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三国志演義

三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・後編】

作者: 霧夜シオン


声劇台本:三国志演義・赤壁大戦せきへきたいせん三江さんこう大殲滅だいせんめつ~【玄徳げんとくの章・後編】


作者:霧夜シオン


所要時間:約35分


必要演者数:最低7人

      (7:0:0)

      (6:1:0)



はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、古代中国において名前は 姓、諱、字の3つに分かれており、

     例を挙げると諸葛亮孔明の場合、諸葛が姓、亮が諱、孔明が字となりま

     す。古代中国において諱を他人が呼ぶのは避けられていた為、本来であ

     れば諸葛孔明、もしくは単に字のみで孔明と記載しなければならないの

     ですが、この三国志演義台本においては姓と諱で(例:諸葛亮)と統一

     させていただきます、悪しからず。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。


●登場人物


諸葛亮しょかつりょう・♂:あざな孔明こうめい

      臥龍がりょううたわれる賢人。

      かみ天文てんもんしもは地理をさとり、六韜三略りくとうさんりゃくを胸にたたみ、

      若いのに田舎に隠居して晴耕雨読せいこううどくの日を送っていた所を

      劉備りゅうび三顧さんこの礼を受けてその軍師となる。

      曹操そうそうに対抗するべく孫権そんけんと同盟を結ぶべくへ乗り込む。

      後に中国史上屈指の名宰相めいさいしょうとして名を残す事になる。


劉備りゅうび・♂:あざな玄徳げんとく

     中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末孫まっそんにして

     漢の景帝けいてい玄孫げんそんを自称する。

     諸葛亮しょかつりょうと言う傑物けつぶつを家臣に得るが、いまだその勢力は弱い。


関羽かんう・♂:あざな雲長うんちょう

     美髯公びぜんこうとあだ名される長いひげの持ち主で、知勇に優れた名将。

     義に厚く、目上や同僚に傲岸不遜ごうがんふそんで下に慈悲深い。

     桃園とうえんに義兄弟のちぎりを結んだ劉備りゅうび張飛ちょうひと共に乱世らんせを駆ける。

     重さ八十二斤はちじゅうにきん青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを自在に操る。


張飛ちょうひ・♂:あざな翼徳よくとく

     一丈八尺いちじょうはっしゃく蛇矛じゃほこを軽々と振り回す酒を愛する豪傑ごうけつ

     劉備りゅうび関羽かんうと共に桃園とうえんに義兄弟のちぎりを結び

     、二人の義弟として乱世らんせたださんと駆ける。

     酒による失敗も多いが、その武勇は劉備りゅうび軍の中でもトップクラス。


趙雲ちょううん・♂:あざな子龍しりゅう

     関羽かんう張飛ちょうひと並ぶ智勇ちゆうの持ち主。

     袁紹えんしょう公孫瓚こうそんさん劉備りゅうびつかえる。

     現在では劉備りゅうび軍の武のかなめの一人として活躍、

     長坂坡ちょうはんはの退却戦では劉備りゅうびの子を守護し、ただ一騎で

     曹操そうそう軍数十万の中を駆け抜けるほどの豪胆ごうたんな人物。


周瑜しゅうゆ・♂:あざな公謹こうきん

     前主ぜんしゅ小覇王しょうはおう孫策そんさくと同年代の若き英傑。

     孫策そんさく臨終りんじゅうの際に軍事をたくされる。

     今回の戦いにあたって水軍大都督すいぐんだいととくとして全軍を指揮、劉備りゅうび

     同盟を組んで曹操そうそう打倒にあたる。

     非常な美青年で美周郎びしゅうろうとあだ名される。

     妻に当時絶世の美女、江東こうとう二喬にきょううたわれた小喬しょうきょうをもつ。

     音楽にも堪能たんのうで当時の歌にも、「曲に誤りあり、周朗しゅうろう(周瑜)

