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「おお、航平っ、ご苦労じゃったな。途中の海は問題なかったか?」
藤吉が手を振って笑顔を見せた。
「湯木のおやっさん、ご無沙汰してます。ま、問題ないと云えばそうなんですが、ほんとは港へ行こうとしたんですけど、ここへ無理やり引っ張り込まれたんですわ」
航平はちょっと困ったような顔を向けた。
「えっ?そうなんか?」
藤吉も同じような顔つきになって腕を組んだ。
「やっぱり、呼ばれとるな…」
藤吉は独り言をいうように呟いてから続けた。
「まあいい…。それより航平っ。海が凪いでるうちに戻ってくれ。こいつら全員、ワシが連れて帰るから心配せんでええ」
片手に大きなボストンバッグを提げ、もう一方の腕で少女を抱えて船を降りてきた祥子は3人に笑顔を向けた。
「みなさん、お元気そうで何よりです」
最初に宏太が困ったような顔で応えた。
「祥子さん…、なんでまたこんな時に…」
「中澤さん…、戻ってきたんですか…」
吉村も宏太と同じような顔しながら頭を下げる。しかし、藤吉だけが異様な潮の動きに目を奪われていた。礼佳はその潮を見ながら藤吉を見た。
「おじいちゃんじゃないけど…。でも島の声、知ってる人だね」
藤吉は思わず背筋を正して呟く。
「この子は巫女の血筋に触れてるな…」
「ママ、下で、動いてるよ…。おじいちゃんの船の音じゃないけど…。動いてる。もっと深いところで、息の音がする…」
風が止まり、海面が静かに反転するように盛り上がった。藤吉は祥子へ向き直り、低く告げた。
「あんたらの血筋が、また島を目覚めさせとるんじゃ。島は外の人間に触れられるのを嫌っておる」
祥子は息を呑む。
「外の人って?政府の調査班のことですか?」
「そうじゃ。賢祐と同じ班で動いていた男、あの技術顧問の西条とかいうやつ…。あやつはもう、島の懐に呑まれたかもしれんな」
祥子の顔が強張った。
「賢祐さん?賢祐さんはどこなの?」
藤吉はそれには応えず、海へ視線を向ける。海面の奥から低い鼓動音が響いた。
〈ドォゥン…ドォゥン…〉
地震の音ではない。巨大な臓器の拍動のような音だ。その鼓動に合わせて、祥子の胸に経験したことがない痛みが走った。礼佳がその腕を掴んだ。
「ママっ、もうすぐ上がってくるよ。島の核にいる人たちが…」
「えっ?島の核って?礼佳?それって…?」
祥子は礼佳の肩を抱いた。
「賢祐さん?」
礼佳は目の前の海を見ながら頷いた。藤吉は岸壁の岩肌を掌で叩きながら呟く。
「おる。島の内側じゃ。そのままじゃ戻れん」
藤吉は両手を広げて岬の頂上を見上げた。
「外の連中が仕掛けた首都移転とやらの証明を邪魔しようとしとる。この島が沈まん理由が暴かれれば…。島は潰される」
祥子が礼佳を抱きしめたまま、頭を上げて訊ねた。
「だから呼んでるって云うの?島が?あたしたちを?」
「そうじゃ。血脈というのは面倒なもんじゃな。島はあんたら、巫女の声なら聞くはず…」
祥子は自分の胸に手を当てた。母、明子の声がまだ胸の奥で囁いている。
「戻るの…。迎えに来て…」
岬の真上の空が稲光のように白く光った。海面がゆっくり割れ、地の底から一筋の泡の柱が立ち上がる。礼佳が両手を上げて前へ突き出しながら目を見開いた。
「来るよ。帰ってくるよ。パパとだれか、もうひとり…」
祥子の全身に冷たく長い戦慄が走った。




