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翌朝、賢祐は本来の仕事である港湾土木の現地測量データを助手の矢島達也とともに整理していた。しかし、昨夜の地鳴りの影響か、観測塔の振動記録が異常を示している。しかもそれは地震波では説明できない周期的な呼吸のような波形だった。2人が顔を寄せて、モニターを食い入るように見つめていると、背後から声を掛けられた。
「それ、不思議でしょ?」
振り向くと、今回の調査班に同行している技術顧問の西条伸明が立っていた。西条はどこか軍人のような無駄のない物腰だった。
「これはね、ただの地盤振動や地盤沈下じゃないですよ。そうだなあ…、島そのものが呼吸しているみたいな…。ま、そんな感じですね」
西条は賢祐と矢島に対して指導するような目を見せた。
「呼吸?」
矢島が問い返す。
「ええ、地下に空洞がある。いや、正確には動脈と云うべきかな。地熱と海流がせめぎ合って、内部の圧が一定周期で変化しているんですよ」
西条の視線が鋭く光った。
「それが沈まぬ島の所以なんです」
賢祐は背筋に冷たいものが走り、昨日の祥子との通話を思い出す。
「沈まない島、地の記憶、母の血」
科学調査の結果と、霊の言葉が同じ現象を指しているような気がした。
「西条さん、そのデータ、どこへ送るんですか?」
賢祐はモニターを指差して訊ねた。
「内閣府だ。これは国の新都市構想に関わる案件なんだ」
「えっ?新都市って?」
「君はまだ知らないほうがいい。だが、この島が沈まないなら、逆に浮かぶ大地として利用できる。首都機能移転の候補地として、すでに上層部が動いているんだ」
西条の口調がしだいに横柄になってきている。
「まさか…。この島には人が住んでいるんですよ。藤吉さんや平川さんたちは、代々ここで生きてきた!」
「それがどうした? 彼らには相応以上の補償金が支払われる。あとは立ち退くだけだ」
「あなたたちは、島が生きていることを知らない」
「何だとっ?」
その瞬間、床がかすかに揺れたように思えた。
低い音が地の底から響いている。それは誰かの心臓がゆっくりと鼓動を刻むような音に聞こえた。西条は顔色を変えた。
「観測塔の反応か?すぐ現場に行くぞっ!」
表に出ると、港の向こうで黒煙が上がっているのが見えた。観測塔がある西の岬の断崖付近だ。賢祐は反射的に走り出した。矢島も驚きながらも後に続く。土砂の匂い、海水の蒸気、そして人々の叫び。崩れた岩壁の上に誰かが立っていた。吉村裕也だった。
「中澤さ~ん!塔が…、観測塔が沈んでいくっ!」
吉村が指差す先で、観測塔がゆっくりと傾き、海の方へ吸い込まれていく。金属が悲鳴のような音を上げて、海と地とともに呼吸するように波打った。その潮の中から見慣れた木の破片が浮かび上がった。大原徳治の船だ。再び、海があの船を吐き出したのだ。
「まさか…、お義父さんが…」
賢祐の喉が震えた。西条と矢島は何もできず茫然としている。騒ぎを知って駆け付けてきた湯木藤吉が傍に立って賢祐に言い放った。
「違う、あれは。呼び水じゃ。島がまた誰かを求めとるんじゃ!」
周りの空気が凍ったように感じた。潮風に混じって、かすかに声が聞こえる。
「まだ終わらせてはならない…」
それは男の声とも、女の声とも判断できない西の岬の洞窟の溝で聞いたあの声に似ていた。
吉村が顔を上げる。
「今の聞こえたか?」
賢祐は吉村に向かって頷いた。
「ええ。確かに島が呼んでいる…」