     かえりみる」という歌詞があるほど。


魯粛ろしゅく・♂:あざな子敬しけい

     本格的に頭角を現したのは孫権そんけんの代から。

     周瑜しゅうゆ推挙すいきょされ孫権に仕える。演義では割と周瑜と諸葛亮の間

     でオロオロしているイメージがあるが、正史では豪胆かつ

     キレる頭脳を持つ。


徐盛じょせい・♂:あざな文嚮ぶんきょう

     孫権そんけんつかえた、度胸と義に厚い人物。

     兵の統率に優れており、少ない兵力でも敵の大軍を食い止めた

     逸話いつわを持つ。

     知略にも秀で、この戦いよりはるか後年において全軍の指揮を

     り、敵軍を壊滅に追いやるほどの能力を持つが、この話では

     損な役回りとなっている。


蔡仲さいちゅう・♂:荊州けいしゅう曹操そうそうに降伏した蔡瑁さいぼうおいその1。

     三国志演義における架空の人物。

     蔡和さいかと共に孫権そんけん軍に偽って降伏こうふくするも周瑜しゅうゆには見抜かれてい

     た。

     利用された挙句あげく、最後は甘寧かんねいに斬り殺される。


蔡和さいか・♂:荊州けいしゅう曹操そうそうに降伏した蔡瑁さいぼうおいその2。

     三国志演義における架空の人物。

     蔡仲さいちゅうと共に孫権そんけん軍に偽りの降伏こうふくをするも周瑜しゅうゆにいいように利用さ

     れ、最後は戦の神々に供える生贄いけにえとして周瑜しゅうゆに処刑される。


孫権そんけん軍兵士1・♂:読んで字のごとく。

         (役の組み合わせによっては男女不問とします。)


孫権そんけん軍兵士2・♂:同じく読んで字のごとく。

         (役の組み合わせによっては男女不問とします。)


ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。



●配役例(他に良い組み合わせがあったら教えてください)

諸葛亮:

魯粛・徐盛・張飛:

周瑜・孫権軍兵士1:

劉備・蔡仲:

関羽・蔡和:

趙雲・孫権軍兵士2:

ナレ:


※演者数が少ない状態で上演する際は兼ね役でお願いします。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



ナレ:黄蓋こうがいが棒叩き百回の刑罰を受けた後、孫権そんけん軍本陣はどことなく

   色めき立って見えた。

   すでに周瑜しゅうゆ苦肉くにくの策を見抜いている諸葛亮しょかつりょうは、静かに成り行きを

   見守り、次に起こる波を待ち構えていた。


諸葛亮:【つぶやくように】

    さて、周瑜しゅうゆの策はうまく曹操そうそうあざむけたであろうか…?

    !あれは、蔡仲さいちゅう蔡和さいか…!


