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祥子は礼佳のシングルベッドのうえで、狭さを我慢しながら添い寝をしていた。市販の解熱剤が効いたのか、午後からは礼佳の熱も下がって、病院へ行くこともなく、祥子も礼佳の横で少し微睡んでいた。再びあの波の音が聞こえる。夢と現の境が曖昧で、窓の外から吹く風にも潮の匂いを感じている。隣で礼佳が寝返りを打った。ベッドから落ちないように、その手を取ろうとした瞬間、祥子の掌に冷たい感触が伝わった。潮だった。礼佳の指先が濡れている。祥子は息を呑んだ。その瞬間、部屋の空気が静止する。耳の奥で懐かしい声がした。
「呼び戻されているのは、賢祐さんだけじゃないのよ」
母明子の声だった。祥子は目を見開いた。目の前の礼佳はうっすらと目を開けている。夢の中で何かを見ているような瞳だった。
「ママ、また、あの場所が呼んでるよ…」
祥子は礼佳を抱き締めた。その腕の中の温もりは遠くの波と同じリズムで揺れていた。
その日の夕食は、米から白粥を焚いて、礼佳に食べさせた。意外と食欲があるようなので、祥子も一安心してベッドに入ることができたが、念のため夫婦のベッドで礼佳と一緒に寝ることにした。
部屋の隅で、誰かが立っている気配で目が覚めた。時計の針は深夜二時を指している。 「誰?礼佳?」
応えはなかった。礼佳は横で眠っていた。ただ、窓の外から潮騒が聞こえた。海から遠く離れた都会で、潮の音が聞こえるはずがない。礼佳は薄目を開けているようにも見えたが、突然寝言のように口を開いた。
「ママ…、おじいちゃんが、呼んでるよ」
祥子の血の気が引いた。
「おじいちゃんって?ママのお父さん?」
礼佳はゆっくりと頷いた。
「戻っておいでって。まだ、終わってないって」
その瞬間、窓の外の夜空が白く閃いた。雷でもない、月光でもない。潮のような光が部屋を満たし、祥子はとっさに礼佳を抱きしめた。
「礼佳、見ちゃダメよ!絶対に目を開けちゃダメっ」
礼佳は首を左右に振って微笑んだ。
「もう見えてるよ…。ほら、ママもあの場所見てるから…」




