三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・後編】
声劇台本:三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・後編】
作者:霧夜シオン
所要時間:約35分
必要演者数:最低7人
(7:0:0)
(6:1:0)
はじめに:この一連の三国志台本は、
故・横山光輝先生
故・吉川英治先生
北方健三先生
蒼天航路
の三国志や各種ゲーム等に加え、
作者の想像
を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた
め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事
も多々あります。
その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです
。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ
て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい
ております。何卒ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします
。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、
または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場
合がありますので、注意してください。
なお、古代中国において名前は 姓、諱、字の3つに分かれており、
例を挙げると諸葛亮孔明の場合、諸葛が姓、亮が諱、孔明が字となりま
す。古代中国において諱を他人が呼ぶのは避けられていた為、本来であ
れば諸葛孔明、もしくは単に字のみで孔明と記載しなければならないの
ですが、この三国志演義台本においては姓と諱で(例:諸葛亮)と統一
させていただきます、悪しからず。
なお、性別逆転は基本的に不可とします。
●登場人物
諸葛亮・♂:字は孔明。
臥龍と謳われる賢人。
上は天文、下は地理を悟り、六韜三略を胸にたたみ、
若いのに田舎に隠居して晴耕雨読の日を送っていた所を
劉備の三顧の礼を受けてその軍師となる。
曹操に対抗するべく孫権と同盟を結ぶべく呉へ乗り込む。
後に中国史上屈指の名宰相として名を残す事になる。
劉備・♂:字は玄徳。
中山靖王・劉勝の末孫にして
漢の景帝の玄孫を自称する。
諸葛亮と言う傑物を家臣に得るが、未だその勢力は弱い。
関羽・♂:字は雲長。
美髯公とあだ名される長い髯の持ち主で、知勇に優れた名将。
義に厚く、目上や同僚に傲岸不遜で下に慈悲深い。
桃園に義兄弟の契りを結んだ劉備・張飛と共に乱世を駆ける。
重さ八十二斤の青龍偃月刀を自在に操る。
張飛・♂:字は翼徳。
一丈八尺の蛇矛を軽々と振り回す酒を愛する豪傑。
劉備、関羽と共に桃園に義兄弟の契りを結び
、二人の義弟として乱世を正さんと駆ける。
酒による失敗も多いが、その武勇は劉備軍の中でもトップクラス。
趙雲・♂:字は子龍。
関羽、張飛と並ぶ智勇の持ち主。
袁紹、公孫瓚を経て劉備に仕える。
現在では劉備軍の武の要の一人として活躍、
長坂坡の退却戦では劉備の子を守護し、ただ一騎で
曹操軍数十万の中を駆け抜けるほどの豪胆な人物。
周瑜・♂:字は公謹。
呉の前主、小覇王孫策と同年代の若き英傑。
孫策の臨終の際に軍事を託される。
今回の戦いにあたって水軍大都督として全軍を指揮、劉備と
同盟を組んで曹操打倒にあたる。
非常な美青年で美周郎とあだ名される。
妻に当時絶世の美女、江東の二喬と謳われた小喬をもつ。
音楽にも堪能で当時の歌にも、「曲に誤りあり、周朗(周瑜)
顧みる」という歌詞があるほど。
魯粛・♂:字は子敬。
本格的に頭角を現したのは孫権の代から。
周瑜に推挙され孫権に仕える。演義では割と周瑜と諸葛亮の間
