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ぼーいみーつがーる

初心者です。

拙い小説を書かせて頂きました。

感想など、賜れましたら幸いです。

宜しくお願い致します。

          Ⅰ


地球温暖化で海が沸いた。

沢山の魚介類が茹って死んで、蛸もまたその例外ではなかった。

それでも僕は、蛸が欲しかった。

人が幸せのために蛸を拝むようになったのは、いつの頃からだろう。

なんでも、まだ海のお湯が冷たかった大昔、そういうことが少し流行ったという。

 つまり、蛸は英語でオクトパス、置くと(試験に)パスするということで、その霊妙な言霊が受験生の気休めに重宝されたのである。

ところで、現在を生きる僕も、また受験生であった。

 受験生にはやっぱり蛸が必要だと思う。

 聞くところによれば、昔の人は、祀り、崇め、奉って帰依すべき蛸でさえ、置物やなんかで間に合わせていたという。

 僕なんかは、随分不まじめな話だと思ってしまうのだが、どうやら当時は、自らの主体的な努力というものが、お蛸様以上に信じられていたらしい。

おそらく精神的に未開な段階だったのだろう。まったく気の毒な原始人どもめ。

僕ならば俄然、(なま)の、正真正銘の本物を拝む。そうして、全身全霊で他力本願、人生の一切を蛸に委ねる覚悟があるのだ。

そうでなければ、こうして一時間以上も海に向かって蛸呼ばいの儀式を続けたりはしないだろう。

まったく人が見れば、気の触れたチンドン屋かと思うかもしれない。あるいは、ただのバカだと斬って捨てるだろうか?