蔡仲:【声を落として】

   そろそろ曹丞相そうじょうしょう閣下に、定期報告をせねばなるまい。


蔡和:【声を落として】

   うむ、今回の情報は有益なものになるぞ。

   孫権そんけん軍内部はまとまりをき、周瑜しゅうゆの命に反抗した黄蓋こうがいが処罰され

   、恨みを抱いていることが分かったからな。


蔡仲:【声を落として】

   このぶんでは、他にも周瑜しゅうゆに不満を抱いている将がいるだろうよ。


蔡和:【声を落として】

   おお、そうした不平分子を集めて内乱を起こさせるも良し、

   一夜いちやのうちに脱出し、曹丞相そうじょうしょう閣下の元へ舞い戻るも良しだな。


諸葛亮:【つぶやくように】

    愚かな…曹操そうそうも人を見る目がない。

    これほど迂闊うかつな動きしかできぬとは…。

    それゆえこちらの計略も、うまく掛かろうというものだが。

    蔡瑁さいぼうを討ち…黄蓋こうがいを送り込む。

    連環れんかんの計は先日、ホウとうしたと聞く。

    これで曹操そうそう軍を打ち破るために必要な策、そのほぼすべてが

    出そろった。

    そしてかなめの火計を確実なものとする為に、あと一つ…


蔡仲:【声を落として】

   よし、では人目につかぬよう、丞相じょうしょう閣下の元へ使者を出す。


蔡和:【声を落として】

   うむ、抜かるなよ。


諸葛亮:【つぶやくように】

    風…東南の、風を。


ナレ:それからしばらく経ったある日、

   曹操そうそう軍が焦触しょうしょく張南ちょうなん先鋒せんぽうとして突如とつじょ襲来しゅうらい

   しかし周瑜しゅうゆ韓当かんとう周泰しゅうたいに命じてこれを壊滅させる。

   曹操そうそう先鋒せんぽうの敗北を耳にし、みずから本隊をひきいて攻めよせるが、

   何事か起きたのか進撃を中止、撤退てったいしていった。

   危機を脱した孫権そんけん軍だったが、強風で折れた司令部の旗竿はたざおに、

   周瑜しゅうゆが押しつぶされるというわざわいにあう。

   魯粛ろしゅくからそれを聞かされた諸葛亮しょかつりょうは、共にその元を訪れていた。


諸葛亮:それで…周都督しゅうととくのご容態ようだいはいかがですか?


魯粛:それが、いまだ重態じゅうたいで起き上がれませぬ…。

   その為、兵の士気もひどく落ちておりまして…。

   このままでは曹操そうそうの知るところとなり、そうなれば絶好の機会とし

   て、総力をあげて攻めてくるに違いありませぬ。


諸葛亮:【つぶやくように】

    おそらく仮病けびょう…いま周瑜しゅうゆの頭を悩ましているのは、

    あれであろう…。


    そう悲観ひかんなさる事もありますまい。

    すぐに回復すればよろしいのでしょう?


魯粛:それはそうですが…。    


諸葛亮:ともあれ、都督ととくにお会いした上で。


魯粛:ええ。


   【二拍】

   【小声】

   都督ととく諸葛亮しょかつりょう殿をお連れしました。


諸葛亮:都督ととく大事だいじございませんか?


周瑜:おお、諸葛亮しょかつりょう殿、近くへ…。

   魯粛ろしゅく、貴公をのぞいてみな下がってくれ。


魯粛:はっ。

   …特に外傷らしきものはないのですが、薬湯やくとうを飲もうとすると

   吐き気が突き上げ、身体を動かすと頭が混乱すると申されて…。


諸葛亮:都督ととく、何がご不安なのですか?

    わたくしの見るところ、お体にはこれと言って異常は見られませ

    んが…。


周瑜:不安…不安は何もないが…。


諸葛亮:ならば立てるはずでございます。


周瑜:いや、枕から頭を起こそうとしても、すぐ目まいがするのだ…。


諸葛亮:それすなわち、心の、気のやまいというものです。

    都督ととくを悩ましているものを取り除く、良薬りょうやくを差し上げましょう。


魯粛:そ、そのようなものがあるのですか?


諸葛亮:ありますとも。

    一服いっぷく用いればたちどころに快癒かいゆいたす事、間違まちがいございませぬ。


魯粛:おお、ぜひお願いいたします!


周瑜:願わくば私の、いや、の国の為にどうか一服いっぷくいただきたい。


諸葛亮:承知しました。紙と筆をお貸しくだされ。

    

    【つぶやくように】

    十一月に数日間だけ風向きが変わる日があるが…

    今年に限ってそれがまだ来ておらぬ。

    となれば、遅くともあと数日以内にはやってこよう…


    どうぞ、都督ととく


周瑜:!!

   【つぶやくように】

   曹操そうそうを破らんと欲すれば、すなわち火計を用いるべし。

   諸事しょじ用意万端よういばんたんそなわれど、ただ東南の風をくるのみ…!


諸葛亮:いかがですかな?

    これが都督ととくやまいの根源でございましょう。


周瑜:【溜息】

   さすがは諸葛亮しょかつりょう殿、見抜いておられたか。

   しかし、今は十一月ゆえ北西の風しか吹きませぬ。

   もし火を放ってもこちらには向かい風、

   我が軍にも被害が及ぶ可能性がある。

   事はすでに急を要しているが、天候はのままにならぬ。

   いかがすればよいかと、日々悩んでいた次第です。


諸葛亮:それならば良い方法があります。

    昔、幼い頃に異人から八門遁甲はちもんとんこうの書物を伝授されましたが、

    それには風や雨を操る秘法が書いてありました。

    もし都督ととくがお望みであらばその書を用い、我らにとって追い風と

    なる東南の風を起こすよう祈ってみましょう。   


周瑜:な、なに、そんなことが可能なのですか!?