でオロオロしているイメージがあるが、正史では豪胆かつ
キレる頭脳を持つ。
徐盛・♂:字は文嚮。
孫権に仕えた、度胸と義に厚い人物。
兵の統率に優れており、少ない兵力でも敵の大軍を食い止めた
逸話を持つ。
知略にも秀で、この戦いよりはるか後年において全軍の指揮を
執り、敵軍を壊滅に追いやるほどの能力を持つが、この話では
損な役回りとなっている。
蔡仲・♂:荊州で曹操に降伏した蔡瑁の甥その1。
三国志演義における架空の人物。
蔡和と共に孫権軍に偽って降伏するも周瑜には見抜かれてい
た。
利用された挙句、最後は甘寧に斬り殺される。
蔡和・♂:荊州で曹操に降伏した蔡瑁の甥その2。
三国志演義における架空の人物。
蔡仲と共に孫権軍に偽りの降伏をするも周瑜にいいように利用さ
れ、最後は戦の神々に供える生贄として周瑜に処刑される。
孫権軍兵士1・♂:読んで字のごとく。
(役の組み合わせによっては男女不問とします。)
孫権軍兵士2・♂:同じく読んで字のごとく。
(役の組み合わせによっては男女不問とします。)
ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。
●配役例(他に良い組み合わせがあったら教えてください)
諸葛亮:
魯粛・徐盛・張飛:
周瑜・孫権軍兵士1:
劉備・蔡仲:
関羽・蔡和:
趙雲・孫権軍兵士2:
ナレ:
※演者数が少ない状態で上演する際は兼ね役でお願いします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:黄蓋が棒叩き百回の刑罰を受けた後、孫権軍本陣はどことなく
色めき立って見えた。
すでに周瑜の苦肉の策を見抜いている諸葛亮は、静かに成り行きを
見守り、次に起こる波を待ち構えていた。
諸葛亮:【つぶやくように】
さて、周瑜の策はうまく曹操を欺けたであろうか…?
!あれは、蔡仲に蔡和…!
蔡仲:【声を落として】
そろそろ曹丞相閣下に、定期報告をせねばなるまい。
蔡和:【声を落として】
うむ、今回の情報は有益なものになるぞ。
孫権軍内部はまとまりを欠き、周瑜の命に反抗した黄蓋が処罰され
、恨みを抱いていることが分かったからな。
蔡仲:【声を落として】
このぶんでは、他にも周瑜に不満を抱いている将がいるだろうよ。
蔡和:【声を落として】
おお、そうした不平分子を集めて内乱を起こさせるも良し、
一夜のうちに脱出し、曹丞相閣下の元へ舞い戻るも良しだな。
諸葛亮:【つぶやくように】
愚かな…曹操も人を見る目がない。
これほど迂闊な動きしかできぬとは…。
それゆえこちらの計略も、うまく掛かろうというものだが。
蔡瑁を討ち…黄蓋を送り込む。
連環の計は先日、ホウ統が成したと聞く。
これで曹操軍を打ち破るために必要な策、そのほぼすべてが
出そろった。
そして要の火計を確実なものとする為に、あと一つ…
蔡仲:【声を落として】
よし、では人目につかぬよう、丞相閣下の元へ使者を出す。
蔡和:【声を落として】
うむ、抜かるなよ。
諸葛亮:【つぶやくように】
風…東南の、風を。
ナレ:それからしばらく経ったある日、
曹操軍が焦触・張南を先鋒として突如襲来。
しかし周瑜は韓当・周泰に命じてこれを壊滅させる。
曹操は先鋒の敗北を耳にし、自ら本隊を率いて攻めよせるが、
何事か起きたのか進撃を中止、撤退していった。
危機を脱した孫権軍だったが、強風で折れた司令部の旗竿に、
周瑜が押しつぶされるという禍にあう。
魯粛からそれを聞かされた諸葛亮は、共にその元を訪れていた。
諸葛亮:それで…周都督のご容態はいかがですか?
魯粛:それが、いまだ重態で起き上がれませぬ…。
その為、兵の士気もひどく落ちておりまして…。
このままでは曹操の知るところとなり、そうなれば絶好の機会とし
て、総力をあげて攻めてくるに違いありませぬ。
諸葛亮:【つぶやくように】
おそらく仮病…いま周瑜の頭を悩ましているのは、
あれであろう…。
そう悲観なさる事もありますまい。
すぐに回復すればよろしいのでしょう?