 海辺に立ち、ひたすらに鉦と太鼓を打ち鳴らし続ける。

そうして、蛸の名を呼び続けるのだ。

ちんどんちんどんちんどんちんどん。

「蛸や蛸やおーいおーい」と。

 けれども憧れの頭足類は、無情にも僕に応えてはくれないのだった。

 僕は、目の前の光景を見て、さもありなんと思ってしまう。

この冷房都市常陸白熊は、街全体が巨大なドームで覆われているが、このドーム部分は、設計者の悪意で透けている。

だから、滅び行く地球の海と空とが良く見えるのだった。

常夏の海は終日ぐつり。

 まるで炭酸飲料のように、無数の泡が、あわただしく生まれては消え、消えてはまた生まれる。

寄せる波は、冷房都市の外壁に砕かれて、二度と沖へは帰らない。次の瞬間には気化してしまうからだ。

濛々と立ち上る湯気は、重苦しく立ち込める雲の中へと溶けてゆく。

その雲の向こうで、ほんの少しだけ太陽が鈍色に輝いているのが伺える。

そこにあるのは、いつもの地獄絵図。

それは、ちっとも素敵ではない。

本当は分かっていた。こんな海に、蛸はおろかどんな生き物だって住めはしないのだと。

けれども僕は、夢見がち(ロマンティスト)だから、こうして喚いていれば、見兼ねた誰かがなんとかしてくれるのではないかと、淡い期待を抱いていたのだ。

そして果たして、誰かが背後から僕に声を掛けてきた。

「へへ、(あん)ちゃんよぅ。何してんだい?」

「しめた」僕はそう思い、振り返る。

だけど、次の瞬間、僕はがっかりしてしまう。

何故なら、そこに居たのは、何か頼りになる誰かではなくて、どちらかと言えばただの社会のクズだったのだから。

 つまり僕の目の前には、ホームレスのおじさんが立っていたのだ。    

おじさんと対峙する僕の全身にどっと嫌な汗が噴出した。

その汗を、吹きつける風が乾かしていく。

 それは大冷房が吹き降ろす、設定温度二十七度の心地よい冷風であった。

 大冷房というのは、皆さんのご家庭にあるエアコンを(ちょう)大きくしたものを想像していただければだいたい間違いない。

それは四角くて白く、送風口にはビニールのびらびらがいくつもはためいている。

冷房都市の四方の壁には、この超巨大エアコンが埋め込まれ、都市人民に絶えずさわやかな風を供給しているのである。

それはこの、温暖化の灼熱の惑星(ほし)で、人がなんとか生きていくために、出来れば快適に暮らせるようにと。研究に研究を重ねて開発された人類の叡智の結晶なのである。

この大冷房、完全コンピューター制御で、ドーム内の空気を常に最良の状態に保つため、様々な機能が付与されている。空気循環機能、除湿および加湿機能、消臭機能、滅菌機能、K・Y弾圧助成機能。

 けれども、どれだけハイテクな機能がついていても、エアコンはエアコンである。

 そして、エアコンというのは、室内の心地よさと引きかえに外部に大量の熱とフロンガスを撒き散らす、エゴイズムの権化のような機械に他ならない。

 この街の仕組みがこんなだから、日々温暖化には拍車が掛かる。

 嗚呼、蒼い地球が泣いている。母なる大地がかわいそう。

 僕には、この地球(ほし)の痛みが分かるので受験勉強に集中できない。

地球(ほし)ばかりではない、およそ全ての可哀相な人、虐げられた弱者を目にすると、その悲しみがぐっと胸に迫って来てしまうのだ。

たとえば、こんなホームレスのおじさんなども僕の憐れみの対象であった。

 本当に、このホームレスのおじさんの薄汚さと惨めたらしさには胸がキュンとなってしまう。

おじさんの身体は、顔と言わず、腕と言わず、垢で汚れていて、まるで生ゴミのような臭いがした。そうあの吐き気を催す類の臭いである。

おじさんのシャツは何だか分からないもので黄色く汚れていた。

ボロボロに穴の開いたジーパンからは、厭らしい脛毛がのぞき、おじさんの膚の露出した部分は、腕と言わず顔と言わず垢にまみれてまるで赤土のような色をしていた。その厚ぼったい顔の作りと相俟って、それはまるで土偶を思わせた。野放図に伸びた鬚や、蓬髪には何匹もの蠅が集っており。特に前髪の辺りでは蠅の番いが交尾をしていた。

