2 記憶と男。
『コチラが、調査書となります』
側近から渡された調査書によると、彼女の言う事は本当だった。
前妻の子、家の中では差を付けられ育てられており、良家の娘としての習い事は無し。
そして片方は。
思い出した。
妹は姉の名を騙り、僕と付き合っていた。
そして結婚の申し込みに行った際、姉の方が出て来た。
だから僕は彼女を、そのままココへ連れて来た。
結納もせず、式もせず。
そして籍すら入れていなかった。
けれど何の為に、何故、どうしてそんな事をしたのか。
僕にはこの妹の方には欠片も興味が無かったし、今でも。
まさか、本当に途中から妹と交換する為に、書庫へ。
ゾッとした。
自分が行った行為でありながら、まるで赤の他人が行った愚行を思い出す様で。
ただ、未だに思い出せない事が有る。
どうして、その妹の方に好意を寄せていたのか、何故こんな事を続けているのか。
「俺は、彼女の何処に惚れていたんだろうか」
『ご確認に行って頂くべきかと、そろそろ里帰りを、と仰っておられました』
「そうか」
僕は、彼女をどう扱えば良いか分からぬまま、放置し。
幾日か過ぎた後、彼女と共に義実家へと訪れた。
《あら、やっと返品に来て下さったのね。私が悪かったわ、ごめんなさい》
あざとくも可愛らしい女性が、玄関口で僕の腕に巻き付いて来た。
『こらこら、困ってらっしゃるじゃないか、先ずは上がって貰ってからにしなさい』
《はーい、ごめんなさい。さ、上がって》
靴を整える間も無く強引に引っ張られ、ふと後ろを見ると、彼女が靴を整えてくれていた。
使用人が居るにも関わらず、黙って、いつも通りだとでも言う様に。
その視界を遮ったのは、ココの当主、彼女達の父親。
『事情は娘から伺いました、本当の相手との結納の内容を、コレから決めましょう』
《それにお式の事も、私、もう打掛を選んで有るの》
『良い仕上がりになりました。それに、例のご提案も、お受けさせて頂ければと』
例の件、と言われ、やっと全てを思い出した。
《えっ、今、何と仰ったの》
「彼女との正式な婚姻の手続きをしに来たんです」
『それでは話が違います、この子を娶り、その子は使用人として』
「もし孕めば、生まれた子を彼女の子とする。ですが、浅はかでした、そんな家で子供が育てばどうなるか。と言うか、彼女の様に育っては困ります、遊び過ぎて孕めない女になられては、いずれウチは没落する」
『待って下さい、ウチの子は病気で』
「追加調査で出たんですよ、ウチのは優秀ですから。何度か、そうした薬や手術をなさったそうで」
『いや、だが、ココに診断書が』
「金だけで動くなら更に大金を積めば良い、情に脆いならそれも上乗せすれば、分かるでしょう」
『お前、まさか、どこからそんな金を』
「貢ぎ物、それこそ金を出させていたのでしょう、醜聞は醜聞ですから」
『きっと、騙されて仕方無く、そうだろう?な?』
《そうなの、お父様、だから》
「アナタがそう思いたいならそうなのでしょう、ですが、コチラには調査書も証人も居る。アナタ達は黙って認め、遅れた結納品の代わりに幾ばくかの金銭をコチラに渡してくれれば、黙っていて差し上げましょう」
『それを保証』
「娘さんから周りへ証言させても良いんですよ、それに使用人達にも、金で黙らせられているなら更に金を積めば良い。下手をすれば、本当に無関係な者すらも、証言するかも知れませんね」
『分かった』
《お父様》
『お前は黙っていなさい!関係した者を全て書き記すまでは、お前が物置小屋行きだ、娘は他にも居るのだからな』
《そんな、お父様》
『すみません、甘やかし過ぎたらしい。直ぐに用意させて頂きます、ただ』
「ウチの妻の為にも本来は黙っておきたい事です、下手に同情されては逆に妻の重荷になる」
『あぁ、どうか、娘を宜しくお願い致します』
「はい、喜んで」
《そんな、酷いわ、あんなに愛し合ったじゃない》
「そうだったかな、すまないね、生憎と僕も遊び人なものだから記憶が混濁しているらしい。何処かの誰かと、間違えているんじゃないかな」
『そうでしょう、稀代の色男ともなれば、地味で目立たぬ奥方の方が株も上がるでしょう』
「もう、余計な事は仰らない方が宜しいかと。3日でコチラの満足のいく額が呈示されなければ、徐々に、日を追うごとに何故か真実が広まってしまうかも知れません。では、失礼致します」
私を愛している、と。
確かに名を偽ったけれど、直ぐに許してくれたし、うっかり不妊の事を漏らしても一緒に頑張ろうって。
なのに、どうして。
『全く、お前は』
《違うのお父様》
『お前の買収が甘いから金を積んで黙らせたと言うのに、良い、アレからも金を回収しお前の持ち物を売れば何とかなるだろう』
《そんな、お父様》
『知らずに居られるワケが無いだろう、全く』
《お父様、もしかして、あの打掛も》
『お前は身1つで嫁がせる、その方が良い場合も有ると分かったんだしな、次だ次』