魯粛:それはそうですが…。
諸葛亮:ともあれ、都督にお会いした上で。
魯粛:ええ。
【二拍】
【小声】
都督、諸葛亮殿をお連れしました。
諸葛亮:都督、大事ございませんか?
周瑜:おお、諸葛亮殿、近くへ…。
魯粛、貴公を除いて皆下がってくれ。
魯粛:はっ。
…特に外傷らしきものはないのですが、薬湯を飲もうとすると
吐き気が突き上げ、身体を動かすと頭が混乱すると申されて…。
諸葛亮:都督、何がご不安なのですか?
わたくしの見るところ、お体にはこれと言って異常は見られませ
んが…。
周瑜:不安…不安は何もないが…。
諸葛亮:ならば立てるはずでございます。
周瑜:いや、枕から頭を起こそうとしても、すぐ目まいがするのだ…。
諸葛亮:それすなわち、心の、気の病というものです。
都督を悩ましているものを取り除く、良薬を差し上げましょう。
魯粛:そ、そのようなものがあるのですか?
諸葛亮:ありますとも。
一服用いればたちどころに快癒いたす事、間違いございませぬ。
魯粛:おお、ぜひお願いいたします!
周瑜:願わくば私の、いや、呉の国の為にどうか一服いただきたい。
諸葛亮:承知しました。紙と筆をお貸しくだされ。
【つぶやくように】
十一月に数日間だけ風向きが変わる日があるが…
今年に限ってそれがまだ来ておらぬ。
となれば、遅くともあと数日以内にはやってこよう…
どうぞ、都督。
周瑜:!!
【つぶやくように】
曹操を破らんと欲すれば、すなわち火計を用いるべし。
諸事用意万端に備われど、ただ東南の風を欠くるのみ…!
諸葛亮:いかがですかな?
これが都督の病の根源でございましょう。
周瑜:【溜息】
さすがは諸葛亮殿、見抜いておられたか。
しかし、今は十一月ゆえ北西の風しか吹きませぬ。
もし火を放ってもこちらには向かい風、
我が軍にも被害が及ぶ可能性がある。
事はすでに急を要しているが、天候は意のままにならぬ。
いかがすればよいかと、日々悩んでいた次第です。
諸葛亮:それならば良い方法があります。
昔、幼い頃に異人から八門遁甲の書物を伝授されましたが、
それには風や雨を操る秘法が書いてありました。
もし都督がお望みであらばその書を用い、我らにとって追い風と
なる東南の風を起こすよう祈ってみましょう。
周瑜:な、なに、そんなことが可能なのですか!?
魯粛:都督、ここはひとつ、その秘法を試みていただいては…。
周瑜:うむ、ぜひやってみていただきたい!
諸葛亮:わかりました。
来たる十一月二十日に天を祭れば、三日三晩の間に東南の風が
起こりましょう。
祭壇を南屏山の上に築いてくだされ。
周瑜:承知した。
魯粛、すぐに兵を動員し、昼夜を問わずとりかかってくれ。
魯粛:ははっ。
諸葛亮殿、祭壇が出来ましたらお知らせします。
諸葛亮:では、今日はこれにて…。
【三拍】
いよいよ大詰めか。
しかし周瑜も長年、長江流域で生活しているのだ。
この時期に風向きの変わる日があるのを知らぬはずはないが…
さすがに曹操相手の大戦ともなれば、話は違ってくると見える。
ならば最後に少々…揶揄して去るとしようか。
ナレ:間もなく祈祷の祭壇は、南屏山にその姿を現した。
諸葛亮は前日から身を清めており、当日は白の道服をまとい、
髪をさばき、素足で厳かに祭壇へ上ると、魯粛を呼んだ。
諸葛亮:魯粛殿、今より東南の風を起こす秘法に取り掛かります。
天が三日のうちに風を起こしたもうた時、即座に曹操へ決戦を
仕掛けられるよう周都督にお伝えいただきたい。
いたずらに迷ったり、時を無駄にしてはなりませぬ。
魯粛:心得ました、しかとお伝えします。
諸葛亮:皆、よく聞くのだ!
