「そんな生ぬるいいじめはいたしませんわ」と否定したら、学園中が「確かに」と頷いて冤罪が晴れました
王立学園の創立記念パーティー――王族や名門の子弟が一堂に会する、年に一度の華やかな夜。
わたくし、リディア・フォン・アルヴェールは、学園理事や高官方への挨拶を終えて、グラスを手にひと息ついていた。
そのとき――視線を感じて顔を上げると、少し離れた場所で殿下がこちらを見ていた。
そして、まるでこの場の全員に聞かせるように、澄んだ声でわたくしの名を呼ばれた。
「リディア・フォン・アルヴェール嬢。少し話がある」
煌びやかな会場の中央で声を上げたのは、わたくしの婚約者であるアレクシス・フォン・グランツ王子。
金髪が燭台に照らされ、美しい碧眼がまっすぐにわたくしを射抜く。……一体何事ですの?
ふと見れば、殿下の隣には見覚えのない小柄な令嬢が怯えたように寄り添っていた。
「君がミレーナ・ベルローズ嬢をいじめているという噂がある。もし本当なら、婚約も考え直さねばならない」
…………
はぁ、茶番もいいところですわ。
わたくしは深紅の瞳を細め、黒髪を揺らしながら扇を優雅にあおぎ、余裕の笑みを浮かべた。
「身に覚えがありませんわ。そもそも、どのようないじめがあったとおっしゃるのです?」
すると、殿下の隣にいた淡い栗髪の令嬢――ミレーナが、潤んだ瞳で殿下を見上げ、震える声で告発を始めた。
「……す、少しぶつかっただけなのに、リディア様に足を引っ掛けられて転んだんです……! それに、わざとじゃないのに机の上の筆箱を落としてしまったら、それを投げつけられて……!」
「そうですわ! わたくしもこの目で見ましたのよ!」
後ろから取り巻きの令嬢が声高に援護射撃をする。
なるほど、証言者まで用意しているのね。ずる賢さだけは一人前のようですけど……それにしても被害の内容が地味すぎませんこと? どうせ嘘をつくなら「階段から突き落とされた」くらい大袈裟に言えばよろしいのに。
まあいいわ。さっさとこの場を収めましょう。
「すべて、でっちあげですわ」
はっきり言い切ったわたくしに、アレクシス殿下は真剣な眼差しを向ける。
「本当に、君がやったのではないのか?」
「いいえ。断じてやっておりません」
「証拠は?」
「『やっていないこと』を証明するのは不可能ですわ。……ですが殿下、わたくしの話をお聞きになって?」
深紅の瞳で会場を見渡し、あえて朗々と声を張り上げる。
「わたくしでしたら、そんな生ぬるい真似はいたしません」
「……どういうことだ?」
「例えば――故意に体をぶつけられたのでしたら、そこら辺にある花瓶を顔面に叩きつけますわ。転ばせる程度で済ますはずがありませんでしょう?」
「……」
「また、机の上のものを落とされたのでしたら――落とした者めがけて机ごとはったおします。ええ、即座に」
静まり返っていた場内に、次々と賛同の声が上がった。
「そうですわ! リディア様がそんな中途半端な嫌がらせなさるはずありません!」
「しつこく言い寄ってきた男に一度忠告なさったあと、近くにあった石を握りしめた拳で殴ってらっしゃいました!」
「わたくしも見ましたわ! お茶会で煽られた際、笑顔のまま銀のティースプーンを素手でぐにゃりと曲げて沈黙させておられました!」
「廊下でしつこく絡んできた男子生徒の足元へ、持っていた日傘を寸分の狂いもなく突き刺して黙らせていました!」
……石は握りましたけれど握って殴ってはいませんし、足元ではなく地面を刺しましたし、細部がちょっと雑なような? ……まぁ、いま否定するとかえってややこしくなりそうですわね。
「……ふむ」
アレクシス殿下は満足そうに目を閉じ、やがて朗らかに宣言した。
「なるほど。嘘をついているのはベルローズ嬢の方だな。リディアの『倍返し』は本当に容赦がないからな」
……わたくし、殿下に倍返しをした覚えはありませんけれど?
「ということでベルローズ嬢。君とそちらの証人は、虚偽告訴罪と不敬罪に問われることになる。連れて行きなさい」
あまりにも手際が良すぎる。顔面蒼白のミレーナと取り巻きは、騎士たちによって速やかに連行されていった。
「……お騒がせして失礼した。さあ宴を楽しみたまえ」
殿下が軽やかに手を叩くと、空気を読んだ楽団が再び華やかな演奏を始め、ざわめきがゆっくりと戻っていく。
それでもまだ一部の視線がこちらを探っていたが、殿下は何食わぬ顔で言った。
「人目が煩わしいな。中庭へ出ようか」
そう言って、ごく自然にわたくしの手を取る。
扉を抜けると、夜風が心地よい月明かりの中庭へと出た。
「とんだお芝居でしたわね。……あの方、そんなに鬱陶しかったのですか?」
「その通りだ。裏で色々と嗅ぎ回っていたので少し隙を見せて誘い出してみたら、あの通りさ。巻き込んですまなかったね」
「そうお思いなら、ご自分だけで解決なさってくださいませ」
「まあいいじゃないか。見せしめとしては完璧だった。これで二度と愚かな真似をする奴は出てこないだろう」
「……殿下ご自身は一切手を汚さず、わたくしの悪名を利用なさったわけですね」
「なに、君が強くてかっこいいことを皆に自慢したかったのさ」
「……お上手ですこと」
「……ちなみに参考までに聞きたいのだが、君は具体的にどうやってそれほど強くなったんだい?」
「いろいろと鍛えましたのよ。日々の基礎体力トレーニングに始まり、諸外国の格闘技を片っ端から習いました」
「……片っ端から」
「ええ。やはり、精神的にも肉体的にも相手を『いつでも制圧できる』となれば、どんな不躾な相手にも余裕を持って強気に出られるようになりましたわ」
「なるほど……(実際に手が出る機会も増えたようだが)……よし、今度私にも一緒にトレーニングさせてくれないかい?」
「まあ。喜んでご一緒しましょう。殿下をどこまで追い込めるか楽しみですわ」
「ふふ、お手柔らかに頼むよ。……ところでリディア、念のための確認なんだが」
「なんですの?」
「フォームを間違えたからといって、私に花瓶が飛んできたりはしないだろうね?」
「ふふ、それは殿下の頑張り次第ですわ」
夜風が吹き抜ける月明かりの下、わたくしたちは顔を見合わせてクスリと笑い合うのだった。
2026/8/5
誤字報告ありがとうございます。修正適用させていただきました。




