2、あたし冒険者になります
本日貴族である、キンゲン家から追放された彼女は、チカ・キンゲン。
今日からはキンゲンという家名を名乗ることはできないので、彼女の名は前から決めていたキンゲンをなくし、チカだけにした。
そんな彼女は、この世界では異端というよりも落ちこぼれの存在だということをわかっていた。
キンゲン家というものは、もともと魔法によって富を得た貴族だった。
魔法というものは才能であり、普通の人では物を動かしたり、ほんの少しの風、火を扱う程度のことしかできないが、キンゲン家ではその才によって、大きく水を操ることができた。
湖の水を使い、雨を人工的に降らせたりなど、ここ西側都市では有名な家系であった。
そんなときに最初に生まれたというのが、チカだった。
チカも最初は当主である父と同じように水魔法が操れるようになるはずだと誰もが最初から期待をかけていたが、生まれつき体が弱かった。
魔法を扱うための魔力も感じることがなく、自分の状態がなんなのかわからなかった。
都市にいるお医者様に診てもらっても、同じようにわからず仕舞いだった。
流浪で来た他の魔法医によって、呪いだと言われ、治療を受けても、大きく変わることがなかったが、そんなときにやり始めたことがあった。
それが筋トレだった。
筋トレをすることによって、彼女の少しずつ体が動くようになった。
そして、毎日続けていた結果、今のように動けるようになった。
だけれど動くようになったのは体だけで、魔力を感じることはなく、魔法が扱えるようにもならなかった。
だからこそ、家ではいらない子として扱わられるようになり、チカは母と上の妹に嫌味を言われるようになってしまった。
嫌味だけで、鍛えているチカに対して物理的に嫌なことをしてきたことはなかったので、そこまで気にすることはなかったが、そのことを知っていた父は、彼女のことをなんとかしようと考えた。
だけれど、魔法が使えないのは呪いによるものだということが他の家にまで広がっているということもあり、チカは結婚というものも相手がそもそもいないという状況になってしまった。
だからこそ、チカが選んだ道というのが、家から出るというものだった。
家から出ることになれば、確かに家名を名乗れなくなるが、仕方なかった。
あれ以上家にいたところで、父とチカのことをなぜか好いてくれていた下の妹にも迷惑をかけるからだった。
家を出るタイミングも、お父様と二人のときにと決めていたからこそ、あたしはこうして次へと向かえている。
次に行うこと。
チカがやりたかったことというのは、あった。
それは、体が弱いときに好んで読んでいた書物である、勇者と姫の物語だった。
チカ自身もそれを読むことで感じていた。
いつかは自分も体を鍛えて、いずれはこの勇者のように自分自身のように体が弱かった人を救いたいと……
だからこそ、家を出る前から父には相談していた。
冒険者になりたいと……
最初は駄目だと言っていた父ではあったが、家での仕打ちを考えれば、チカには家から出てやりたいことをさせるほうがいいと判断されたということになった。
そして、そんなチカは早速町を歩いていた。
「まずは冒険者ギルドというものに行かないといけませんね」
憧れの冒険者になるために必要なこととして、先に調べていたことが幸いした。
街に出てまず必要なことといえば、冒険者ギルドに行くということだ。
場所については、何度か父たちと一緒に連れられていたからチカにも少しはわかっている。
また、家では勉強というものもたくさんさせられていたチカは、文字についてもそつなく読むことなどができる。
「えーっと、えーっと」
看板の文字を読むことで、町の中で今自分がどこにいるのかくらいはわかる。
メインストリートを抜けることができれば、すぐですね。
このまま書いてある通りにいくことでなんとでもなることがわかったチカは、ずんずんと突き進んでいく。
何事もなく着いた先にあったのは冒険者ギルドと書かれた看板。
ここが建物ということなのだろう。
「中に入るのは、初めてですね」
一つ深呼吸をしてから中に入ろうとしたところで、後ろから影がさすのと同時に声をかけられる。
「お、嬢ちゃんは、入るのは初めてか?」
「は、はい。そうです」
「だったら、入ったら右側に行くといいぞ、そこで受付をしてくれるはずだ」
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ。それよりも、さっさと入りな」
急に声をかけてくれたのは男の人ではあったが、邪険にするでもなく、なんとなく察してどうするべきかを教えると中に入っていく。
チカもそれにつられるようにして中へと入っていく。
「わあ」
思わず声が出てしまう、そこはこれまで見たことがない世界が広がっていた。
多くの人の声がギルド内に響いている。
怒る声もあれば笑い声もあり、多くの人で賑わっているのがよくわかる。
思わず入口で立ち止まってしまうくらいには、それまでの屋敷とは違い圧倒されてしまう世界だった。
だけど、すぐに邪魔になっていることに気付いて、先ほどの男性に言われていた通り右側に向かう。
少し人は並んでいるが、すぐに順番が回ってくるだろう。
「次の人どうぞ」
「は、はい」
ソワソワと落ち着きのないあたしのことを見て、受付の女性は笑う。
「大丈夫ですよ。落ち着いてください」
「は、はい」
少し深呼吸を行い、なんとか落ち着く。
落ち着いたチカを見て、受付の女性は会話を初めてくれる。
「では、簡単に説明しますね」
「はい」
「書類の書き方はわかりますか?」
「はい。それくらいは習得しております」
「それでは、こちらに記入をお願いします」
そうして渡された書類を見せられたチカは、すぐに内容に目を通して気づくと質問をする。
「えっと、これって、依頼の申し込みでしょうか?」
「はい。こちらは依頼の受付カウンターになりますよ」
どうかしたのだろうかと思いながらも、受付の女性は不思議そうにそう答える。
そこでチカは間違ったことに気付くと女性に言う。
「えっと、あたしは冒険者になりたくて……」
「え!そうだったんですね。それは、こちらの勘違いになりますね。少し待ってください」
「は、はい」
どうやら、チカの恰好というものが、家から追い出されたときの恰好と同じだったため、貴族の娘に自然と見えたらしい。
チカ自身ちゃんと考えていなかったけれど、それは当たり前のことで、出たときに質素な服を着ればいいものの、父が最後だからと、そういう恰好を頑としてさせなかったからだ。
予想外に注目を浴びてしまい、恥ずかしくなっていると、カウンターの奥からやってきた一人の男性が息をきらせてやってくる。
「はあはあ……えっと、どの子が冒険者になりたいって?」
「あ、あのあたしです」
「そ、そうか。だったら、この地図の場所へ今すぐ向かってほしい」
「ど、どうしてでしょうか?」
「ここで、初心者冒険者が試験をやっていますから」
「わ、わかりました」
地図を渡されたチカは、そう言われて慌ててギルドを後にする。
「急がないと間に合いませんね」
お父様、ごめんなさい。
そう心の中で謝りながらも、服の裾を走りやすいように切ると、鍛えた体を最大限に使って、試験会場へと向かうのだった。
※
「はあ、寂しくなる」
泣く泣く一人の娘を追放してしまった男はそう言葉にする。
だけど、この家で過ごしているよりも、自分のやりたいことをやるというのがいいことくらいは父としてわかっているつもりだ。
後は今日追い出したことに気付いて、うまく冒険者になってくれているかとの心配くらいだろう。
だけど大丈夫。
自慢の娘なのだから……
「さあ、娘に厳しくしたのだ、今度は自分に厳しくだな」
出ていく前に娘に言われていたことを実行するためにも男は動きだすのだった。
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