《そんな、本当の娘は私だけだと》
『今の正妻の娘は、な』
《お父様、ごめんなさい、良い子にするわ》
『今更何を言うかと思えば、茶道だ花だ、何も出来無いお前に何が。いや、そうだな、前と同じ扱いにすれば、また良い相手に嫁がせられるかも知れない』
《お父様、何を》
『お前が、あの子になるんだよ』
《そんな》
『おい!妻を呼べ!!子育てに失敗した愚かな妻をな!!』
そんな、あの子は前妻の子で、だから私は。
「はい、旦那様」
『なんて躾けをしてくれたんだ!お前とは離縁だ!!』
《違うのお父様!》
『触るな汚らわしい。今しがた、お相手から聞かせて貰ったぞ、この娘の不妊の理由をな』
「申し訳、御座いません、ですが、娘は相手に騙されただけで」
『ほう、お前は医者と何の繋がりも無い、と言うんだな』
《お母様?》
『暫くは家に置いてやろうと思ったが、淫売として放り出し』
「どうか、それだけはお許しを、実家すらも頼れなくなってしまいます」
『なら、どうすれば良いのか分かるな』
「どうか、妾として、置いて下さいませ」
『なら全てを置き離れに移動しろ、分かったな』
《そんな、あんな部屋で》
『前妻の子は物置小屋で十分だ、そう言っていただろう、お前もな』
だって、お母様が。
そんな、まさか、あの子も。
「行きましょう」
《嫌、嫌よ、だって》
『コレだから、やはり失敗だったな、お前の躾けは。いや、それもそうか、正妻を追い詰めた妾、自分こそが大棚の妻となるべき存在なのだと豪語していたが。所詮は妾、性根の悪い妾だったのだからな』
「どうして、なら」
『妻もお前も愛していたからだよ、信じていた、だからこそ裏切られた反動は大きくなる。弓を引けば引く程、跳ね返ってくる力もまた、大きくなる』
つまり、お父様はあの子も愛してらっしゃったの?
《なら、どうしてあの子を》
『甘やかされたお前がコレだ、かと言ってマトモに躾ければコレが更に虐めるだろう、花嫁修業と思い耐えて貰うしか無かった』
「裏切ったのね!」
『先に裏切ったのはお前だろう、どちらも私は大切にしていた筈が』
「だから、だから黙って娘の蛮行を」
『さぁ、どうだかな。だが、お前は知っていて尚、止めなかったのだろう』
「止めたわよ!止めたのにこの子が」
《え、でも、また出来るかもって》
「万が一にもよ!」
『コレで、決まりだな』
「そんな、違うの、少し躾け直せば」
『バカでも産めるならまだマシな価値が有ったが、まぁ、相応の家には嫁がせてやる。腐っても、私の娘なのだからな。ただ、お前達が耐えればの話だ、良いな』
「はい」
それから直ぐにお父様は、新たな人を迎え入れた。
けれど、お母様の想像よりはマシな生活になった。
ただ使用人達は私達を無視する様になり、お母様は、何もしなくなってしまった。
ただブツブツと、まるで呪詛の様な言葉を吐くだけで。
《あ、お父様》
『お前の縁談が決まった、お相手の写真だ』
とても、あの人とは似ても似つかわしくない容貌で。
《お父様、私、洗い物もする様になったし。お洗濯も出来る様になったわ、お料理はまだだけれど》
『それらは必要無い、お前の容姿と若さだけで良いそうだ』
《それじゃあ、お稽古は無意味でしたの?》
『いや、踊りも見たいそうだ』
《そう、ですか》
『産めぬお前の相手を、正妻として迎えよう等と思う者の中でも、コレが良い方だ。それとも、コチラにするか』
お父様が差し出した写真には、どう見ても、父よりも上の方。
《そんな、冗談ですわよね?》
『コレでも、正妻にと言ってくれてるのは居るが、どうする』
私、そんなに悪い事をしてしまったの。
《分かり、ました》
『お相手の言う事を、良く聞くんだぞ』
《はい》
そして私は、その日の夕方にお相手の家へ。
お金は持っていそうだけれど。
「やぁ、良く来てくれたね」
《ひっ》
「酷いな、コレは君が移した病気でこうなってしまったのに」
《そんな、私、アナタとは》
「そうだね、君に手を出した男が手を出した女の婚約者だったんだ僕は」
《そ、でも》
「大丈夫、僕は君を気に入っているし、ちゃんと僕なりに大切にするよ。裏切らなければ、ね」
《裏切りって》
「大丈夫、君は凄くバカでどうしようも無いと知ってるから、ちゃんと教えてあげるよ」
《でも、お写真と違うし、私、家に》
「先ず1つ、君に帰る家はもう無い。君の母方の実家からも絶縁状をしっかり頂いている、君の家はもう、ココだけだよ」
《何で、どうして》
「君がとっても、可愛いから、だよ」
可愛いから、いつか素敵な男性に嫁げる。
他の男性とは、少し練習するだけで。
私に似合う男性に、嫁げるって。
《イヤ、帰らせて》
「試しに帰ってみたら良いよ、ただし自分の足だけで、追い返されても自分の足で」
《少し、お金を》
「逃げ出したいならどうぞ、けれどお金は出せない、欲しければ言う通りにするんだ」
《わ、分かったわ》
「では先ず、僕と一緒に入ろうか、お風呂へ」




