら見せず、ついにある日、彼奴は、この家を出て、とある戦国大名の所へ向かおうとした。当然、儂等は体を張って連城を止めた。だが連城は、それを力尽くで振りほどき、一言も言葉を発すること無く、儂等の前から姿を消してしまったのだ。


本題である『黒い気』、ここからは『黒濁』と呼ぼうか。黒濁は、この時に発生したのじゃ。丁度、儂等が必死に連城を止めている時だな。連城を含め、儂等は息が止まるほどの恐怖を感じた。日が眩しく照りついていた時に、急に目の前が真っ暗になったのだから、当然じゃろうな。


その黒濁は、瞬く間に儂等の体を取り囲んでいった。その時の事はよくは覚えていないのじゃがな、ただ一つ、覚えているとすれば、あの黒濁に包まれた時、力が急に消し飛んで行ったということだ。いや、消し飛んだと言うより、吸い取られた、という表現の方が適切であろうな。あれを具体的に言葉で表現するのは難しいが、敢えて言うとするならば、そう……体の芯に込められている力の源が溶けて、全身の細胞の隙間から流れ出て行く、と言う感覚じゃ。


この黒濁は、無論、連城をも包み込んだ。しかし連城は、力を吸い取られる事無く、颯爽と去って行ったのだ。儂等が気が付いた時には、とっくに、連城の影も形も見当たらなかった………。



<挫倒家>



「こんなもんで……良いか?」

「ああ、十二分に満ち足りた。それにしても、この家に姉さんの親父が居ない理由に、そんな過去があったとはな。まあ、それは今はいい。さて、それじゃあ、じいやの話と今の現状を照らし合わせて、共通点を導き出すとしようか!」

「………雪緒、少し…待たれい…」

「ん、なんだじいや?」

「一つ……言い忘れて…いた…、事がある」

「なに………!」


じいやは、さっきから、もともと黒濁のせいで小さくなった声が、さらに、徐々に小さくなってきている。もはや『蚊のなくような声』と同等ぐらいの声量だ。近くに寄って、じいやの口元に耳を当てないと、全く聞き取れない。


「儂等は、力が…完全に抜け落ちて……からの…記憶が無い……。じゃが、三人の中で……一番…初めに意識を…取り戻した儂だけは、鎧を…着た…一人の大柄な…男が、傷だらけで、持っている…剣を……地面に…突き刺して…、しゃがみ込んで……いるのを…見たのじゃ……。」

「鎧を着た大柄な男………。それが誰か分かるか、じいや」

「いんや、分からん……。体格から…考えるに…、地主…様が……一番…妥当な線…なのじゃが、聞い…てみると、知らない…の……一点張り…だったのじゃ……」

「ふむ………、だが、地主様の線が消えた訳では無い。それで、じいやが見たその鎧を着た男はその後どうしたんだ?」

「……それが、何とも…不思議…での、儂が声を……掛けたら、男は…すぐに消えた……のじゃ…。そこで…また、……儂は…倒れて…しまった」

「………消えた?逃げた、じゃないのか」

「そう…じゃ、消えた……のじゃ…。儂の…目の前で……、跡形も…なく…消えおった……。…まるで、体が……透明になった…かのよう…じゃった…。…その時は……まだ、意識が……戻った…ばかりで、……視界が…………ぼやけて………いたが、あれは………明ら……かに……、…………『消えた』………の……じゃ………………………」

「じいやっ、おい、じいや!しっかりしろ、まだ聞きたいことが山程あるんだ!おい、じいや!……………!!!!」


その瞬間、不穏な空気が漂い始めた。じいやたちを取り囲んでいた黒濁は、渦を巻き始め、三人を締め上げているように見える。すると、黒濁はさらに濁度を増し、気付いた時には、三人の体が見えない程になっていた。ここからさらに、渦の回りが加速していく。そして、スピードが最高潮になったと思えば、急に回るのを止めた。その途端、真っ黒くなった黒濁は吹き飛び、三人の姿が現れた。


