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目の前の海面が螺旋状のスプリングが逆回転するように渦を巻いている。祥子が礼佳を抱き締めながら海に目を凝らしていると、縦に白く光る線上の光が走った。それは空からではなく、海底から伸びてきた光の柱のようだった。藤吉が両手を胸の前で握りしめる。
「出るぞ。島の喉元じゃ。ここから息を吹き上げるっ」
海面が盛り上がる。それは波ではなく、何かを押し上げていた。礼佳が小さな声で囁く。
「パパと…それからパパじゃない人も」
祥子は礼佳の肩を抱く。海面で泡が弾けて破裂した。
〈ドォーン〉
白い柱のように海水が吹き上がり、その中に黒っぽい影が一瞬浮かんだ。宏太が叫ぶ。
「あれを見ろっ!調査艇だ!沈んだはずの〈かなた2号〉だっ!」
それは残骸ではない。破損もせず原形を保ったまま、海が直接押し上げていた。
「何か張り付いとるぞ!あれは?人だっ」
吉村が目を凝らす。〈かなた2号〉の上部にめり込むように何かが張りついている。髪は海藻のように垂れ、脚はぐにゃりと反り返っている。藤吉が唇を噛む。
「西条じゃ。姿は残っとるが…。あれはもう人じゃねえ」
祥子は恐怖に身体を強張らせながら、その調査艇を見た。その影は人の形を留めながらも、海の光と同じ色に脈動している。礼佳が祥子の手を強く掴んだ。
「ママ、あれ、たぶん…、島に取られちゃった人だよ…」
「西条さんが?」
「ううん、違うよ。島に触った人はみんなああなるの…。だからパパを早く呼ばなきゃ…」
祥子は腰を折って、礼佳の目線に合わせて聞き返した。
「呼ぶって?」
礼佳が頷く。
「ママの声とあたしの声じゃなきゃ…。パパ、帰ってこられないよ」
海面の上で〈かなた2号〉が最後の水柱に押し上げられるように、岬下にある僅かな砂浜の近くまで浮上してきている。その内部には賢祐がいる?
「おーい!岸に寄せるぞ!早よう引き上げんと、島の二度目の呼吸でまた呑まれる!」
藤吉がみんなに向かって叫びながら、舞台岩から駆け下りた。海が低く唸る。次の吸い込みが迫っている。祥子は礼佳を抱き、手を握り合って、海へ向かって二人とも声を張った。
「パパぁ!」「賢祐さーん!戻ってきてぇ!」
海底で呼んでいた声とその叫びが同時に重なった。海面が揺れる。艇の窓に賢祐の影が動いた。礼佳が震える声で呟いた。
「パパ、聞こえてるよね?」
「嘘だろ…。沈んだんじゃなかったのか?」
岸壁で見守っていた吉村が半ば叫ぶように声を上げた。宏太が藤吉の船から浮き輪などの非常備品を掴んで走る。藤吉はすでに海沿いの浅瀬に膝まで浸かって、浮き上がってきた〈かなた2号〉を見ている。その船体は落下したはずなのにほぼ損傷がない。へこみも、亀裂も、擦過痕すら見当たらない。むしろ、外側には何か軟らかい膜に包まれていたような痕跡が微かに残っていた。〈かなた2号〉のハッチが開いて、賢祐と浦井が姿を現した。
「賢祐さん!」
「パパっ!」
祥子と礼佳が同時に叫ぶ。
「祥子!礼佳!」
賢祐も叫びながら艇から飛び降り、浜辺に駆け寄った。3人はお互いを抱き合いながら賢祐の無事を喜んだ。
「じゃあ、これ、ワシの船で港まで曳くから、喜び合うのはそれからにしてくれ」
藤吉は引綱を取りながら手を上げた。
「みんな早う船に乗ってくれっ」
海からかすかに響く、あの低い脈動が聞こえた。
〈トン、トン〉
海底の奥で島が心臓を動かしているような重い拍動だ。
「いま、聞こえました?」
浦井が賢祐に顔を向けた。
賢祐が頷くと、先に藤吉が応えた。
「ああ、聞こえたとも。もう隠せんな。いま島が吐き出したんじゃ」
「吐き出した?って?中は空っぽってことかよ?」
宏太の声が震える。




