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海が最後の深呼吸をはじめたのは、夕暮れ前のことだった。政府は技術と武力を合わせ、断面図に示された都市基盤軸へ突入しようとしていた。しかし地形自体が生き物の皮膚であり、切り込むたびにその血液で再生されるような抵抗を示した。装置はたちまちノイズに覆われ、電磁補正は効かなくなる。内閣府の技術者たちは慌てふためき、その作戦に綻びを見せながらも、司令部の指示が入る。
「予定通り、周波同調を開始するっ!」
一方、湯木藤吉は賢祐たちが西の岬へ行くのなら見せたいものがあると、港通り脇の漁具納屋に来ていた。藤吉がみんなに見せたのは、木製のお札、貝殻で作られた小さな針、澱んだ匂いを湛えた潮壺だった。藤吉はそれを礼佳に渡した。
「これはな、血を持つ者が、島の記憶に触れて調律する道具じゃ。アッコが亡くなったあと、徳治から預かってたんじゃ。自分に何かあったときは頼むと…」
礼佳は手を震わせながらそれらを受け取り、島の脈に合わせるようにして木札を撫ぜた。唇が動き、古い言葉のような低い響きを潮壺に向けた。それは瞬く間に通常では説明できないような位相みたいなものに変化した。
内閣官房チームの観測装置を意図的にオンにしたが、装置のカーブは瞬時に歪み、正弦波は滑り落ちていく。制御信号は島の内部の有機的位相によって干渉を受け、暴走に近い反応を示している。島の鼓動を止めることはできない。しかも試すように圧力を上げてきた。賢祐たちが臨時テント側の海を見ると、髪は海藻のように濡れて畳み込まれ、ぎこちない動きの人影がゆっくりと現れた。表情は消えかけている。器材の線路に向かって這い寄り、真っ直ぐにテント内の制御卓へ手を伸ばした。誰も止められなかった。
「や、やめろっ!やめるんだっ西条さん!」
賢祐は大声で叫んだ。まさにその影は行方不明の西条だった。西条は振り返ることなく、むしろ満足そうに笑みを浮かべたように見えた。その目は科学者としての狂気でも、贖罪でもない、何か鋭い鎮静が宿っていた。
「これを止めるのは、人間だけじゃないんだ…」
西条は低く呟いた。
「私はここを見たんだ…。島が壊されるのを許さない。これを止めるには…」
彼は自らの身体を制御卓へ預けるように押し当て、装置のノイズに身を晒した。計器のダイヤルが赤く振れ、外部への送信ログが乱れたまま、最後にひとつのデータが吐き出された。それは西条が観測した島の真相のコア部分だった。その直後、彼は力なく崩れ落ち、胸の動きはゆっくりと止まった。
「西条さん!」
駆け寄ろうした賢祐に藤吉が両手を出して防いだ。西条の身体は既に冷たく、海の匂いが深く染みついている。顔には安らぎのようなものが見えた。それは耐え難い犠牲だった。吉村も宏太もただ茫然と見つめるほかなかった。
しかし、その犠牲はただの結果ではなかった。西条が残したデータは一般社会へ一斉に露出し、政府が目論んだ計画の正体を暴く材料を与えることになった。