(あん)ちゃん、綺麗な顔してるねえ。女の子みてえだ。へへへ」

無精ひげに縁取られたおじさんの口元は下卑た笑みを形作った。その表情からは知性とか品性を欠片も窺がうことが出来なかった。

 おじさんの下卑た瞳に射すくめられると、僕はもう自由な身動きが取れなくなる。

恐怖心からではない、同情の気持ちからそうなってしまうのだ。

それでいて身体は変にクネクネとして、撥を握る手は小指が立ち、下半身はみっともない内股になっていた。

 僕には、ホームレスを見ると殊更に、こういう女の子っぽい仕草をする悪癖があるのだった。

 そんな僕を見つめる、おじさんの視線が一際ねっとりとしたものになっていた。

 こんなにも濁った瞳なのに、覗き込むと、なんというかその低劣な魂までが透けて見えるようだった(これは些か詩的に過ぎる表現ではある)。

 おじさんは、その声までが粘っこかった。

「お金持ってるだろぉ? ちょっとこの哀れなオジサンに恵んでくれよぉ」

そう言うと、おじさんは、その下卑た指先で、僕の身体をまさぐり始めた。

おじさんのお目当てが、お金だけではないのは確かだった。

太い指が僕の身体をまさぐってくる。

「あひゃん」

 僕は、覚えず艶っぽい声を上げて、おじさんの気分を盛り上げてしまった。

 すっかりおじさんを受入れる淫肉(からだ)の準備が出来てしまっていたのだ。

 僕のような美しい男の子が、一人で海岸に立って居れば、こういう展開になるのは分かりきったことであった。

 僕もこういうのは初めてというわけでもなかったし、もうおじさんの気が済むまで、彼の慰みものになってやってもいいかなと思ってしまっていた。

 おじさんは、僕を押し倒した。

おじさんの吐息が僕の顔に吹きかかる。おじさんはその息までが腐っていた。

 不意に、おじさんの顔から滴るものが僕の頬を濡らした。

 最初は、涎かとおもったけれど、よく見ると、それはもっと素敵な涙という名の汁であった。

おじさんは、おいおいと声を上げて泣き出した。

泣きながら僕の上に覆いかぶさってくる。

「ごめんよぉ。ごめんよぉ。」

 と泣きじゃくるおじさんの頭を僕は、優しく撫でてあげる。

 指先にべとべとの脂やフケが絡み付いてくるけど、そんなことはちっとも気にならなかった。

僕は、おじさんが愛しくてならない。その全てを受入れてもいいと思っていた。


ちょめ、ちょめ、ちょめ、ちょめ、ちょめちょめ、ちょめ、ちょめ(※ここはエッチなシーンなので割愛いたしました)

 

「あーあ酷い目にあった」

全てが終わった後、おじさんの顔は艶やかにてかっていた。

おじさんは、僕の財布から千円札を抜き取ると、意気揚々と自分の(ねぐら)へと帰って行った。

だんだんと小さくなるおじさんの背中を見送って、僕はただ、おじさんがこの冷房の風に中って、風邪を引かなければいいなと、そんなことばかり心配していた。

それぐらい僕は、優しいのだ。

ホームレスは、怠惰で不潔で、悪臭を撒き散らす歩く公害だけど、僕は愛おしく思っていた。

僕にはどうしても、彼らを世間並みに見下すことが出来ないのだ。

本当は、僕だってホームレスに対して、健全な差別感情を抱けるようになりたい。

そして彼らを反面教師として受験勉強に邁進していきたいと思っていた。

どなたか教えて下さいませんか? どうしたら皆さんのように、ガサツで鈍感で無神経な朴念仁になれるのか。嗚呼、僕は真剣に悩んでいるんだ!

もしも蛸を手に入れたら、その事をお願いしようと思っていた。



      Ⅱ


勿論、お医者さんで薬を貰っている。

けれども、飲めど飲めど、僕は、ホームレスを見下せるようにはならなかった。

身体を求められれば、それを拒む事は出来なかった。

口汚いクラスメートは、そんな僕の事を、サセ男とか、公衆便所男子などと酷い渾名で呼んでいた。

お医者さんの見立てでは、幼少の(みぎり)にホームレスのおじさん(さっきまで出てたのとは別個体である)にちょめちょめな虐待を受けていたことが原因ではないかと言う。

つまり、僕がまだ(いとけな)かった頃、近所の公園に住んでいたホームレスのおじさんが、時々僕に女の子の服装をさせて、色々触ってきたりしたことがあったのだ。

その時以来、僕の潜在意識には一匹のオカマが住み始めた。

それこそが、僕を生き難くさせる、悪しき同情の根っこであった。

ヘンリエッタと僕は名づけた(我ながら素敵な名前をつけたものだ)。

こいつがために、僕はこの地球やホームレスに対して節操無く、憐れみの心を抱いてしまうのだ。

お医者さんは、そんな僕におちんちんを切って女の子として生きていくことを勧めてくれた。

けれども、僕はその申し出を断った。

僕が、どうしても守りたかったもの、みなさんには分かって頂けるだろうか?

