表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続 失踪の岬  作者: すみっこのラスカル
第2章 父の船が現れた
6/29

 翌日の港は騒然としていた。賢祐の指示で、午前中に海底より引き上げられ、港の桟橋まで曳航されてきた徳治の船の周りには、漁協関係者と港湾局の職員、そして地質調査班の作業員が集まっている。その中には町の巡視員吉村裕也はもちろんのこと、湯木藤吉や平川夫妻の顔も見える。賢祐の後ろから声を掛けられた。

「またお越しになったんですね、中澤さん」

振り向くと、平川夫妻が笑顔を見せていた。

「あ、こんにちは。ご無沙汰しています」

賢祐も笑顔で返した。

「ええ、今回は仕事なんですけどね。平川さんはお二人ともお変わりなく?」

平川由美子はかすかに頷いた。

「このあいだ、港でこの船が見つかったって云ってたのに、また消えてしまって…」

宏太は賢祐に顔を向けた。

「ええ、お電話いただいた件ですよね」

賢祐も首を縦に振りながら応えた。

 「間違いありません。登録番号K‐0721、船体寸法も一致しています」

港湾局の若い調査員が報告した。しかし彼の声はどこか上ずっていた。目の前の船は、どう見ても大原徳治が乗っていた古い木造船ではない。艶やかな灰色のFRPの船体、最新式の舵輪。しかも製造プレートには【製造日 2025年7月】と刻まれていた。

「そんな馬鹿なっ」

横で見ていた巡視員の吉村が叫んだ。 

「1年以上前に、あの船は沈んだんじゃ。それが、まだ造られとらん年号をつけて浮いとったんかっ」

湯木藤吉も誰に云うでもなく声をあげた。

「模造船?ということですか?」

ひとりの調査員が問い掛けると、藤吉が首を左右に振った。

「いや、あの舷側の傷…。あれは徳治の船のもんじゃ。網を引いたとき、舫を引っかけて付いたやつだ。わしが覚えとる」

その場の空気が一気に重くなった。誰も次の言葉を発せないまま、潮風だけが乾いた音を運んでいた。吉村は恐る恐る船体に手を触れた。ひやりと冷たい…。にもかかわらず、指先の下で微かに脈打つような感触がした。

「いま?動きましたか?」

吉村が隣にいた港湾局の職員に問い掛けた。

「いや、風か…?」

吉村が顔をしかめた瞬間、船の周りに磁気測定のケーブルを沈めて調査していた地質調査員が叫んだ。

「磁気反応が上昇していますっ!値が…。いや、これはおかしい!」

測定機の針が乱高下している。

「この反応、海底じゃなくて船体の直下から出ていますよっ」

全員の視線が船へ向いた。船体の真下?まるで心臓が打つように、泡が周期的に浮かび上がっている。

「こりゃあ、潮の動きじゃねえ…」

藤吉が後ずさった。

「こいつぁ…。島が息をしとるんじゃ」

測定機の警報が鳴り止まない。調査員たちは慌ててケーブルを引き上げ、港湾局員は連絡を取り合いながら機材を撤収した。賢祐はその様子を見つめながら、胸の奥で小さく波のざわめきを聞いた気がして、独り言のように呟いた。

「また始まったのか…」

宏太も横で頷く由美子を見ながら渋面を作った。

「大原さんのあんな船を見ると、この島、また何かが起きる気がしてならんのです」

 夕刻になって、政府の調査班が島に到着した。防衛庁、国土地質研究所、内閣府危機管理局。小さな島に異様なほど厳重な立ち入り規制が敷かれ、定期フェリーは運休になり、島内住民は自家用船などを使って、島外へ出ることも禁止された。港には見慣れぬ大型機材を積んだトラックと、黒塗りの車両が3台。そのうちの1台のドアが開き、防衛庁の腕章をつけた悪人顔の男が降りてきた。その男は周囲を見回すと、無表情のまま拡声器を口に当てた。

「申し訳ありませ~ん。ここから先、立入は制限されますっ!地盤異常の観測のため、外部の方はできるだけ港の外へ出てくださ~い」

賢祐の本来業務であった【防波堤修繕の伴う地盤測量】の代わりに耳にするのは、地殻隆起、沈降予測、マントル変動などなど…。土木に関わる賢祐でさえも、普段耳慣れない単語ばかりだ。測量助手の矢島達也が両手を広げて苦笑の表情だ。

「主任、どうします?これ?」

「う、うん。そうだな。どうしようもないなあ、これだと…。岸田部長に報告して、指示仰いでみるよ。僕たちだけじゃ判断できないしな」

賢祐も困った表情を浮かべて首を傾げた。

 そんな騒ぎのなか、賢祐は久しぶりに藤吉に会い、笑顔を見せて挨拶した。

「湯木さん。ご無沙汰しておりました。お変わりありませんか?」

夏に経験したあの出来事以来だ。藤吉は口を歪めながら短く息を吐いて賢祐を見た。

「わしら漁師は昔から云うとった。海の底で島が寝返りを打つってな」

藤吉は賢祐の挨拶を無視したかのように、下を向いたままひとり呟くように続けた。

「けど、それはただの云い伝えじゃと思っとった」

藤吉はさらに続けながら顔をひそめる。

「あのときもそうじゃったろ?潮が渦巻きながら、こっちへかかってきよった」

「思い出したんですか?あの時のことを?」

賢祐は下を向いたままの藤吉の肩に手かけて揺さぶった。

「ああ…。たぶん、アッコのこともな…。吉村もしばらく訳のわからん事、言うとったけど、そのうちにゆっくり思い出しよった。」

「そうですか。よかった…。よかったです。ほんとによかったです」

藤吉は喜色満面で喜ぶ賢祐にさらに続けた。

「じゃが、まさかまた起きとるとはな…」

そのとき、海の向こうで再び泡が弾けた。今度は港の中央に係留してある徳治の船の真下からだ。

地質班の一人が慌てて計器を覗き込み、大声で叫んだ。

「磁気反応っ、また上昇です! 前よりもかなり強い!」

風が一瞬止み、海が静まり返った。港にいた全員が息をのむなか、藤吉が誰に云うでもなく静かに呟いた。

「島が、息を吸うたな…」

「湯木さんっ、どういうことですか?」

いまの藤吉の言葉は、2カ月前の出来事を経験している賢祐には何となく理解できたが、敢えて訊ねてみた。が、しかし予想通り、藤吉からの返事はなかった。ただ、海の奥底から何かが目を覚ますような気配が確かに感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