我これより、風を起こす祈祷に入る。
その間、私語はいっさい禁ずる。
また、いかなる怪しき事が起ころうとも、決して驚き騒いでは
ならぬ。
我が行と法を乱す者は斬って捨てる。よいな!!
諸葛亮・ナレ役以外:ははっ!!
ナレ:香を焚き、水をそそぎ、
宝剣を舞わし、文言を唱え、呪を切ること三度、
夜を徹して諸葛亮の祈祷は続けられた。
空が白めば祭壇を降り、天幕の内に休憩し、
日が落ちれば再び祭壇に上り、祈祷に入った。
そして三日目の夜。
諸葛亮:!
…天、我が願いに応えられたり…!
【SE:風の音】
孫権軍兵士1:!! おお…風だ!
孫権軍兵士2:生ぬるい東南の風だ!!
孫権軍兵士1:やった!
天への祈りが通じたんだ!
孫権軍兵士2:天が俺達に味方したんだ!
この戦い、勝てるぞ!!
諸葛亮役以外:【歓声・二秒くらい】
諸葛亮:皆、大儀であった!
私も天幕でひと休みするゆえ、そなたらもそのままここで
休んでいてよい!
孫権軍兵士1:ははっ!
孫権軍兵士2:ふ~っ、立ちっぱなしで辛かった…。
諸葛亮:……。
【つぶやくように】
さて、追手がかかる前に、急ぎ趙雲と合流せねばな…。
ナレ:諸葛亮は兵や祭司たちに休息を命じると祭壇を抜け出し、
迎えの趙雲が待っているであろう河岸をひそかに目指した。
一方、周瑜は諸葛亮への恐れが再燃すると、配下の徐盛・丁奉に
水陸の兵五百を授け、後顧の憂いを断つべく後を追わせたのである
。
諸葛亮:この近くのはずだが…あれだな。
趙雲!
趙雲:!おお、軍師!
よくぞご無事で!
諸葛亮:うむ、待たせた。
さて、急ぎ戻らねばならぬが…おそらく周瑜から追手がかかって
いるであろう。
護衛を頼むぞ。
趙雲:お任せを!
さあ帆を張れ!
船を出すのだ!
【二拍】
軍師、長らく他国での働き、お疲れでございましょう。
諸葛亮:いや、呉の、孫権軍の内情を知る良い機会であった。
のちのちの武器となってゆこう。
将軍こそこの後すぐに、曹操の退路へ伏せていてもらわねばなら
ぬ。
趙雲:なんの、これしきの事で疲れは感じませぬ。
!むっ、あれはもしや…!
徐盛:待たれよ!待たれィ!!
その船に乗っておられるのは、諸葛亮先生ではござらぬか!
諸葛亮:来たか…。
よう参られた!して、何用か?
徐盛:周都督より緊急の伝言を預かり、後を追って参った!
船を停められよ!
諸葛亮:はっははは…お使い、御苦労である。
その伝言、内容は聞かずとも分かっておる。
それよりもすぐに立ち帰り、周都督に一刻も早く曹操軍を攻める
ようお伝えあれ!
徐盛:くっ、船足が速い…このままでは…!
もっと漕げ、急げ!
彼奴を逃がしてはならん!
諸葛亮:ははは、まだ諦めぬとは…。
趙雲:執念深い奴らめ!
軍師、それがしが。
【二拍】
目あらば見よ!耳あらば聞けィ!
それがしは常山の趙子龍だ!!
主君劉皇叔の命を受け、軍師を迎えに来た!
汝ら何の理由あって行く手を阻むか!