魯粛:都督ととく、ここはひとつ、その秘法をこころみていただいては…。


周瑜:うむ、ぜひやってみていただきたい!


諸葛亮:わかりました。

    来たる十一月二十日に天を祭れば、三日三晩の間に東南の風が

    起こりましょう。

    祭壇を南屏山なんぴょうざんの上にきずいてくだされ。


周瑜:承知した。

   魯粛ろしゅく、すぐに兵を動員し、昼夜ちゅうやを問わずとりかかってくれ。


魯粛:ははっ。

   諸葛亮しょかつりょう殿、祭壇が出来ましたらお知らせします。


諸葛亮:では、今日はこれにて…。

    

    【三拍】


    いよいよ大詰おおづめか。

    しかし周瑜しゅうゆも長年、長江ちょうこう流域で生活しているのだ。

    この時期に風向きの変わる日があるのを知らぬはずはないが…

    さすがに曹操そうそう相手の大戦おおいくさともなれば、話は違ってくると見える。

    ならば最後に少々…揶揄やゆして去るとしようか。


ナレ:間もなく祈祷きとうの祭壇は、南屏山なんぴょうざんにその姿を現した。

   諸葛亮しょかつりょうは前日から身を清めており、当日は白の道服をまとい、

   髪をさばき、素足でおごそかに祭壇へのぼると、魯粛ろしゅくを呼んだ。


諸葛亮:魯粛ろしゅく殿、今より東南の風を起こす秘法に取り掛かります。

    天が三日のうちに風を起こしたもうた時、即座に曹操そうそうへ決戦を

    仕掛けられるよう周都督しゅうととくにお伝えいただきたい。

    いたずらに迷ったり、時を無駄にしてはなりませぬ。


魯粛:心得ました、しかとお伝えします。


諸葛亮:皆、よく聞くのだ!

    我これより、風を起こす祈祷きとうに入る。

    その間、私語はいっさい禁ずる。

    また、いかなる怪しき事が起ころうとも、決して驚き騒いでは

    ならぬ。

    我がぎょうと法をみだす者は斬って捨てる。よいな!!


諸葛亮・ナレ役以外:ははっ!!


ナレ:こうき、水をそそぎ、

   宝剣ほうけんを舞わし、文言もんごんとなえ、じゅを切ること三度みたび

   夜をてっして諸葛亮しょかつりょう祈祷きとうは続けられた。

   空がしらめば祭壇をり、天幕てんまくうちに休憩し、

   日が落ちれば再び祭壇にのぼり、祈祷きとうに入った。

   そして三日目の夜。


諸葛亮:!

    …天、我が願いにこたえられたり…!


【SE:風の音】


孫権軍兵士1:!! おお…風だ!


孫権軍兵士2:生ぬるい東南の風だ!!


孫権軍兵士1:やった!

       天への祈りが通じたんだ!


孫権軍兵士2:天が俺達に味方したんだ!

       この戦い、勝てるぞ!!


諸葛亮役以外:【歓声・二秒くらい】


諸葛亮:みな大儀たいぎであった!

    私も天幕てんまくでひと休みするゆえ、そなたらもそのままここで

    休んでいてよい!


孫権軍兵士1:ははっ!


