28.幸子、叫びと涙の中で
急な大きな声に、思わず体がびくりと震えた。
「だから、何度も言ってるでしょ! 今はお姉さんとお話中なの! 邪魔しないでっ!!」
さっきまでの穏やかな様子が嘘のように、マドカさんが怒鳴っていた。
言われたサチコちゃんは、大きな目を今にも涙があふれそうなほど見開いて──
「うわぁぁぁん!!」
泣き声が響き渡った。
視線を向けると、少し離れた場所にいた赤ちゃんも泣き出し、隣のお母さんが慌ててあやしている。
はっとして周囲を見渡すと、部屋の中にいた人たちの視線が一斉にこちらに向けられていた。
けれど、それは私ではなく、大きな声を上げたマドカさんに注がれている。
「何があったの?」とでも言いたげな、戸惑いと心配の入り混じった表情だった。
その視線にマドカさんも気づいたのか、はっとしたように顔を強ばらせ、サチコちゃんへと視線を戻す。
「……あっ。ご、ごめんね……サチコ。大きな声、出しちゃって」
サチコちゃんはぎこちなく笑い、こくんとうなずいた。
それを確認すると、マドカさんは顔を上げ、通る声で言った。
「急に大きな声を出してしまって、申し訳ありませんでした!」
その一言に、周囲のお母さんたちはほっとしたように笑みを浮かべ、「大丈夫よ」「気にしないでね」と、あたたかく声をかけてくれた。
さっき泣いていた赤ちゃんも、まだぐずってはいるものの、お母さんの腕の中で少しずつ落ち着いてきているようだった。
赤ちゃんの泣き声が次第に遠のいていくのと同じように、部屋の空気も少しずつ和らいでいく。
それでも、マドカさんの頬は赤く、目元には悔しさと疲れの影がにじんでいた。
「……すみません、本当に……最近、寝不足で。イライラしてたのかも」
ぽつりとこぼしたその言葉には、自分を責めるような響きがあった。
「サチコちゃん、それなあに?」
私は明るい声で話しかけた。
サチコちゃんはびくっとしながらも、絵本を抱えたまま、こちらを見上げる。
「えっとね、これ、読んでほしくて……」
やっぱり、お母さんに絵本を読んでほしかったのだろう。
(予想はしてたけど、やっぱり……)
そう思いながら、私はやさしく微笑んで言った。
「楽しそうな絵本だね! おばさ……お姉ちゃんも読みたいな。一緒に読んでもいい?」
危なかった。
思わず“おばさん”と言いかけたけれど、どうにか軌道修正。
サチコちゃんは一瞬きょとんとしたものの、「うん、いいよー!」と笑顔でうなずいてくれた。
私はヤヨイさんにそっと耳打ちする。
「私がサチコちゃんと遊んでくるから、マドカさんをお願い」
それからマドカさんに向き直り、笑顔で尋ねた。
「サチコちゃんと、少し遊ばせてもらってもいいですか?」
「えっ!? ……は、はい」
戸惑いながらも了承してくれたマドカさんに、「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。
そして私は、サチコちゃんと手をつなぎ、部屋の端の空いているスペースへと向かった。
ふたりで並んで、絵本を読むことにした。




