2
祥子も声を震わせながら続いた。
「島は血を欲しがっているんじゃないの!覚えてほしいだけなのよ。ここに…、この島に人々が住んでいることを」
祥子も涙を流しながら礼佳の肩に手を置く。
「礼佳…」
「ママ、大丈夫だよ。礼佳は行くけど…。必ず戻るから…」
岩塊に腰を下ろした祥子は、礼佳の言葉に頷きながら港の漁具納屋で行った所作を再び始めた。古い潮壺を膝に置き、礼佳はその横で木札に貝殻の針を取り付ける。祥子はそれをゆっくり撫ぜて、何かを導き出すように低い声で、呪文のような岬の祈りを唱え始めた。それはとても女性の声とは思えないぐらい荘厳さを纏っていた。礼佳はゆっくり岸壁の脇へ戻りながら黒い眼に向かって針を付けた木札を向けた。その瞬間、天井から真っ白な閃光が光り、周りは朝陽が昇ったように明るく照らされた。藤吉たちは言葉をなくしたまま、それらの行為を茫然と見つめるしかなかった。藤吉が賢祐に向き直って、その沈黙を破った。
「ほら、これがお前んところの血脈じゃ。わしが徳治から聞いていたアッコ、ああ、明子さんな、あんたのところの血筋じゃ」
祥子はまだ呪文を唱えながらも頷いている。その後ろで吉村と宏太も不思議そうな顔付きで見ていた。礼佳と祥子は手を握り合って祈り続けている。島の呼吸はゆっくりと、しかも確実に落ち着き始めた。洞窟の壁に走る光筋が、柔らかな脈に変わっていく。黒い眼はゆっくりと閉じるように収縮し、深部へと光を引き戻していった。岬下の海面は静かに沈み、波紋は穏やかに解けた。宏太は藤吉が問うより早く、ぽつりと呟く。
「大原の血が呼ばれてるんだ…」
吉村も張り詰めた表情で宏太を見た。藤吉が眉根を寄せる。
「島は血を覚えとるな…。迎え入れる血と拒む血とがあるんじゃ。礼佳ちゃんがここへ引かれたのは、島が次の守り主を求めているからじゃろう」
賢祐は声を失った。
「じゃあ、祥子がここに来たのも?」
宏太が思い出したように賢祐に振り返る。
「同じことだよ。大原家の明子さんの血はこの島の巫女として、核に触れられるって、うちの由美子も聞いたことがあるって…。サチはあの明子さんの子供だからって言ってましたよ」
藤吉は海を見ながら呟いた。
「だから、ほかの誰も、あれには近づけないんじゃ…」
礼佳は潮壺を掲げ、核へ向かって岬の祈りを祥子に代わって唱え始めた。それは記憶を呼び起こす語りのようだ。藤吉が膝をつき、地面に手を当てる。
「聞いてくれ、島よ」
この子たちは大原の血脈を受け継ぐものたちじゃ。お前を奪うために来たんじゃねぇ。お前と生きるために来とるんじゃ」
吉村は計測器を放り出し声を張り上げる。
「島の振幅が下がってる!同調が逆位相に移行してる!」
「そうか…。俺は間違えていたのか…。君が正しかった…」
西条は端末の前で崩れ落ち、ひとり呟きながらその場の岩礁に溶け込むように消え去ってしまった。
しばらくすると、核の光が一気に収束していき、洞窟全体が深い吐息をついた。島の鼓動はゆっくりと静まっていった。内閣府が設営した臨時テントのなかでは、調査機器の表示値は正常に戻りつつあった。緊急ランプは正常範囲へと戻り、振動観測器の針も振幅を小さくした。
「島全体の振動も、海面の異常波形も収まりつつあります」
政府の担当者は胸を撫でおろしなら報告している。内閣官房が招集した技術者たち、とりわけ地質調査班の班長山内直樹は、ただ無言で立ちすくんでいた。やがて、無線の向こうで上層部の静かな声が聞こえた。
「作戦中止だ。撤収する!」
1週間後には、正式に計画の凍結が発表された。大きな発表文は整えられ、国家は表向きには「技術的な不備」としたが、現場にいた者たちは皆、別の出来事としてその名称を確認していた。西条の吐き出したデータが、公文書の裏にあった真実を暴いたのだ。