 そう、実を言うと僕には、美少女の放屁に並々ならぬ興奮を覚えるという、かけがえのない変態性欲があったのである。

例えば、可愛らしいチェック地のミニスカート。そして彼女が腰を屈めた時、そのスカートの布地に浮きあがる小ぶりで形のいいヒップライン。そしてさらに、その部分から仄かに漂ってくる艶かしくも芳醇なあの(かほ)り。

そういうのが僕は好きなのだ。

この性癖こそが、僕の知・情・意の全てを凌駕して、僕という人格を形作っているのだと信じていた。

 もしも、おちんちんを切ってしまったら、このかけがえのない性癖がなくなってしまうかもしれない。

 それは、僕にとってはアイデンティティーの喪失に等しかった。

さて、こんな話をして何が言いたいのかといえば、僕みたいな変態には、その願望を満たしてくれるそれ相応の場所があるということである。

 それは、街の本屋さんであった。

結局蛸が手に入らなかった、あの海岸からの帰り道、僕は自らの慰みのために、書店の変態書(サブカル)コーナーでいかがわしい本を贖おうと決めていた。 

 上手く行かない人生には、麻薬的な何かが必要だと思ったからだ。


それにしても、僕たち変態にとって、最近一番の痛手だったのはサブカルの聖地、『ヴィ○ッジヴァンガード』がなくなってしまったことである。

それは、ほんの数ヶ月前のこと、全ては一本の 玉音電波から始まったのだ。

その日、皇帝陛下は、帝都霧が峰より、『オリンピック招致の詔』を下し賜い、それを奉受した全国の冷房都市議会はてんやわんやして、可及的速やかに『スポーツ奨励法』を強行採決していったのである。

そして、当然の帰結として『ヴィ○ッジヴァンガード』が廃止された。

スポーツ的でないという理由からであった。

だから『ヴィ○ッジヴァンガード』は、いまや僕らの美しい思い出の中だけにある。

僕ら変態者(サブカル)は、しばしばそうした夢想の世界に心を遊ばせることがあるのだ。

そこは、この世の一切の穢れを離れた、綺麗でチカチカして、爛れきった悪徳の世界なのである。

こんな観念的遊戯が出来るのは、高い精神性を有した僕ら変態者(サブカル)ぐらいなものだと自負していた。

まったく、ほとんどの現代人は、物質的な豊かさやを追求するあまり、心という物をあまりに蔑ろにしすぎている。

一体どれだけの人が、肉体から切り離して考えられる『魂』というものを信じているだろうか。

因みに僕は、信じていない。

僕ら現代人にとって『魂』とは、所詮脳みその詩的な言い換えに過ぎないのだ。

そして、そういう概念も合コンで女の子と話す時などには殊のほか重宝する。

なぜなら、現代人の繊細な美意識には、脳みそそのものはあまりに『うんこ』に似すぎていると考えられていたからだ。

なかんずく端原姦姦というお方は、そのように思っていらしたようである。

彼は、繊細な現代人の典型のような人であった。

彼は人類最後の作家であり、そして、憐れむべき巨人的頭脳の持ち主であった。

彼はその高度の知性故に、まさにこの物質世界の全てを『うんこ』と観じ、自らの命を絶ったのである。

御蔭さまで、後世の人間は、彼の尻馬に乗っかって、随分お手軽に厭世できるようになったものだ。

そして僕もまた、姦姦先生を信奉する一廉の厭世家であった。

この世界は本当に醜いと思う。そして美しい物はただ一流の文学の中だけに存在しているのである。

例えば、太宰治の『人間失格』。ヴォードレールの『悪の華』。サド侯爵の『悪徳の栄え』坂口安吾の『堕落論』、これらの著作は、本棚において端原姦姦先生のご著書を支えるのに大変役に立つけれど、駄目である。

あらゆる言語芸術の中で、ただ姦姦先生のご著作だけが、僕たち変態を真に精神的な物へと駆り立ててくれるのである。

それ以外の作品は、もうホント視力の無駄。読書が大嫌いだったという姦姦先生のお言葉を借りて言えば、それらはあまりにも「この世界の臭いがするから読みたくない」のであった。

そこへ行くと、姦姦先生の描く世界はこの現実世界とは似ても似つかないし、そこには一欠けらのリアリティもないし、だから読んでも少しも実にならないし、本当に浮世離れした高邁な小説なのである。

