それしか
掲載日:2026/05/06
納期という言葉が嫌いだ。
スマホのロック画面に、通知が積み重なっている。
【修正】
【再提案】
【至急】
電源を落とす。
暗くなった画面に、無表情な自分の顔がぼんやりと映り込む。
初稿のラフの面影は、もうほとんど残っていない。
理由もなく差し戻されるたび、私の引いた線は薄くなっていく。
夜になっても手を止めなかった頃がある。
描いているあいだだけ、時間が消えていた。
今は、白紙のまま時間が過ぎていく。
家に居ても――スケッチブックをバッグに押し込み、外に出た。
公園の芝生に腰を下ろす。遠くから子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
手にした鉛筆が、ひどく重かった。
「見て!」
唐突に差し出された画用紙には、鼠色の丸い鳥。
遊具は端に追いやられていて、その隅で、小さな人が笑っている。
「どうして笑ってるの?」
子供は少し考えて、肩をすくめた。
「それしか描けないから」
紙の上の笑顔を見る。
「……上手だよ」
「うん!」
子供は私に画用紙を押し付けると、走っていった。
膝の上の絵を眺め、自分の白紙をその上に乗せた。
鉛筆の先が、紙に触れる。
細い線が引かれる。
震えている。
それでも、その線から目を逸らさなかった。




