9、迷宮と冒険者の真実
「え?」
「なんでしょうか?」
「チカ!」
キキルはすぐに傷ついたチカの近くにやってくるが、チカは逆にそこまで警戒していなかった。
チカたちに危害を加えるような気配を、確かに回りは変わったけれど感じなかったからだ。
どういう理屈化はわからないけれど、安心できると感じてしまう。
「キキル」
「なに?」
「ここは大丈夫だと思います」
「どういうこと?チカはこの空間にいたことがあるってこと?」
「いえ、そういうことではありませんが、なんとなくですが、そんな感じがするのです」
「すごくあいまいだね」
「はい。それについては、そうなのですが……」
チカとしても感覚としか言えないため、どう言葉にしていいか困っていた。
だけど、ここでこのままジッとしているだけでは、何も状況が変わらないということをわかっている。
チカはキキルを追い抜くようにして歩き始めると、キキルもそれに続く。
先ほどの迷宮とは全く違う空間。
見渡す限りは草原のような場所であり、遠くに大きな木が一本あるのだけがわかる。
何かあるといえばそこだけでなんとなくその場所にいけば、何かあるのではということだけを二人は感じた。
顔を見合わせながら頷くと進み始める。
キキルは警戒しながらチカは何があるのかというのをどこか期待しながら近づいていく。
そして近づいたところ、木の近くにいた何かというのは、見たことがないものだった。
人のような見た目をしているが、どこか違う。
精工に作られた人形だった。
動力はないのか動くことはない。
キキルはすぐに武器を構えてチカの前に出る。
「何?」
「人形のようなものでしょうか?」
「人形?あんなに大きいのに?」
「確かにそうですね。あたしたちと同じくらいありますよね」
さらに近づくと、より人形だとわかるもののどこか違和感というのをチカは感じる。
理屈はわからないけれど、それを感じるということは、これまでの経験上何かがあることなのだろう。
そしてすぐにその何かがわかる。
「よく来たな!」
「な、なに?」
「わかりません」
そして、急に声が聞こえたとき、二人はかなり驚いて辺りを見回す。
「あー、こっちこっち」
辺りを見渡している二人に対して、再度声が聞こえて、二人はなんとなくその声というのが人形から出ているということがわかった。
どういう原理なのかはわからないことではあったが、二人が知らない何かだということだけは理解していた。
「ここは何?というかどこ?」
すぐにキキルは人形に向けてそう聞く。
すると自信満々な男の声ですぐに返答がくる。
「ここのことか?ここは、空間だ。我が作り出したな!」
「作り出した、空間ですか?」
「ああ、大魔法使い様だからな、我はな」
そう男の声は宣言する。
大魔法使いと言われてもよくわからなかった。
「意味がわからないんだけど」
「わからなくてもよい。魔法がすごいものだということが理解できれば、それでな」
「はあ?魔法がすごい、そんなことに意味があるわけ?」
「あるさ、こうしてな」
声がそういった後、チカの手が光りだす。
何かが起こっているというのだけはわかったが、それがなんなのかということは二人には理解できなかった。
「チカに何をやってるわけ!」
「まあ、そう怒鳴るなよ。この大魔法使い様のことをな」
「キキル、あたしは大丈夫です」
その言葉の通り、チカの手というのは、先ほどの赤いスライムとの戦いによって傷がついていたはずだったが、気づけば綺麗に治っていた。
これが大魔法使い様と呼ばれる力だというのだろうか?
「どうだ?我の言うことを理解できたか?」
「どういう原理なわけ?」
「特別な力になるのでしょうか?」
「だから、そう言っているだろう?我はなんといっても、大魔法使いなのだからな」
先ほどから声の主はそう言葉を繰り返す。
確かに、誰もわからないような魔法を使っているのは確かだった。
二人は、声の主が特別な人種だということをなんとなく理解はしたが、余計に疑問があった。
「どうして、ここにあたしたちは連れてこられたのでしょうか?」
「そうだよ。そもそも、ここどこなわけ?」
「だから、我が作り出した空間だ。そもそも、迷宮がどうしてできたのかもわかっているのか?」
「迷宮ができた理由?チカわかる?」
「いえ、わかりませんね。あたしたちが聞いた内容では、この迷宮にある冒険者としての試練があると聞いただけですからね」
「だよね。うちらが聞いたことはそれくらいだもんね」
「やはりそうか」
何かに納得したというのだろうか?