そこには先生のこの社会に対する、侮蔑と嫌悪、そして無知が輝いていた。

そしてさらに言えば、姦姦先生の著作は、世界中が認めるところの悪書であった。

光文精神薄弱(セーハク)体』と称されるその文体は、学童の知的発達に重篤な影響を及ぼすことが明らかにされていたし、内容自体も酷いものだった。

なんというか、選ばれし者の恍惚と不安とそして小児性愛のようなもの。そんな物を余すところなく描ききり、評論家に言わせれば端原姦姦において文学は初めて腐敗に達したと言われている。

特に幻影衛士(ファントム・ザ・サムライ)三部作や頤~OTOGAIシリーズなどは秀逸である。これらを読むだけで、青少年の精神はまず間違いなく堕落すると言われている。

もし親にこれらの本を読んでいる所を見咎められたら、市主催の精神浄化プログラムに強制参加させられること請け合いだ。

そこでは一週間みっちり、朝から晩まで、椎名誠のエッセーやら冒険小説やらを読ませられるのだ。

そんな健全なのは、僕は御免だ。

だから僕は、こっそりとそれらを読む。その秘密の快楽に、僕は背徳の喜びを覚え、エクスタシーへと達するのだ。うふふふふ。

おっと、何やら言ううちにもう本屋さんだ。

街の本屋さんは、小ぶりだけど中身がぎっしりと詰まっていて、実に頼もしく感じられた。

しかし、その蔵書の九分九厘は、僕ら変態者(サブカル)にとって単なる紙切れの寄せ集め以上のものではなかった。

しかも店内には、今時流行りのJポップが流れていた。そうあの吐き気を催す類の楽曲である。

軽快で軽薄な曲調と歌詞とが、僕の病的に研ぎ澄まされた感性には、とても耳障りに感じられるのである。

 店内に陳列される商品は書籍ばかりではなかった。

そのほかにも低所得者向け文房具やら低所得者向けファンシーグッズ、低所得者向け美少女フィギュアなどが所せましと並び、大衆書店としての面目を保っていた。

僕は、『人類の啓蒙に資する、知的遺産としての書籍(所謂書籍A群)』の棚の前を素通りし、一直線に変態書(サブカル)(ちなみにこれは書籍B群である)のコーナーへと向かった。

変態書(サブカル)の棚は、店の隅に隔離されるように存在していた。

実際に行って見ると、そこでは、少女が猫を切り刻んでいた。

少女が猫を切り刻んでいた。

その女の子は、人生において本当に大事なことにだけかかずらっていますといわんばかりの、無頓着な服装をしていた。

にもかかわらず、少女は美しかった。

特にその瞳は、きっと本をたくさん読んでいるのだろう、とても人を見下したようであった。

「あぎー。あぎぃぃぃぃぃ」

少女が啼いた。

少女は何やら訳の分からない奇声を発しながら、平積みされた本の上で惨たらしく猫を解体していく。

何か尖がった「凶器のような物」が、猫の腹を割き、先端のカギになった部分がその内臓を引きずり出す。

瞬間、酸鼻な血の臭いが辺りに広がった。

少女は、機械的な手際のよさで猫の臓器を腑分けすると、それらを本棚に塗りたくっていった。

太宰治の『人間失格』。ヴォードレールの『悪の華』。サド侯爵の『悪徳の栄え』。坂口安吾の『堕落論』。そして何よりも端原姦姦先生のご著書の背表紙が鮮やかな(あか)で彩られた。