「姉さんっ、木葉さんっ、じいや!大丈夫かっ」


………応答がない。気を失っているのか?すぐさま姉さんのところに向かい、手首を抑え、脈の有無を確認した。だが………


「脈が………ない!」


念のため、他の二人の脈も確認したところ、姉さんと同じ結果だった。


「十数年前の時は意識が戻ったとじいやが言っていた筈だ。何故今回は戻らない!……………まてよ……」


じいやは、意識が一度戻った時に、ある鎧を着た大柄な男が剣を持っているのを見たと言った。

________どんな様子で?

傷だらけで。

________何を持っていた?

剣を。





________どうして?






………繋がった。

情報が繋がり、次に起こることが目に浮かぶように想像できた。


じいやは、黒濁が消えた後に見た鎧の男は傷だらけだったと言った。ならば、黒濁が発生している間に、傷だらけになるような何かが起こったんだ。しかも男は、剣を持っていた。男は、誰かと剣を交える必要があったんだ。その『誰か』はわからないが、それでも答えるとするならば、動物である。黒濁発生後、獣や虫、もしくは人間が出現したのなら、黒濁が何処かに消えた今、十数年前と同じ生き物が出現するはずだ。


………しばらく待ったが、何も出てこない。この間に、武器となる物を見つけようと、家中を探してみた。そうしたら、畳の下に黄色い柄の日本刀があったから、それを使わせてもらうことにした。そばに白い柄の日本刀もあったが、二刀流は初心者が扱うと逆に弱くなる。それに僕には、鉄製の刀を片手一本ずつ扱う程の強靭な筋肉は持ち合わせていない。一本を両手で扱うのも一苦労だ。


「!!!!」


不意に、背中に悪寒が走った。振り返るとそこには、さっき姉さんが持って来た、僕の前の友達(歪な形の藁人形)に黒濁がまとわりついていた。………いや、少し違う。藁人形から『発生』しているんだ。さらに、姉さん達を取り囲んでいた消えたはずの黒濁が、家中の天井と壁から、藁人形に向かって吹き出してきた。藁人形はそれらを吸収し、元から歪だったものが、より禍々しさを増していった。黒濁は壁から吹き出すのを止め、藁人形は全て吸収し終わると、再び、静寂に包まれた。


「………どうした?」


少し落ち着いたのも束の間、藁人形は自身の体に吸収し溜め込んだ黒濁を、一瞬で爆発させた。


「ぐっ!」


辺りが闇に包まれ、僕は次に起こりえる事の全てを事細かに考え、それぞれに対する対策を練った。


徐々に、辺りに広がった黒濁が晴れてきた。だが、まだ半径一メートルの範囲しか見えない。ふと、僕の前に何かいるような気がして、恐怖で一瞬体が強張ってしまった。それがいけなかった。『そいつ』は僕に向かって何かを振り翳してきたが、当然避けることができず、それを鼻の付け根に受けてしまった。そして、ガッ、と骨が折れる音が聞こえた。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉお!」


あまりの痛みに、叫ばずにはいられなかった。恐る恐る鼻の付け根に触れてみると、角ばっているところが上下に分かれていた。鼻の穴からは、通常の鼻血とは比べものにならない程の血液が流れ出ていた。


「………ハズシタ」

「!!!!」


完全に晴れた黒濁の先には、日本刀を持って振り終えた状態の侍が居た。今回はしっかりと後ろへ飛び下がり、震える足で剣道の構えをとった。剣道は、中学高校の授業で習っただけだからそこまで上手くは無いが、高校生時代は、授業中に現役の剣道部に先制点をとった事があるから、ある程度はできるはず。


「ツギハ、ミミヨリウエヲマップタツニキリオトス。(次は耳より上を真っ二つに切り落とす)」


目の前の侍の声は酷く重低音で、聞き辛いことこの上ない。それに侍は、紫の妖気のようなものを纏っていて、尚且つ、鎧も含めて微妙に体が透けている。それに顔に装着した兜鎧で顔が見えず、視界を持つための穴からは赤く光った目が覗かせていた。明らかに生身の人間などではない。なんなんだこいつは!


「ワレハ、シンキダイミョウカゲムネサマニツカエシサムライナリ!オオトラウミノナニオイテ、シシテモナオ、ショウリヲネガワン!カクゴシロ、オクヤマノブシヨ!(我は、辰畿大名影宗様に仕えし侍なり!大虎海の名において、死してもなお、勝利を願わん!覚悟しろ、奥山の武士よ!)」


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