31.幸子、“お母さん”である前に
マドカさんはクッションを抱えたまま、少しだけ照れくさそうに笑ったが、ふと我に返ったように、きょろきょろと周りを見回した。
「……あの、サチコは?」
「サチコちゃんなら、絵本を読んでいたら寝ちゃったから、お昼寝スペースに寝かせてきたわ。
もちろん、施設の人が見てくれているから安心して」
そう伝えると、マドカさんはほっとしたように「そうですか……」と呟いた。
そして、唇をきゅっと結ぶと、私をまっすぐに見つめ、ゆっくりと頭を下げた。
「ミレイさん、サチコと遊んでくださってありがとうございました」
「あら、私のほうこそ。サチコちゃんと絵本が読みたいってお願いしたのよ? こちらこそ、ありがとう」
それを聞いたマドカさんは、一瞬きょとんとしたあと、ふふっと小さく笑った。
マドカさんの笑顔は、どこか安心したようで、それを見ているだけで、こちらの胸もほっとあたたかくなった。
けれど、その笑みがほんの一瞬揺らぎ、マドカさんはぽつりとつぶやいた。
「……私、最近おかしいんです。
さっきだって、サチコはただ私に絵本を読んでもらいたくて話しかけてくれただけなのに……少しでもサチコが思った通りにしてくれないと、すごくイライラしちゃうんです」
「そっか……」
私がそう返すと、マドカさんはゆっくりと頷いた。
「そんな自分が、すごく嫌です……。
サチコはまだ3歳で、できないことが多くて当たり前だって分かってるんです。
なのに、いつもイライラして、感情的になってしまって……優しくしたいのに、うまくできなくて……どうしてこんなに余裕がないんだろうって。
“お母さん”失格ですよね」
マドカさんの声は、かすかに震えていた。
不安と罪悪感と疲れが、混ざり合ったような表情。
私はそっと自分の膝の上に手を重ね、ゆっくりと口を開いた。
「それって、“ちゃんとしたお母さんでいたい”って思ってるからなんだと思う」
「……え?」
「本当に何も感じてなかったら、イライラしても気づかないし、罪悪感も持たないと思う。
マドカさんは、それだけサチコちゃんのことを大切に思ってるってことだよ」
そう言うと、マドカさんはぽかんとした表情になり、目を瞬いた。
「……そんなふうに、考えたことなかったです」
「お母さんだって、人間だもん。疲れてたらイライラもするし、余裕がなくなることだってある。
でも、自分を責めすぎないで。少しずつ、できることをしていけばいいんだと思う」
マドカさんは、ふっと息を吐いて、クッションをぎゅっと抱きしめた。
「……ミレイさんは、優しいですね」
「ううん、私も昔はそうだったから」
そう言いながら、幸子だったときに──まだ子どもたちが小さかった、あの日々を少しだけ思い出す。
あの頃の私も、うまくいかないことばかりで、自分のことを責めてばかりいた。
だからこそ──
「無理しなくていいんだよ、マドカさん。今は、“お母さん”より先に、“自分”を大事にしてあげて」
静かにそう伝えると、マドカさんの目に、ほんのりと涙の光が浮かんだ。




