2 死者と司書。
『やめて、お兄さん』
何で、どうして僕を虐めるの。
どうして痛い事をするの。
何で、どうして。
どうして僕なの。
痛い、怖い、痛い痛い痛い。
お腹が減った。
臭い、痛い。
助けて、誰か助けて。
《いや、やめて、誰なの》
何で、どうして私に酷い事をするの。
ごめんなさい、許して。
私が悪かったから、許して。
ごめんなさい、だからお願い、水を飲ませて。
痛い、痛い痛い痛い痛い。
何で、どうして。
誰なの、どうして私なの。
お願い、誰か助けて。
「どうして何だい」
私は確か、買い物に。
痛い、痛い痛い痛い。
何なんだい、どうして、何で。
誰か助けておくれ。
ウチにはタマが待ってるんだ、帰しておくれ。
タマに餌をやらなきゃならないんだ。
タマを、助けておくれ。
《3日間の収穫は、コレだけだね》
俺が死口で見聞きした事を伝えると、林檎君は口を窄ませ目を見開いたかと思うと。
眉を下げ。
「危ない事はしないで下さい、無理はしないで下さいって言いましたよね?食事はしました?寝れました?」
《君が男で良かったと思う、こうした後は影響され易いんだ》
「食べて無いんですね?」
《菓子なら少し、それに人は水だけで暫く》
「出前を頼みます、柔らかめにとお願いしましょう、お蕎麦とうどんどっちにしますか?」
《あぁ、良く噛むからいつも通りので頼ませてくれないかな》
「分かりました」
林檎君は鶏南蛮、俺は鍋焼きうどん、それからカツ丼を半分こし。
《はぁ、生き返った》
「銭湯に行きますよ」
《はぃ》
俺は口寄せが不慣れだ、とても影響されてしまうんで恩師にも滅多に使うなと言われている。
餓えていた者の影響を受ければ、家の中の食い物を食べ尽くしてしまうし、喉が渇いている者だったなら吐くまで水を飲み続けてしまう。
今回はそのどれもが起こり、しかも痛みまで。
「こんなになっても、得られる情報が僅かな場合も有るんですよね」
苦痛ばかりなら、他の事が些末な事として端に追いやられ、コチラが知りたい事は殆ど知れない。
十三塚での恩師の経験はそれこそ何者かに補佐されての事、さして影響されずにアレだけ知れたのは、何者かの助力が有ってこそ。
《彼が狙われての事か、彼がした事なのかは分からないけれど、関わりは有る筈だ》
「もう、刑事さんに言って」
《出来るなら、恨みを晴らさせてやりたい、刑務所は意外と悪霊も入れない様になっているんだよ。真相が分かる前に呪い殺されては困るから、あそこには出ない様になっているんだ》
「行った事が有るんですね?」
《要請が有ってね、あんまり悪夢を見るんで専門家を呼んでくれって》
「それ、載せられない事ですよね」
《まぁ、けれど何て事は無いよ。妻子を殺して心中を図ろうとして失敗、毎晩枕元に立たれている、と。けれどね、妻子はとっくに四十九日を越えて次の場所に行っていたから、単なる彼の妄執なんだよ》
「あの、どう、呼ばれたんですか?」
《恩師や神社経由だよ、あぁ、その時の弁護士に連絡すれば良かったのか》
「あ、そうですよもう、名刺なりなんなり財布に入れといて下さいね」
《今日からそうするよ》
今日の銭湯の賑わいは、そこそこだ。
時間帯が悪いと本当に人が居なくなるが、怠いな、体を洗うのにも苦労する。
「洗いましょうか?頭」
《頼んだ》
死者が痛みを堪えた時と同じ様に、俺も痛み力む。
しかも今回は3人分。
流石に無茶だったな。
眠い。
「痒い所は御座いませんかー」
《あぁ、巧いね林檎君》
「妹を良く洗ってたから、ふふふ」
コレは、白昼夢か。
やっと、真相が知れるのか。