全ての仕事を終えた少女は、しばらく恍惚とした表情でそれを眺めていた。

けれども、次の瞬間、その顔が怒りに曇った。

少女は、例の「凶器のような物」を振り上げると、棚に陳列された本の中で、正確に一冊だけを狙ってそのおぞましい物を振り下ろした。

大判の本が、ぼとりと棚からまろび出た。

それは、某人気俳優の写真集であった。

「私が、『ヴィ○ッジヴァンガード』に生贄を捧げる神聖な祭壇に、よくもよくも」

激昂する少女。

その手には、血の滴る「凶器のような物」が鈍い光を放っている。この物体の、えもいわれぬ凶悪さを説明することは詩人の筆を持たぬ僕には不可能であった。

その「凶器のような物」を某人気俳優の写真集に突き立てた。

「ここはお前のような者がいるべきところではないのです。畜生畜生畜生ぉぉぉぉ!」

その瞬間、少女の総身がぶるると震えた。

少女は、顎を反らせ、天を仰いだまま

の姿勢で固まってしまい、その股座からは、大量の液体が迸った。

微かにアンモニアの臭いが辺りに漂った。

失禁したのである。

少女は、頬を紅潮させ、陶然とした表情でその場に佇んでいた。

さて僕は、怖気を覚えた。

足がすくむ。

僕は、その場から動くことが出来なくなってしまった。

勿論、これは恐怖心からである。

けれども、本当の恐怖はこれからであった。

少女が僕の方を振り返ったのだ。

「あー。貴方ですか」

弾むような声で少女は言った。

少女は、満面の笑みを僕に見舞った。

「お待ち申し上げておりました。貴方に会えて嬉しい、とても」

人懐っこい笑顔を浮かべ、「凶器のような物」をぷらんぷらんさせながら、少女は、一歩一歩嬲るように僕との距離を詰めてきた。

(いけない、何かとんでもないことをされるに違いない)

僕の野生の本能が、ココカラ逃ゲロ、と命じていた。

けれども、都市生活に甘やかされた僕の身体は、その時まるでデクノボーであった。

僕は、全身を恐怖に縛められ、そこから微動だにすることができなかった。

少女は僕の目の前まで来ると、いきなり僕に抱きついてきた。

どきんと僕の胸が高鳴った。

少女の両腕が僕の首に絡みつき、華奢な全身が僕の身体にしなだれかかってくる。

その身体は柔らかく、そして、甘い臭いがするなと僕は思った。

少女は、とてもくすぐったい声で、僕の耳に囁いた。

「『ヴィ○ッジヴァンガード』から来ました、私はサイコパスです。どうか私めを、貴方のお守りにして下さい。このとおり」

少女の「凶器のような物」の感触を、僕は背中に感じていた。


    

     Ⅲ

 それから本当にあれよあれよと事態が進展して、具体的にはお店の人の通報でお巡りさんが駆けつけてきて、サイコパスはそれも殺した。

 これは、そんな不思議な不思議な物語。

 