孫権軍兵士2:ふ~っ、立ちっぱなしで辛かった…。


諸葛亮:……。

    【つぶやくように】

    さて、追手おってがかかる前に、急ぎ趙雲ちょううんと合流せねばな…。


ナレ:諸葛亮しょかつりょうは兵や祭司さいしたちに休息を命じると祭壇を抜け出し、

   迎えの趙雲ちょううんが待っているであろう河岸かわぎしをひそかに目指した。

   一方いっぽう周瑜しゅうゆ諸葛亮しょかつりょうへの恐れが再燃さいねんすると、配下の徐盛じょせい丁奉ていほう

   水陸の兵五百をさずけ、後顧こうこうれいを断つべく後を追わせたのである

   。


諸葛亮:この近くのはずだが…あれだな。

    趙雲ちょううん


趙雲:!おお、軍師!

   よくぞご無事で!


諸葛亮:うむ、待たせた。

    さて、急ぎ戻らねばならぬが…おそらく周瑜しゅうゆから追手おってがかかって

    いるであろう。

    護衛を頼むぞ。


趙雲:お任せを!

   さあを張れ!

   船を出すのだ!


   【二拍】


   軍師、長らく他国での働き、お疲れでございましょう。


諸葛亮:いや、の、孫権そんけん軍の内情を知る良い機会であった。

    のちのちの武器となってゆこう。

    将軍こそこのあとすぐに、曹操そうそう退路たいろへ伏せていてもらわねばなら

    ぬ。


趙雲:なんの、これしきの事で疲れは感じませぬ。

   !むっ、あれはもしや…!


徐盛:待たれよ!待たれィ!!

   その船に乗っておられるのは、諸葛亮しょかつりょう先生ではござらぬか!


諸葛亮:来たか…。

    よう参られた!して、何用なにようか?


徐盛:周都督しゅうととくより緊急の伝言を預かり、後を追って参った!

   船をめられよ!


諸葛亮:はっははは…お使い、御苦労である。

    その伝言、内容は聞かずとも分かっておる。

    それよりもすぐに立ち帰り、周都督しゅうととくに一刻も早く曹操そうそう軍を攻める

    ようお伝えあれ!


徐盛:くっ、船足が速い…このままでは…!

   もっとげ、急げ!

   彼奴きゃつを逃がしてはならん!


諸葛亮:ははは、まだあきらめぬとは…。


趙雲:執念深い奴らめ!

   軍師、それがしが。


   【二拍】


   目あらば見よ!耳あらば聞けィ!

   それがしは常山じょうざん趙子龍ちょうしりゅうだ!!

   主君しゅくん劉皇叔りゅうこうしゅくの命を受け、軍師を迎えに来た!

   なんじら何の理由あって行く手をはばむか!


徐盛:いやいや!周都督しゅうととくからの伝言を諸葛亮しょかつりょう先生にお伝えせねばならぬ!

   それゆえしばらく船をめられよというのに、なぜ待てぬか!


趙雲:笑止しょうし

   たかだか伝言を伝えるのに、ものものしく武装した兵どもを乗せて

   来る必要がどこにある!

   なんじら、これが見えぬか!


徐盛:むっ、弓を…!?

   まさか、あの人数で戦う気なのか…?


趙雲:なんじを今ここで射殺いころすはたやすい。

   だが我らとはこれからも力を合わせねばならん。

   それゆえ最前さいぜんから矢を放たずにいるのだ!

   だが、これ以上邪魔をするというのであれば、話は別だ!!

   ふッッ!


徐盛:ッうっ!?


ナレ:言うやいなや、趙雲ちょううんは満月のごとく弓を引きしぼり、矢を放った。

   とっさに自分を狙ったと思い込んで徐盛じょせいは首をすくめる。

   しかし矢はその頭上をはるかに通り越し、彼の乗っている船の

   親綱おやつなをぶつりと射切いきった。そのため船は大きく傾き、

   危うく転覆てんぷくしそうになった。


趙雲:見たか!

   それ以上近づいて見よ、この程度では済まさんぞ!

   わかったか!!


徐盛:くっ、お、おのれ待てぇ!!

   早くを張りなおせ!!


ナレ:東南の追い風を受けて進む船足ふなあしは速かった。

   諸葛亮しょかつりょうはほどなく江夏こうかへ帰り着く。

   劉備りゅうびをはじめ各部隊は整然と立ち並び、

   将達は前に進み出て彼の帰還を待っていた。


諸葛亮:我がきみ、ただ今戻りました。


劉備:おぉ軍師!よく無事に戻った!