《成程、君の名を良いかな》
神宮寺さんは相当消耗していたのか、ずっと生返事で。
促さないと湯船にも入らないし、上がらないしで。
「神宮寺さん、どっちにしますか」
冷えた牛乳とアイスクリンで顔を挟んで、やっと目を覚ましたのか。
《君は、林檎君で良いかな》
「はい、林檎ですが、もしかして白昼夢ですか?」
《らしい、少女の名を知れたよ、妹が居る子だ》
そうしてやっと、情報らしい情報を得たので、神宮寺さんを1度部屋に戻し。
「どうも、松書房の林檎です」
【おうおう、何か情報が有りそうな声だね】
「実は知り合いが、Y村さんちのMちゃんには妹が居て、行方不明なのではと」
【何処で聞いたのかは、件のか】
「はい、他にもタマなる猫を飼っていた老婆、男児です」
【共通点は、何だろうか】
「もし犯人を捕まえたら、その知り合いと少しだけ話をさせて下さい、それが条件です」
【良いだろう】
「関係者と思わしき方が◯✕図書館で司書として働いています、その方が犯人か被害者かは分からないそうですので、どうか慎重にお願いします」
【分かった】
「お名前ですが……」
神宮寺さんには悪いんですが、国民の安全が1番です。
《あぁ、言っちゃったんですね》
「はい、すみません、ごめんなさい」
《潔い、良いですよ、どうせ手詰まりでしたから》
「犯人の顔を、被害者の方々は見て無い、彼は被害者なのかも知れない」
《若しくは、実行犯では無いけれど、主犯かも知れない》
「はい」
《アレだけ恨まれるって、相当なんですよ、大抵は死んだ事に気付かない。死んだとて、死因を覚えていない、知らないのが殆ど》
「惨い殺され方をされ、それを味わったんですよね」
《僅かに、ですよ、不慣れですし直ぐに出て行って貰いましたから》
「すみません、なのに銭湯に連れ出して」
《頭も痒かったんで丁度良かったんですよ、程良く気を抜くのも、口寄せには必要だと理解しましたしね》
「僕、昔から健康優良児で、人の痛みだとかに疎いんです。辛かったら、ちゃんと言って下さい」
《君もね林檎君、助かったよ、僕だけならどうしたモノか悩んで。もしかしたら無視したかも知れない》
「お外に出たがらない方って、こうして色々と察して、嫌になってしまうのかも知れませんね」
《お知り合いに?》
「はい、故郷に。何でも言って貰える様に、色々と知って、喋って貰える様にって本を読み始めたんですけど。全然、相手にもしてくれなくて」
《それが初恋ですか?》
「あ、いえ、単なる幼馴染ですよ」
《折角ですし、今度の休みにでも帰ってみては?そう働き詰めになられると、他の者が休み難いだろうって、会長が言っておいてくれと仰ってましたよ》
「あー、ですよね、分かってるんですけど。どうにも考えちゃって」
《あぁ、仕事中毒ですね》
「はい、仰る通りで」
林檎君の後ろの窓に、怨霊が2体。
犯人は司書では無いのかどうかは分からないが、コレは同業者が関わっている。
《荷造りをしますから、案内をお願いしますね》
「へっ?」
《あ、例の作家先生の家でも構いませんし。はぁ、見て下さいこの鞄、長い付き合いなんですよ》
「おぉ、年季が入ってらっしゃる」
《久し振りに夜行にも乗ってみたいですし、案内をお願いします》
「どうして、急に」
《夜行の中で全てお話します、はい、行きましょう》
「そんな適当な荷造りで」
《大丈夫ですって、足りなきゃ買えば良いんですから、行きましょう》
もし林檎君が女なら、愛の逃避行だのと楽しめるんだけれど。
俺には無理だ、特にこうした輩は友の方が楽で、愉しいに違い無いのだから。