駆けつけてきたお巡りさんは、町でも評判の優しいお巡りだったけど、どちらかというと撃ちたがりの方で、最初から拳銃を抜いて臨戦態勢だった。

「止まるな。撃つぞ!」

お巡りさんは叫んだ。

果たしてサイコパスは、小癪にも色々動き続けたので撃たれてしまった。

具体的に言うと、彼女は自らのスカートの中をまさぐっていたのだ。

ぱんぱーんと乾いた銃声が響く。

そして不思議なことが起きた。これは、不思議なことその一。

銃弾が、その人を殺す金属の塊が、サイコパスの身体をすり抜けたのである。

 後方の本棚にはたくさんの穴が空いた。けれどもサイコパスの身体には、傷一つ無く、一滴の血も流れてはいなかった。

可憐な少女が射殺されて、あたり一面が美しい朱で染め上げられるのを期待していた僕は、少し拍子抜けしてしまった。

お巡りさんは吃驚した。

当然の反応であった。

そして畳み掛けるように不思議なことがまた起る。これは、不思議な事その二。

それは、まずサイコパスが、高らかにその名を叫んだことから始まった。

「児童ポルノー」

そして、彼女は、弄っていたスカートから、ぺっぺけぺっぺーぺっぺけぺっぺっぺーとばかりに、その厭らしいものを取りだしたのである。

それは、まさしく『児童ポルノ』であった。

サイコパスはこれみよがしに、その写真集の特にきわどいページを開いて、見せつけてくる。

少女の肌色が(ページ)一杯に広がっていた。

僕とお巡りさんは、思わずそこから目を逸らした。

 けれどもそれは、お互いさまであった。

その時、児童ポルノの方も、はにかむように、僕らから、その顔(?)を背けていたのだから。

 スカートの中から手品のように『児童ポルノ』が出てきたことにも吃驚したけど、そのポルノが、生きていたことには、もっと驚かせられた。

児童ポルノは、しばらく宙をふわふわと漂うと、サッとサイコパスの後ろに身を隠してしまった。

「あ、こら。なんてザマですか。この腰抜け!」

サイコパスが叱り付けるが、『児童ポルノ』はおずおずとその顔(?)をのぞかせて、まるで母親に甘える子どものような声で言う。

(アグネスさん、いぢめない?)

 サイコパスは、大きな溜息を一つ吐くと、やはり子どもを諭すような優しい口調で言った。

「大丈夫ですから、出ておいで。今こそ貴方のおぞましさを、現世(うつしよ)の連中に見せつける時です」

(うん、じゃあ、僕、がんばる!)

『児童ポルノ』は、開いたページをくしゃくしゃにして微笑んだ。くしゃくしゃになった裸の少女は、その顔が少し猿に似ていた。

(てやぁぁぁぁぁぁっ)

空飛ぶ『児童ポルノ』は、猪突猛進お巡りさんに向かって行き、その顔にへばりついた。

そして、一番信じられない事態が起こった。これは、不思議な事その三である。

市民の保護者たる、本来なら子どもを守るべき立場にあるお巡りさんの、そのズボンの前の方が、こんもりとおぞましく、まるで鎌首を(もた)げる大蛇のように、盛り上がってしまったのである。

それは明らかに、小児に欲情する、悪い大人の陰茎であった。

サイコパスはすかさず、その突起物を、「凶器のような物」で切り取った。

 瞬間、凄い声が辺りに響いた。

お巡りさんの声だ。

痛そうだなーと僕は、思った。

いや違う、本当は超痛そうだなーと思ったのである。

お巡りさんは膝から崩れ落ちた。

その手で押さえている股の部分から、止め処なく(あか)いものが迸っていた」。

真新しい血が、すっかり乾ききった先ほどの猫の血痕を上塗りしていく。

「さあ、今の内です!」

 呻き、のた打ち回る、お巡りさんを尻目に、サイコパスは僕の手を取って、叫んだ。

僕は、彼女に促されるままに、犯行現場である街の本屋さんから逃走した。


外に出ると、そこにはもう濃密な夜の闇が広がっていた。

 夜気がやけに寒々しい。少し冷やしすぎだなと僕は、思う。

それにしても繋いだ少女の手は、やけに暖かくて、僕はどぎまぎしてしまう。

振りほどこうとしても、少女は固く僕の手を握り締めてくる。

「さて、坊ちゃんは、走って逃げるとお思いですか?」

 今まさに走りながら、サイコパスが僕に問うてくる。どうでもいいけど、いつの間にか、坊ちゃん呼ばわりされていた。

「え、じゃあ、歩いて逃げるの?」

 我ながら、愚かなことを言ったものだと思う。

 サイコパスは、微かに首を振ると、

「違います。飛んで逃げるのです!」

と言って、ピッと上空を指差した。

空の上では、重苦しく垂れ込める雲が、冷房都市のネオンに照らされて、極彩色に煌いている。

「夢見る心があれば、私は飛べるのです。お前には無理だけど、私にはそれが可能です。私が坊ちゃんを連れていってあげます」

そう言うと果たして、サイコパスの身体がフワリと宙に浮き上がった。勿論僕の身体も、彼女に引っ張られて、どんどん地面から遠ざかっていく。

そしてとうとう僕らは、冷房都市の天蓋をかすめるばかりに舞い上がった。


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