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続 失踪の岬  作者: すみっこのラスカル
第1章 母が呼んでいる
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 秋の朝の光は夏よりも薄く、どこか冷たく感じてしまう。賢祐はオフィスの窓から射す陽を遮るようにブラインドを下ろし、モニターを見ながらタイピングする指を止めた。コンピュータの横には瀬戸内沿岸の地盤調査資料が並んでいる。来週から始まる出張の行き先を確認して思わず息を呑んだ。その測量リストの中に、妻祥子の生まれ故郷であるあの島の名前があったのだ。

 賢祐は港湾土木会社で地盤測量を担当しておよそ10年。海は仕事の一部でしかなかったが、いまは違う。あの夏の出来事以来、あの海の向こうに何かを置き去りにしてきた。それに先日、マート・ヒラカワの店主平川宏太から祥子にかかってきた電話も気になる。沈没して解体したはずの義父の船が桟橋で目撃されたあと、また見えなくなったという。一年前に転覆して沈んだはずの船が再び港に現れて、それは昨日まで使われていたような状態だったという。しかも翌日には、その船が跡形もなく消えてしまったらしい。

 資料を閉じ、コンピュータのモニターに目を移そうとしたとき わずかに潮の匂いがした気がした。このビルはエアコンで快適な環境は維持され、窓が開いている場所などないはずだ。それなのに鼻の奥に微かな海藻と潮の混じった匂いが残る。首を傾げながら業務を続けていると、測量部長の岸田治朗から呼ばれた。

「中澤くん、例の港湾局の地盤調査なんだけど、ちょっと時間が掛かるかもしれないが頼めるかな?本社じゃ人手が足りないんだ」

賢祐は小さく頷きながら応えた。

「ええ、構いませんよ。ちょうど現地を確認したいと思っていたところでしたので」

「おっ、そうかそうか、じゃあ、本社にそう伝えておくからよろしく頼む。」

岸田はほっとしたように笑顔をみせた。

その夜、賢祐が帰宅しても祥子の顔は冴えなかった。礼佳は微熱があるとのことで、額に冷たい湿布を貼って、いつもより早く寝かされていた。

「礼佳、大丈夫なのか?」

賢祐は心配顔で祥子に訊ねた。

「ええ、大丈夫だと思うんだけど、明日もまだ熱が下がらないようだったら、病院へ連れていこうと思ってるんだけど…」

「うん、そうだな…。そうしてくれるかな。悪いけど頼むよ」

部屋の空気はしんとして、時計の音だけが響く。

「それで、島へは結局行くのね」

祥子が呟いた。今日、賢祐は出張が決まった時点で祥子にその旨メールしておいたのだ。

「仕事だから…。すぐ戻るからさ」

賢祐は無理に微笑んだ。

「そういう問題じゃないのよ。あの島、まだ終わってない気がするの」

賢祐は何も言えなかった。返す言葉を探すうち、祥子の瞳がふっと遠くを見ているのに気づく。その視線の先には、カーテンの隙間から見える夜の月が見える。それは白く冴え、海を思わせる光を放っていた。



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