二人はわからずに顔を見合わせる。
そんなときだった、人形ではなく横の木の中から、何かが映し出される。
映像だということだけはわかるそれは、何か戦いのようなものを表していた。
「これは?」
「戦争さ」
「戦争ですか?」
「ああ、戦争だ」
二人にはよくわからない言葉だった。
戦争と言われても、それがなんなのかについての理解はあまりできていなかったからだ。
「これは、どういう状況?」
「人が争ってるように見えるのですが?」
「おお、わかるか?そういうことだ」
「あ、あり得ません」「あり得ないって」
「人が争うことがか?」
その映像については、二人は信じられなかった。
確かに、話だけは聞いたことはあった。
人が争うという行為については……
でも、人同士が争ってしまえば、お互いに潰しあった結果人は、いなくなってしまうだろうということがなんとなくわかっていた。
それほどに、この世界の人というのは、人数もそこまで多くないということを聞いていたからだ。
「まあ、確かにな。今の世界は、この時とは違うからな。このときのようなことが起こるとは思わないがな。起こる可能性がゼロじゃない」
「信じられません」
「そうよ、だって……」
「だってなんだ?今は確かに、たくさんの魔物が世界にいるおかげで、それが共通の敵としているだけだ。まあ、そんな世界にしたのは、我たちなんだがな」
「どういうことですか?」
「これだ」
「これは」
「わかるの?」
「はい。知識として知っているだけですが……」
映像に映っている内容というのは、魔力の暴走だった。
魔力暴走というのは、魔法を失敗すれば起こるものとされている。
魔法を使用するために注ぎ込んだ魔力が、その場で暴走を始め周りを巻き込みながら、魔力は爆発する。
チカ自身も、家にいる人たちが魔法を使うときに、何度か魔力暴走が起きたことを見たことはあったが、全てが小規模のものだった。
それだけ、魔法を使うときには神経質にならないといけないことをわかっているからだ。
だというのに、映像に映っている魔力暴走というのは、チカたちが暮らしている町がすべてなくなるほどの規模だったからだ。
「こんなことが起こったんですか?」
「ああ、だから我たちは自分を封じるためにこの迷宮を作った」
「どういうことですか?」
「さっきの魔力暴走は見ただろ?」
「はい」「うん」
「あの魔力暴走っていうのは、我たちが起こしたものだ。そして、今もこの迷宮に不具合が起こってしまえば、魔力暴走というものはまた再開する」
言っている意味はわかっていても、それを理解したくなかった。
だからこそ、チカは聞き返す。
「どういう意味でしょうか?」
「ああ、わからないか?君たちが迷宮の試練を超えられる素質があると認められたからこそ、この迷宮は試練を与え、そして終わった暁には、真実がわかるのだよ。冒険者になることがどういう意味をもつのかをな」
どこかイラついているような声音で、チカは冒険者の意味を理解する。
「なに?どういうこと?」
「身勝手ですね」
「ほう、魔力がない代わりに、察しがいいな」
「チカ、どういうこと?」
「キキル、この人たちというのは、あたしたちに自分たちを殺してもらうつもりなのです」
「え?どうして?死にたいってこと?」
「ああ、その通りだ。この魔力の牢獄から解放してもらうためだ」
迷宮の主である男はそう言葉にする。
それは、かなり身勝手なことだ。
だって、それはチカとキキルを確実に人殺しとするということだからだ。
チカは、冒険者というものは、物語で読んだように魔物を倒していくことで、人たちの役にたっていくものだと考えていたからだ。
それなのに、実際に冒険者として認められるには、昔の身勝手をしてきた魔法使いたちの尻拭いを行うということだったことがわかってしまったからだ。
チカはその言葉を聞いて、かなりの怒りを感じた。
確かに本の物語と同じようなものの展開になるとはチカも考えてはいなかったとはいえ、こんな人殺しをさせるものだとは考えていなかったからだ。
「さあ、冒険者の真実を知ってどうだ?」
「あり得ないんだけど。ねえ、チカ」
「はい。聞いただけで、あり得ませんね。ですが、あなたたちを殺める意味があるということでしょうか?」
「チカ?」
「へえ、やっぱり聡明だな。そうだ。我たちを殺すメリットはちゃんとある。魔物を消せるというな」
「やはりそうですか……」
「ああ。だから、わかるだろ?我らをちゃんと殺してくれ。その力をちゃんと身に着けてくれよ!」
そう迷宮の主である男は口にする。
こうして、チカとキキルは、迷宮と冒険者の本当の意味を知ることになったのだった。
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