徐盛:いやいや!周都督からの伝言を諸葛亮先生にお伝えせねばならぬ!
それゆえしばらく船を停められよというのに、なぜ待てぬか!
趙雲:笑止!
たかだか伝言を伝えるのに、ものものしく武装した兵どもを乗せて
来る必要がどこにある!
汝ら、これが見えぬか!
徐盛:むっ、弓を…!?
まさか、あの人数で戦う気なのか…?
趙雲:汝を今ここで射殺すはたやすい。
だが我らと呉はこれからも力を合わせねばならん。
それゆえ最前から矢を放たずにいるのだ!
だが、これ以上邪魔をするというのであれば、話は別だ!!
ふッッ!
徐盛:ッうっ!?
ナレ:言うや否や、趙雲は満月の如く弓を引き絞り、矢を放った。
とっさに自分を狙ったと思い込んで徐盛は首をすくめる。
しかし矢はその頭上をはるかに通り越し、彼の乗っている船の帆の
親綱をぶつりと射切った。そのため船は大きく傾き、
危うく転覆しそうになった。
趙雲:見たか!
それ以上近づいて見よ、この程度では済まさんぞ!
わかったか!!
徐盛:くっ、お、おのれ待てぇ!!
早く帆を張りなおせ!!
ナレ:東南の追い風を受けて進む船足は速かった。
諸葛亮はほどなく江夏へ帰り着く。
劉備をはじめ各部隊は整然と立ち並び、
将達は前に進み出て彼の帰還を待っていた。
諸葛亮:我が君、ただ今戻りました。
劉備:おぉ軍師!よく無事に戻った!
して、孫権と曹操の軍は?
諸葛亮:周瑜はこの東南の風に乗じ、曹操へ決戦を仕掛けるでしょう。
我らも急いで動かねばなりませぬ。
劉備:うむ。
では軍師、指揮をとってくれ。
諸葛亮:ははっ。
僭越をお許し下さい。
【二拍】
諸将よ、すでに孫権軍は曹操へ決戦を挑むべく動き出している!
やがてあの大要塞から火の手が上がるであろう。
我らは逃げる敵の退路を断ち、必ずや曹操を討ち取るのだ!
趙雲将軍!
趙雲:ははっ!
諸葛亮:三千の兵を率いて長江を渡り、烏林の地に深く隠れよ。
曹操が逃げてきたら初めはやり過ごし、中核を粉砕するのだ。
だが無理に殲滅しようとしてはならぬ。
そして逃げる者は追わずとも良い。
趙雲:心得ました。
しかし軍師、烏林には道が二すじあります。
ひとつは南郡、もうひとつは荊州へ分かれていますが、
いずれを通るでしょうか?
諸葛亮:必ず荊州を通り、許昌へ帰ろうとするであろう。
趙雲:承知しました!
すぐに向かいます!
諸葛亮:次に張飛将軍!
三千の兵を率いて長江を渡り、北夷陵の道を塞ぐのだ。
谷間に兵を伏せて待ち構えていれば、曹操は必ずそこで兵糧を
使うであろう。
炊事の煙を見たらいっせいに襲いかかるのだ!
張飛:えっ、そ、曹操軍が必ずそこで食事をとるんですか!?
諸葛亮:うむ。
張飛:お、おう心得た!
行くぞお前ら、出陣だ!!
諸葛亮:糜竺、糜芳、劉封はまず船を集めよ。
曹操軍が混乱に落ちたのを見計らい、軍需物資を奪うのだ。
劉琦殿は武昌の地を固く守り、逃げて来た敵兵を捕虜として
味方に加えられよ。
いざ、我が君は共に山の頂より周瑜の指揮する水上戦を
見物いたしましょう。
劉備:これほどまでに戦機は熟していたか。
余もこうしてはおれぬ。
関羽:ッ軍師…!
諸葛亮:?関羽将軍、いかがなされた?
