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1、追放される

 この拳なら、届くはず!

 そう考えながら、彼女は拳を握りしめる。

 大丈夫。

 体を鍛えてきた、拳を握ってきた……

 あとは振りぬくだけだ。


「はああああああああああああ!」


 渾身の気合を込めて放った拳は、届くはずなのだから……



「ふ、ふ、はあはあ……」


 体を動かした後は、ぐびっとミルクコーヒーを煽るに限る。

 疲れた体に染み渡る飲み物に、彼女自身の体が喜んでいるのがわかる。


「動くようになってきましたわね!」


 嬉しそうに口にはしてみたものの、そんな自分に飛んでくる声というものは、いいものではない。

 侍女たちの「いつまでやっているのかしら」「才能なんてないのに」「可哀想だから言わない」などというものだ。

 こう見えても、体を鍛えている彼女は、少し遠くのひそひそ話だって、聞くことができる。

 自分に言われていることがなんなのかくらいは理解できる。


 あたしが落ちこぼれの存在だということくらいは、あたし自身が一番わかっているのだから……


 魔法使いの家系で魔法が使えない。

 それが体を鍛えている彼女、チカだ。

 小さい頃に、魔法が使えないのが、魔法医の診察によって呪いによるものなのでは?ということになった。

 最初はなんとかその呪いを解ければと考えていたが、その呪いは結局誰にも解くことができなく、まともに体を動かすだけでも辛かった当時のチカは、当時の呪いの解呪を試みた魔法使いの人にせめて体を鍛えることしてみてはと勧められた。

 そこから、少しずつ体を鍛えることによって今は頑丈な体になった。


「それでも、魔法は使えませんね」


 魔法を使うためには、まず体内の魔力を感じないといけないと言われているが、チカ自身、その魔力を感じることもない。

 唯一チカが感じるのは、鍛えてきたこの筋肉のみ……


「裏切らないものは筋肉のみということでしょうか?」


 グッと腕に力を込めて筋肉を感じる。

 うん、いい感じになってきた。

 あたしのことを裏切らないのは、この筋肉だけ!

 そんなことを考えていると、颯爽と向かってくる人を肌で感じる。


「お嬢様!お嬢様!当主様がお呼びです」

「お父様が?」

「はい。例の件でと言えばわかると言われました」

「そう、ありがとう」

「失礼します」


 この屋敷にいる侍女の一人にそう言葉をかけられる。

 お父様が呼んでいるという理由をチカはわかっている。

 これからについてだ。

 すでに前から言っていることを実行ができるのか、それを許してもらえるのかどうかだろう。


「よし!」


 気合を入れると、服装を整えて、当主様であるお父様が待っている部屋の扉をノックする。


「入れ」

「失礼します。チカです」

「ああ、チカ来たか」

「はい」

「まあ、座れ」

「失礼します」


 お父様に言われて、ソファに腰を下ろす。

 お父様も同じように、正面に腰を下ろした。

 ここにいるのは、あたしとお父様の二人。

 何かを言いたそうに、お父様はソワソワとしているが、チカから何かを言うことはなかった。

 当主であるお父様より先に口を開くというのは失礼になると教えられていたからだ。

 変わらないチカに対して、お父様ははあと大きなため息をついてからようやく口を開く。


「チカ」

「はい」

「お前のこれまでのこと、これからのことを考えても、お前が望むことをするのが一番いいと思う」

「わかっています」

「出てしまうと、家に頼ることができなくなるが、いいか?」

「はい、覚悟の上です」

「そうか……何もできなくてすまない」

「いいえ、ここまで育ててもらったことに、感謝していますから」

「そう言ってもらえると、僕としてはうれしいが……守れなくてすまない」

「いいえ、あたしがこうなったのは、そういう運命でしたので、仕方ありません」

「そうか……」

「はい」


 お父様は少し悲しそうにしながらも、机の上にカバンを置く。


「これは」

「必要になるであろうもの、少しだけどな」


 そう言われて中を開けると、入っているものは、少しのお金と小さな短剣。

 どちらもあたしのために用意してくれたものだろう。


「ありがとうございます」

「いいんだ。これからすることを考えれば、そんなことを言われる覚えもなくなる」

「そうですか?あたしは当然のことだと考えてますよ」

「本当に、そういう現実的なところは、お前のいいところだな」

「ありがとうございます」

「ああ、では立ってくれ」

「はい」


 チカは立ち上がると、お父様も同じように立つ。

 先ほどまでの父としての顔ではなく、今はこの家。

 キンゲン家の当主としての顔だった。


「本日をもって、チカ・キンゲン。お前を追放する!」

「はい。わかりました、当主様」


 チカはその言葉を受ける。

 わかっていたことではあるけれど、実際に言われるとほんの少しは寂しい。

 当主様である父と、チカしか今はここにいない。

 そんなタイミングで言い渡すということは優しさだとチカはわかっていた。


 家を追放される。

 今日はそんな始まりの日。

 そして、新しい自分に生まれ変わる日。

 チカは、事前に用意していた荷物とお父様にもらったカバンを手にもつと屋敷を後にするのだった。

読んでいただきありがとうございます。

よければ次もよろしくお願いします。

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