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バックミラー

作者: 岡田久太郎

あなた、随分飛ばしてるわね。百三十五キロ? 雨の中、この商用車で大丈夫?

日没にはまだ早いけど、本降りになってきたせいで随分暗い。ウィンドーガラスが雨に濡れて、まわりの車のライトがにじんで見える。あなたもヘッドライトを点けた方がいいわよ。

ワイパーが動くたびに、キーッ、キーッときしむ音がする。この車、くたびれてるわね、あなたみたい。後ろから見ると猫背ね。年の割りに白髪が多いんじゃない。

高速道路の路面の所々に水が溜まってきた。テールランプの赤い色や照明灯のオレンジ色が映っている。綺麗ね。何、この派手な色? 道路沿いのラブホテルのネオンか。

水が溜まってない所も光ってる。ツルッと簡単にスリップしそう。


何度も舌打ちしてる。

今、何て言った? 

畜生、とか、もう厭だ、とか、そんなところかしら。

眉を寄せて、口をゆがめてる。仕事で厭なことがあったのね。あなた、営業マン? 機械の売り込みに通ってたんだ。十回? もっと? そんなに通ったの。でも、最後はライバル会社に仕事を取られた。

これから会社に帰って報告しなきゃいけないんだ。営業成績は課の中でビリ。上司に怒られるのね。

『この商談も駄目か。お前みたいな奴を給料泥棒って言うんだよ。自分の給料ぐらい稼いで来い。それでも、K大出か』って。

あなた、K大なの。すごいのね。

え、何? 本当は大学に残って、経済学の学者に成りたかった。でも、先輩に引っ張られて外資系の投資銀行に就職した。すごいじゃない。

でも、ITバブルの崩壊で株が下がって首を宣告された、その先輩に。あら、可哀想。そして、その先輩も翌日首になっちゃった。

あ、そう----

その後、いくつかの会社を経て、今の会社に来た。営業は向いていない、自分でもわかってる。だけど、辞められない、奥さんと子供がいるから。


飛ばしすぎじゃないの? いくら三車線の高速で、真ん中の車線を走っていると言っても。それに、もう少し走ると左から別の高速が合流してくる。

お互いにスピードを出したままで合流するから危ない。しかも、この雨。薄暗くなってきたし。


私? 私か---- 馬鹿だったな、あの時は。

学生時代に、いいなって思った男がいてね。付き合い始めて、何回か寝た。けど、何か違うなぁと思って別れた。向こうは別れたくなかったみたいだけどしょうがないよ。好きじゃなくなったんだから。

しばらくしてから、そいつが私のアパートに来たのさ。車買ったからディズニーランドにドライブに行かないかって。見たら、格好いい新車じゃん。しかもディズニーだよ。乗ったんだよ。この道を飛ばしたのさ。


母さんは可哀想だったな。母一人子一人だったからね。泣いて、泣いて、腑抜けみたいになっちゃった。

その母さんも病気でじきに死んじゃった。母さんを覚えている人はもういない。


いよいよ高速の合流地点だ。左からどんどん車が入ってくる、すごいスピードで。あんたも飛ばしてるけど。百四十キロ? そりゃ、すげぇや。

あの黒いトラック、大きいね。十トン車? 水しぶきを巻き上げて突っ走ってる。大丈夫かな。合流車線から左の車線に入ってきた。


ちょっと待ってよ。この車に気づいてないんじゃないの。あんた、ライトまだ点けてないの? 何やってんの。そのままこっちの車線に来たらまずいよ。

右の車線に逃げな。速く。後ろから車が来てないかバックミラーで見て、すぐにハンドルを切らなきゃ----


有難う。やっと目があったね。私の姿、見てくれた? 嬉しいよ。

私の仲間になる?

そうならなくても、私のこと忘れないでね。 お願い。



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