関羽:それがしは今までの戦において、未だ先駆けを欠いたためしは
ございませぬ。
それゆえ何らかの命を下されるものと思い、これに控えていました
。
しかし何のご下命も無いとは、いかなるわけでございますか!
諸葛亮:将軍にも働いていただきたいのだが…
なにぶん、一つの差し障りがあるのだ。
関羽:なッ…差し障りがあると!
それがしの節義を疑っておられると、そう仰せられますか!?
諸葛亮:否、将軍の忠義について疑う余地は無い。
しかしかつて曹操の元にいたころ、下へも置かぬもてなしを受け
、大切にされていたと聞いております。
その恩義は今も感じているのでは?
関羽:その恩は白馬・延津の戦いで袁紹軍の顔良・文醜を斬り、
劣勢であった曹操軍の勢いを盛り返す事でむくいたつもりです!
諸葛亮:しかし仮に、無残に敗れた曹操が眼の前に現れた時、
将軍に曹操を斬れますかな?
関羽:斬れます!
万が一私情に動かされて曹操を見逃したりなどしたら、
潔く軍法の裁きを受けましょう!
劉備:軍師、案じられるのも分かるが、この大戦に関羽ほどの者が
留守を命じられていたとあっては、世間はおろか、味方内にも
面目が立つまい。
関羽にも功績を上げる機会を与えてやってもらえぬだろうか。
諸葛亮:…わかりました。
では関羽将軍、誓約書を書いた上で華容道という難所に向かい、
兵を伏せられよ。
そして峠に火を付け、柴を焼いて煙を上げるのです。
関羽:しかし軍師、そのような事をして兵を伏せておれば、
曹操は別の道を通るのではありませぬか?
諸葛亮:いや、兵法には表裏と虚実があります。
曹操は元来、その虚実の方に詳しい人物。
であれば、煙の上がっている方には兵は伏せていないと判断して
進んでくるであろう。
関羽:おぉ、なるほど…!
承知つかまつった!
早速出陣します!
諸葛亮:うむ。
劉備:……軍師。
関羽は情に厚く、義を重んじる事にかけては人一倍だ。
ああやって差し向けはしたが、その場に臨んで曹操を討てぬかも
知れぬ。
…やはり、留守を命じておいたほうがよかったであろうか…?
諸葛亮:討てないでしょう。
劉備:えっ!?
諸葛亮:ですが、留守を命じる事が最善かと言われれば、そうでもありま
せん。
この場合、関羽は差し向けたほうが理にかなっておりましょう。
劉備:それは…どういう事であろうか?
諸葛亮:何故ならばです。
天文を見る限り、曹操の運勢とその武力の衰えは確実ですが、
彼自身にはまだ寿命があり、その命運がここで絶える事はありま
せん。
もし、昔受けた恩へむくいたい気持ちがまだ関羽に残っているの
ならば、ここでその人情をつくさせてやるべきかと。
その方が後々の為になるでしょう。
劉備:軍師…そこまで考えて関羽をつかわしたと…。
諸葛亮:軍師たるもの、そこまで洞察できる目を持たなければ、
諸将を指揮し、要所に配置することはできませぬ。
さあ、我らは戦見物と参りましょう。
劉備:うむ。
ナレ:ほどなくして赤壁の地が、はっきりと遠望できるほどの紅蓮の炎に
包まれた。
天を焦がし、東南の風に煽られ、瞬く間に燃え広がっていく。
歴史に残る三江の大殲滅。
それはこの日の夜、曹操が味わった大敗北そのものを言う。
やがて各所へ兵を伏せていた将達は、それぞれ戦果を挙げて
戻ってくる。
彼らが互いの軍功を誇っている中、最後に関羽がやってきた。
劉備:おぉ関羽、戻ったか。
遅いので心配したぞ。
諸葛亮:関羽将軍、帰りを待ちわびておりましたぞ。
さあ、みずからの功績を述べて、軍功帳に記されるとよい。
関羽:いえ……それがしがここへ参ったのは、功績を述べるためではなく
、罪を請うためです。
どうか、軍法に照らして罰していただきたい。
諸葛亮:罪を…?