   して、孫権そんけん曹操そうそうの軍は?


諸葛亮:周瑜しゅうゆはこの東南の風にじょうじ、曹操そうそうへ決戦を仕掛しかけるでしょう。

    我らも急いで動かねばなりませぬ。


劉備:うむ。

   では軍師、指揮をとってくれ。


諸葛亮:ははっ。

    僭越せんえつをお許し下さい。


    【二拍】


    諸将よ、すでに孫権そんけん軍は曹操そうそうへ決戦をいどむべく動き出している!

    やがてあの大要塞だいようさいから火の手が上がるであろう。

    我らは逃げる敵の退路たいろを断ち、必ずや曹操そうそうを討ち取るのだ!

    趙雲ちょううん将軍!


趙雲:ははっ!


諸葛亮:三千の兵を率いて長江ちょうこうを渡り、烏林うりんの地に深く隠れよ。

    曹操そうそうが逃げてきたら初めはやり過ごし、中核ちゅうかくを粉砕するのだ。

    だが無理に殲滅せんめつしようとしてはならぬ。

    そして逃げる者は追わずとも良い。


趙雲:心得こころえました。

   しかし軍師、烏林うりんには道が二すじあります。

   ひとつは南郡なんぐん、もうひとつは荊州けいしゅうへ分かれていますが、

   いずれを通るでしょうか?


諸葛亮:必ず荊州けいしゅうを通り、許昌きょしょうへ帰ろうとするであろう。


趙雲:承知しました!

   すぐに向かいます!


諸葛亮:次に張飛ちょうひ将軍!

    三千の兵を率いて長江ちょうこうを渡り、北夷陵きたいりょうの道をふさぐのだ。

    谷間たにまに兵を伏せて待ち構えていれば、曹操そうそうは必ずそこで兵糧ひょうろう

    使うであろう。

    炊事すいじの煙を見たらいっせいに襲いかかるのだ!


張飛:えっ、そ、曹操そうそう軍が必ずそこで食事をとるんですか!?


諸葛亮:うむ。


張飛:お、おう心得こころえた!

   行くぞお前ら、出陣だ!!


諸葛亮:糜竺びじく糜芳びほう劉封りゅうほうはまず船を集めよ。

    曹操そうそう軍が混乱に落ちたのを見計みはからい、軍需物資ぐんじゅぶっしを奪うのだ。

    劉琦りゅうき殿は武昌ぶしょうの地を固く守り、逃げて来た敵兵を捕虜ほりょとして

    味方に加えられよ。


    いざ、我がきみは共に山のいただきより周瑜しゅうゆの指揮する水上戦を

    見物いたしましょう。


劉備:これほどまでに戦機はじゅくしていたか。

   もこうしてはおれぬ。


関羽:ッ軍師…!


諸葛亮:?関羽かんう将軍、いかがなされた?


関羽:それがしは今までの戦において、いま先駆さきがけをいたためしは

   ございませぬ。

   それゆえ何らかのめいを下されるものと思い、これにひかえていました

   。

   しかし何のご下命かめいも無いとは、いかなるわけでございますか!


諸葛亮:将軍にも働いていただきたいのだが…

    なにぶん、一つの差しさわりがあるのだ。


関羽:なッ…差しさわりがあると!

   それがしの節義せつぎを疑っておられると、そうおおせられますか!?


諸葛亮:いな、将軍の忠義について疑う余地よちは無い。

    しかしかつて曹操そうそうの元にいたころ、下へも置かぬもてなしを受け

    、大切にされていたと聞いております。

    その恩義は今も感じているのでは?


関羽:その恩は白馬・延津えんしんの戦いで袁紹えんしょう軍の顔良がんりょう文醜ぶんしゅうを斬り、

   劣勢れっせいであった曹操そうそう軍の勢いを盛り返す事でむくいたつもりです!


