エピローグ
数か月後、島には静かな日常が戻っていた。沈んでしまった観測塔は再建されたが、その規模は縮小され、管理は島の町議会が行うことになった。内閣府が持ち込んだ観測機器などはすべて残されたものの、町議会の監視のもとで監査委員会が設置され、その使用方法などは厳しく制限されることになった。首都移転計画は公式に棚上げされ、公開文書のなかでは倫理的検証が進められているとされた。
死亡した西条については、議論が続いていた。その死の意味は複雑だった。西条が分析し、作成したデータは公にされて、科学界には新たな課題が投げかけられた。良識ある人たちは彼の行為を贖罪の選択として語る者もいれば、過ちの犠牲として批判する者もいた。いずれにしても西条伸明の名は島の物語の一部として刻まれた。
中澤祥子は時折、夕暮れの桟橋に立ち、遠い海を眺める。中澤礼佳は島内の小学校へ転校して町の子供たちと遊び、時に海の浅瀬で小さな貝を拾ったりしている。中澤賢祐は現職をリモート業務で継続している。島の地形と呼吸が共存するため、それを可能にさせる図面を描き、技術的工夫を考え続けている。湯木藤吉は漁師を廃業し、穏やかに余生を過ごすとのことで、集落の祠に静かに手を合わせ、科学と民俗が互いを尊重し合う祈りを捧げている。吉村は内閣府と警察庁からの要請で観測塔の管理を含めた巡視業務全般の責任者となって、町議会から委任された3名の係官を指導、管理することになった。平川宏太は妻由美子とともにマート・ヒラカワを変わらず営んでいる。聞けば、宏太は次期町議会選挙に立候補するらしい。
その夜、海面は穏やかで、そこには月が鏡のように映し出されて輝いていた。礼佳は賢祐と祥子に連れられて、海岸通りの浜辺に来ている。
「ママ、これ、このまま海の巫女さんに返すね」
礼佳は頭を上げて、上目遣いで祥子に問いかけた。
「うん…。そうね」
祥子は礼佳の両肩を抱いた。賢祐はそんな二人を優しい目で見つめている。礼佳は小さな潮壺と貝殻の針が取り付けられた木札をその緩やかな波間に浮かべる。それらは重なるように揺れながら流れていくと、そこからほのかな光が漏れ、波がそれを包んでいった。祥子が耳を澄ませると、微かな鼓動が声のように聞こえてきた。
「またね…」
礼佳は小さく呟いた。
〈ドォーン〉
島は応えた。低く、確かに、安らかな一拍を打った。それは終わりではなく、継承の始まりなのかもしれない。人の世はいつか忘れられてしまうが、海はその記憶を失わない。潮は満ち、また引く。この島には守るべき者たちが残った。島と共に呼吸を続けるために。
おわり