では、曹操は華容道へは逃げて来なかったと?
関羽:いえ、軍師の先見どおり、華容道へ逃げて参りました。
ですが…それがしが無能なるために討ち損じました。
諸葛亮:赤壁から敗走を続け、曹操主従の疲労は極度に達していたはず。
それでも将軍の武勇を寄せ付けぬほど彼らは奮戦したと、
そう申されるのか?
関羽:でもございませぬが…つい、取り逃がしました…。
諸葛亮:ならば曹操は討たずとも、その配下や将達をどれほど討ち取り、
首級を挙げられたか?
関羽:…一人も討ち取らず、一個の首級もありません…。
諸葛亮:………関羽殿。
関羽:はっ…。
諸葛亮:さては曹操に昔うけた恩を思い出し、故意に見逃されたな?
関羽:いまさら何の言葉もございませぬ…潔く罪に服します。
諸葛亮:黙れッッ!!
此度の戦、一つ誤れば呉も我らも滅ぶ戦いであった!
私情を交えて滅んだ例など、過去に数え切れぬほどあるのだ!!
危急存亡の折に昔の恩にほだされ、曹操を見逃すとは…
その罪、死罪に値する!
者ども、関羽を斬れッ!!
劉備:ま、待ってくれ軍師!!
余と関羽はその昔、桃園にて義兄弟の契りを結び、
生死を共にせんと誓った。
それゆえ、関羽の死は余の死をも意味する。
此度の罪が確かに許しがたいのは分かる。
だが、余に免じてその罪をしばし預けてはもらえぬか。
法を曲げるのではなく、この処断を待ってほしいのだ。
必ずこの罪を償って余りある功績を挙げさせるゆえ。
諸葛亮:法はあくまで厳然たるものでなくてはなりませぬ。
しかし、我が君がそこまで仰せられるのでしたら、
関羽の罪はしばし預けておきます。
劉備:うむ。
関羽、聞いたであろう。
まだまだ戦いは続く。引き続き頼むぞ。
関羽:ははっ、必ずや…!!
劉備:あらためて皆、よくやってくれた!
今宵は無礼講とし、大いに飲んで食べてくれ!
余も休息する。
【三拍】
軍師。
諸葛亮:なんでしょう?
劉備:軍師は関羽が曹操を討てぬ事を見越していたではないか。
それを承知で赴かせておいて、死罪は重いであろう。
諸葛亮:しかし我が君が止めに入られました。
我が君が止めなければ張飛が、
張飛も止めなければ趙雲や他の者が間に入ったでしょう。
問題はこれからの為なのです。
劉備:そうか、たとえ関羽であろうと誰であろうと、
軍紀を守らぬ者は必ず罪に問い、罰するという姿勢を
皆に見せておかねばならぬと、
そういうことなのだな。
諸葛亮:はい。
軍紀を守ってはじめて強い兵が生まれ、それが国を守り、
国を強くしていくのです。
さて我が君、我らが次に目指すは荊州とその南郡の奪還、
そして……南の四郡です。
まずは油江口へ陣を移し、周瑜の元へ戦勝を祝う使者を
お出しなされませ。
劉備:うむ。
劉埼殿の為にも、荊州を曹操から取り返さねばならぬな。
ナレ:戦勝の余韻にひたる間もなく劉備達は、明日の我が身が拠って立つ
地を求め、動き出していた。
数日後、呉へ出した使者が戻り、周瑜自身が答礼にやって来る旨を
復命する。
曹操に勝利したとはいえ、まだ互いに得るものを得ていない。
荊州の領有を巡って水面下の対立は、ここから始まるのであった。
END