諸葛亮:しかし仮に、無残に敗れた曹操そうそうの前に現れた時、

    将軍に曹操そうそうを斬れますかな?


関羽:斬れます!

   万が一私情に動かされて曹操そうそう見逃みのがしたりなどしたら、

   潔く軍法の裁きを受けましょう!


劉備:軍師、案じられるのも分かるが、この大戦おおいくさ関羽かんうほどの者が

   留守るすを命じられていたとあっては、世間せけんはおろか、味方内みかたうちにも

   面目めんぼくが立つまい。

   関羽かんうにも功績を上げる機会を与えてやってもらえぬだろうか。


諸葛亮:…わかりました。

    では関羽かんう将軍、誓約書を書いた上で華容道かようどうという難所なんしょに向かい、

    兵をせられよ。

    そしてとうげに火を付け、しばを焼いて煙を上げるのです。


関羽:しかし軍師、そのような事をして兵をせておれば、

   曹操そうそうは別の道を通るのではありませぬか?


諸葛亮:いや、兵法には表裏ひょうり虚実きょじつがあります。

    曹操そうそう元来がんらい、その虚実きょじつの方に詳しい人物。

    であれば、煙の上がっている方には兵はせていないと判断して

    進んでくるであろう。


関羽:おぉ、なるほど…!

   承知つかまつった!

   早速さっそく出陣します!


諸葛亮:うむ。


劉備:……軍師。

   関羽かんうじょうに厚く、義を重んじる事にかけては人一倍ひといちばいだ。

   ああやって差し向けはしたが、その場にのぞんで曹操そうそうてぬかも

   知れぬ。

   …やはり、留守るすを命じておいたほうがよかったであろうか…?


諸葛亮:てないでしょう。


劉備:えっ!?


諸葛亮:ですが、留守るすを命じる事が最善かと言われれば、そうでもありま

    せん。

    この場合、関羽かんうは差し向けたほうがにかなっておりましょう。


劉備:それは…どういう事であろうか?


諸葛亮:何故ならばです。

    天文てんもんを見る限り、曹操そうそうの運勢とその武力のおとろえは確実ですが、

    彼自身にはまだ寿命じゅみょうがあり、その命運めいうんがここで絶える事はありま

    せん。

    もし、昔受けた恩へむくいたい気持ちがまだ関羽かんうに残っているの

    ならば、ここでその人情をつくさせてやるべきかと。

    その方がのちのち々の為になるでしょう。


劉備:軍師…そこまで考えて関羽かんうをつかわしたと…。


諸葛亮:軍師たるもの、そこまで洞察どうさつできる目を持たなければ、

    諸将を指揮し、要所に配置することはできませぬ。

    さあ、我らは戦見物いくさけんぶつと参りましょう。


劉備:うむ。


ナレ:ほどなくして赤壁せきへきの地が、はっきりと遠望えんぼうできるほどの紅蓮ぐれんの炎に

   包まれた。

   天を焦がし、東南の風にあおられ、またたに燃え広がっていく。

   歴史に残る三江さんこう大殲滅だいせんめつ

   それはこの日の夜、曹操そうそうが味わった大敗北そのものを言う。

   やがて各所かくしょへ兵をせていた将達は、それぞれ戦果せんかげて

   戻ってくる。

   彼らが互いの軍功ぐんこうを誇っている中、最後に関羽かんうがやってきた。


劉備:おぉ関羽かんう、戻ったか。

   遅いので心配したぞ。


諸葛亮:関羽かんう将軍、帰りを待ちわびておりましたぞ。

    さあ、みずからの功績をべて、軍功帳ぐんこうちょうしるされるとよい。


関羽:いえ……それがしがここへ参ったのは、功績をべるためではなく

   、罪をうためです。

   どうか、軍法ぐんぽうに照らして罰していただきたい。


諸葛亮:罪を…?

    では、曹操そうそう華容道かようどうへは逃げて来なかったと?


