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賢祐たちは藤吉の船で西の岬の岸壁へきている。以前来たときのように、海が荒れることもなく、波間はずっと凪いでおり、スムーズな航行だった。賢祐はこれも礼佳や祥子の持つ黙示のようなもののせいなのかと改めて我が妻子を見つめた。藤吉はそんなことは気にも留めず、手慣れた様子で岸壁の割れ目に船を操り、平坦な場所へ係留させた。
「ここから岸壁を登るけど礼佳ちゃん大丈夫かな?」
先頭に立っている吉村が礼佳に振り向いた。
「うん、大丈夫っ、早く行かなきゃ」
礼佳は祥子に手を引かれながら応えた。
「後ろで見てるから、心配しなくていいよ」
賢祐は笑顔で2人に声を掛けた。この岸壁の登り坂でも、以前賢祐が足を滑らせそうになった場所も難なく通り過ぎて、一行は洞窟の入り口近くに到着した。
「わーっ!あ、あれは何だっ!」
先頭の吉村は右手で指差して叫んだ。
「あ、あれは…。前にも見た…。調査艇でも見た…。あいつが西条さんを取り込んだんだ」
賢祐は藤吉に目を向けた。
「そうか、そうじゃな、外の者には容赦なかったんじゃな…」
その入り口ではあの黒い眼が瞬きを2~3度繰り返してこちらを睨んでいた。
潮と砂、それに熱も混じった妙な匂いが肺の奥を刺す。黒い眼の脇を通り抜けると、その洞窟の壁は微かに脈打ち、まるで生き物の内臓を進んでいるかのようだった。
藤吉が先頭に立つ。腰を低くし、岩壁に手を当てながら、島の鼓動を測るように歩く。
「来とるな…。さっきより脈が速い」
その声に後方の吉村が即座に応じた。
「計測でも一致して、低周波が上がっています。このまま政府の装置が同調を始めたら暴走しますよっ」
洞窟の奥から、低く濁った唸りが響いた。地鳴りではない。意思を持った声だった。
「怒ってる…。でも何か違うよ」
礼佳が祥子に向かって呟いた。小さな身体が風に晒された草のように揺れている。祥子が礼佳を抱き寄せる。
「礼佳?」
礼佳が祥子を上目使いで見て呟いた。
「怒ってるのは人じゃないよ。無理やり縛ろうとしてる…」
突然、天井の岩盤が音を立てて崩れ、鋭い破片が降り注ぐ。それを見た宏太が叫んだ。
「危ないっ!伏せろ!」
賢祐が身を翻して礼佳と祥子を庇う。岩片が背中をかすめ鈍い音が響いた。
「大丈夫ですかっ!」
宏太は歯を食いしばり立ち上がり、吉村が叫ぶ。
「何か違う!これは選別だ!核に近づく者を篩いに欠けてるんだ!」
それを見て藤吉が両手で拳を作って振り挙げた。
「この島はまだ動ける。わしらを殺そうとはしとらん。このまま行ける。大丈夫じゃ」
さらに奥から重い衝撃波が押し寄せた。空気が歪み、耳鳴りが走る。その衝撃のなか、人影が現れた。それはふらふらとよろめきながらも、制御端末を抱えていた。顔色は土気色で、目だけが異様に冴えている。調査艇回収の際に死亡確認されたはずの西条伸明だった。賢祐が大声で怒鳴る。
「西条っ!もうやめろっ!島は制御できるものじゃないっ!」
西条は一瞬笑ったように見えた。
「分かっている。だから俺が止めに来た」
西条は端末を地面に置き、ケーブルを洞窟の岩盤へ突き立てた。
「俺は…。見たんだ。この島は都市を支える基盤なんかじゃない。人の傲慢を跳ね返す境界そのものだってことを」
洞窟が激しく震える。吉村が叫ぶ。
「西条さん!それ以上接続したら、あなたが!」
「構わんっ」
西条は祥子と礼佳母娘を見た。
「君たちか?大原の血脈を受け継ぐものというのは。君たちが鍵だ。しかし鍵だけじゃ足りないんだ。閉ざすための代償が必要になる」
島の核から眩い光が噴き上がった。礼佳が一歩前へ出て、涙を流しながら叫んた。
「やめてっ!」




