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港の一角に設けられた仮設テントでは、地質調査班の班長山内直樹がモニターを見つめていた。スクリーンには海底の断面データが幾重もの波紋を描いている。
「これが地殻の断面?まるで生体波形じゃないか」
隣で見ている若い研究員が呟く。
「隆起じゃなく拍動ですね。周期は約七分。地盤そのものが呼吸しているようにも見えます」
山内は画面を指先でなぞった。波形の山がひとつ、岬の下で大きく脈打っていた。
「これはただの変動じゃないな。中心にエネルギー源があるように見える」
「マグマですか?」
「違う。熱源反応はない。まるで何かが意志を持って動いているようだ」
山内は後ろでモニターを見ている賢祐に気付いた。
「あ、中澤さん。あなたは大原徳治さんのご親族でしたよね?」
「はい、徳治は妻の父です」
「なら聞いておきたいんだけど、この島では古来から、海底の鼓動という言葉を使うと聞きましたが、何かご存知ですか?」
賢祐は即座に答えられなかった。言葉にしようとした瞬間、耳の奥で何かが鳴った。
「まだ終わっていない…」
低い声が潮騒に混じって聞こえる。
「いま、何か?」
研究員の一人が顔を上げて賢祐を見た。
「ノイズが…。えっ?これ?いや…、まさか?でも、これ人の声だ。海底マイクが集音しています」
テントの中に解析スピーカーの音が流れた。確かにそれは声だった。男のような、女のような、複数の声が重なり合っている。
「鎮めよ…。血を継げ…」
テント内にいる全員の背筋が凍りついた。機器のランプが次々に赤に変わり、画面が一瞬白く光った。停電かと思った瞬間、テントの外から誰かが駆け込んできた。
「中澤主任、西の岬の方角で光が上がりました!」
報告に来たのは測量助手の矢島だ。
「まるで海の底から閃いたみたいに!」
賢祐は反射的にテントの外へ飛び出した。空はすでに群青。西の岬の先端に淡い光がゆらゆらと揺れている。その形は人影のようだった。
「あ、あれは…。何ですかっ?」
矢島は賢祐に問い掛ける。
賢祐は応えられなかった。それは祥子のようにも、明子のようにも見えたからだ。
賢祐はその日も本土のホテルには戻らず、大原家で宿泊することにした。ホテルと違って、何となく祥子のイメージも残っている気がして、自分の家で寛ぐ気分が味わえるのだ。賢祐は居間の座卓を脇によけて、無理やり敷いた布団のうえで、うたた寝をしていた。微睡みのなかで波の音が近づいてくる。柔らかな声が耳もとで囁いた。
「呼んでいるのは、地でも海でもないの…。大原の血の中に眠っている記憶…」
賢祐ははっと目を覚ました。部屋は静まり返っている。ただ、床の下から微かな振動が伝わってきた。それはまるで心臓の鼓動のようだった。