関羽:いえ、軍師の先見せんけんどおり、華容道かようどうへ逃げて参りました。

   ですが…それがしが無能なるためにち損じました。


諸葛亮:赤壁せきへきから敗走を続け、曹操そうそう主従しゅじゅうの疲労は極度きょくどに達していたはず。

    それでも将軍の武勇を寄せ付けぬほど彼らは奮戦したと、

    そう申されるのか?


関羽:でもございませぬが…つい、取り逃がしました…。


諸葛亮:ならば曹操そうそうたずとも、その配下や将達をどれほどち取り、

    首級しゅきゅうげられたか?


関羽:…一人もち取らず、一個の首級しゅきゅうもありません…。


諸葛亮:………関羽かんう殿。


関羽:はっ…。


諸葛亮:さては曹操そうそうに昔うけた恩を思い出し、故意こい見逃みのがされたな?


関羽:いまさら何の言葉もございませぬ…いさぎよく罪にふくします。


諸葛亮:黙れッッ!!

    此度こたびいくさ、一つあやまればも我らも滅ぶ戦いであった!

    私情をまじえて滅んだ例など、過去に数え切れぬほどあるのだ!!

    危急存亡ききゅうそんぼうおりに昔の恩にほだされ、曹操そうそう見逃みのがすとは…

    その罪、死罪しざいあたいする!

    

    者ども、関羽かんうを斬れッ!!


劉備:ま、待ってくれ軍師!!

   関羽かんうはその昔、桃園とうえんにて義兄弟のちぎりを結び、

   生死を共にせんと誓った。

   それゆえ、関羽かんうの死はの死をも意味する。

   此度こたびの罪が確かに許しがたいのは分かる。

   だが、に免じてその罪をしばし預けてはもらえぬか。

   法を曲げるのではなく、この処断を待ってほしいのだ。

   必ずこの罪をつぐなって余りある功績をげさせるゆえ。


諸葛亮:法はあくまで厳然たるものでなくてはなりませぬ。

    しかし、我がきみがそこまでおおせられるのでしたら、

    関羽かんうの罪はしばし預けておきます。


劉備:うむ。

   関羽かんう、聞いたであろう。

   まだまだ戦いは続く。引き続き頼むぞ。


関羽:ははっ、必ずや…!!


劉備:あらためてみな、よくやってくれた!

   今宵こよい無礼講ぶれいこうとし、大いに飲んで食べてくれ!

   も休息する。


   【三拍】


   軍師。


諸葛亮:なんでしょう?


劉備:軍師は関羽かんう曹操そうそうてぬ事を見越みこしていたではないか。

   それを承知でおもむかせておいて、死罪は重いであろう。


諸葛亮:しかし我がきみが止めに入られました。

    我がきみが止めなければ張飛ちょうひが、

    張飛ちょうひも止めなければ趙雲ちょううんや他の者があいだに入ったでしょう。

    問題はこれからの為なのです。


劉備:そうか、たとえ関羽かんうであろうと誰であろうと、

   軍紀を守らぬ者は必ず罪に問い、罰するという姿勢を

   みなに見せておかねばならぬと、

   そういうことなのだな。


諸葛亮:はい。

    軍紀を守ってはじめて強い兵が生まれ、それが国を守り、

    国を強くしていくのです。


    さて我がきみ、我らが次に目指すは荊州けいしゅうとその南郡なんぐん奪還だっかん

    そして……南の四郡よんぐんです。

    まずは油江口ゆこうこうへ陣を移し、周瑜しゅうゆの元へ戦勝を祝う使者を

    お出しなされませ。


劉備:うむ。

   劉埼りゅうき殿の為にも、荊州けいしゅう曹操そうそうから取り返さねばならぬな。


ナレ:戦勝の余韻よいんにひたるもなく劉備りゅうび達は、明日の我が身がって立つ

   地を求め、動き出していた。

   数日後、へ出した使者が戻り、周瑜しゅうゆ自身が答礼とうれいにやって来るむね

   復命ふくめいする。

   曹操そうそうに勝利したとはいえ、まだ互いに得るものを得ていない。

   荊州けいしゅう領有りょうゆうめぐって水面下すいめんかの対立は、ここから始まるのであった。



END




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