第十八章
翌朝。午前五時に目が覚めた。今日も仕事に行かねばらならない。だが、昨夜、あんな事件があった以上、とてもではないが仕事に行く気が起きなかった。それに、六月二十一日までにドールを捕まえないと、自分の命がないとなると、それどころではない。
とりあえず今日は休もう。そう思い、欠勤の連絡をする。休むと連絡を入れた瞬間、平日の朝の緊張感が一瞬で消えた。
そして、銀行の開く午前九時きっかりに三十五銀行高花支店に電話を入れて、通帳を紛失してしまったと連絡すると、行員は通帳の紛失届と再発行の手続きをしてもらわねばならない、また通帳だけが盗まれたのであればATMで現金を下ろすには、キャッシュカードも必要なので、お金は下ろせないから安心だが、再発行手続きは早くして欲しいとの事であった。
とりあえず預金は無事だろう、そう思うとホッとした。
「どうする? 手分けして探す?」
沙羅がトーストをかじりながら言った。由香里もトーストにバターを塗りながら、それがいいんじゃない、と言ってうなずいた。
昨日まであれほど仲の悪かった二人が、今日はそれほど悪い仲には見えないのが不思議だ。きっと、共通の目的……つまりドールたちを捕まえて田中の命を助けようとする点では利害が一致したからだろう。
「でも、手分けして探すと言っても、なかなかみんなが出かける場所って想像つかないよ」
田中はコーヒーを飲みながら、ため息をついた。
「でもね、案外近くにいるんじゃないかな?」
沙羅が、トーストの粉を服から払いながら言った。
「どうして?」
「だって、通帳のお金は下ろせないわけでしょう? すると、盗んだ金は三万円。それをみんなでもし、山分けしていたとしたら、五人だから一人六千円。六千円なんてすぐに使っちゃうよ? きっと遠くへは行けないはずよ」
沙羅はそう言うと、ハムエッグを口にした。
「でも、私はそうは思わないわ」
横から由香里が口をはさんだ。
「どうしてだい?」
田中が尋ねると、由香里は、
「だって、お金を五人でちゃんと分けるとも思えないのです。特にあかねはズルいし、未祐もそう。絵里もそうだから、三人でお金を取っちゃったんじゃないかな……」
「でも、どうだろう? それでも一万円じゃないか。一万円では大して遠くなんて行けないよ。とりあえず、この近辺を探してみようか」
田中はそう言うと、カップに残っていたコーヒーを飲み干した。
沙羅はうなずいたが、由香里は疑問に思っているようにみえた。
朝食を終えた後、軽自動車の助手席に沙羅が座り、運転席のすぐ後ろに由香里が座った。往路はまず沙羅が助手席に座り、帰路は由香里が座る事になっている。二人とも公平に助手席に座れるように田中が配慮したのだ。そうしないと、また喧嘩を始められても困ると思ったのだった。沈黙しても気まずくならないよう田中は好きな曲をかけた。
マンションの近くに「木島」バス停があり、一時間に一本、榊原駅へと結ぶバスがある。反対方向は日真温泉であり、寂れた温泉街であるが、逃げるならば温泉街に逃げるよりも電車に乗ろうとするだろう。そう判断して、まずは榊原駅へと車を走らせたのである。
二十分ほど車を走らせると、榊原駅に着いた。車を駅前駐車場に入れて、三人で付近を歩く。典型的な地方都市の中心部と言った感で、駅前の商店街は寂れてシャッター街と化し、飲み屋とサラ金とネットカフェが申し訳程度にあり、小さなビジネスホテルが点在しており、一応バスターミナルもある。田中は二人を連れながら歩いていくと、周囲の人々の目が自分たちに集中してくるのを感じた。何しろ平日の朝に、三十代の男が片や女子高生、片やメイド服の若い女を二人連れて歩いているのだ、誰が見ても怪しいと思うだろう。
「もしかしたら、バスに乗ったのなら、バスの営業所に聞いたら解るかも知れないね」
ふと、沙羅がそう言った。
「確かにそうだ。由香里はどう思う?」
「そうですね、バスに乗ったのなら……特にあの五人がバスに乗ったのなら、結構目立つと思います」
「と言うと?」
由香里は続けた。
「……だって、絵里なんてビキニを着ているし……ほかの子だって、制服を着ているから平日だと目立つと思うのです」
ビキニ、と言う言葉からくる羞恥心から由香里の顔が赤くなっている。
「でも、さすがの絵里もビキニで外に出ないでしょう? 何か別の服を着ているはずよ」
沙羅はそう言うと、あそこね、と指さした。
そこにバスの営業所がある。
「三島交通榊原営業所」と書かれたバスターミナルの端にある小さな営業所だ。バスの切符、定期券などを販売している。また、忘れ物なども保管している。小さな六畳間ほどの大きさの待合室があり、コンクリートの床に橙色のベンチが五つほど並んでいた。
ベンチに座る杖をついた白髪の紳士が、こちらを振り向くと少し驚いたような目をして、視線を逸らした。
「すみません。昨日、木島から榊原駅へのバスに乗っていた女の子、五人って覚えてますか?」
自分でもわけのわからない質問をしてしまったと思ったが遅かった。
「え? どういう事でしょう?」
窓口の向こう側にいる二十代の短髪の若い男は、戸惑っている様子だった。戸惑いながらも、田中の顔と、メイド服の由香里と制服姿の沙羅をそれぞれ見比べているような視線をした。怪しい男だ、と思っているに違いない。
そこで田中は、昨日、木島から榊原駅へバスを運転していた運転手がここにいないか、またいたなら、見慣れない高校生ぐらいの女の子五人がどこかへ行く様子を見なかったかと改めて尋ねた。
だが、窓口の男は、運転手はその路線だけを担当するわけでもないし、自分は窓口業務が中心で、運転手と日頃、よく話をするわけでもないから解らない、誰が、いつ、どこの路線を運転していたかを答えるのは個人情報でもあるし、答えるわけにはいかないと言う返事であった。
そうですか、解りました、とだけ言って田中たちは窓口を離れた。
平日の街は、老人たちと、ビジネススーツに身を包んだ営業マン、就活にいそしんでいるらしい若いリクルートスーツの女子大生などが目立つ。カフェを外から覗くと、学生風の男女が談笑していたり、営業マンらしき中年男が時間つぶしをしているのが見えた。靴屋の前には、ハイヒールの若い女が店に入ろうとしているのが見え、駅前のバスターミナルにはバスがひっきりなしに止まり、人々を乗せてはどこかへと運んでいく。
寂れた商店街を抜けると、大きな公園に出た。
公園には、噴水があり、複雑な造形をした水しぶきを空中に投げかけていた。ベンチにはホームレスらしき男がワンカップ酒を飲みながら何やらつぶやいているし、学校をサボったらしい女子高生が二人、何やら笑いながら通り過ぎてゆくのが見えた。
「ダメだったね」
公園のベンチに腰を下ろしながら、沙羅がそう言った。長い髪を微風にたなびかせた。
「ああ。やっぱりバスの運転手が覚えているはずないよね」
田中はそう言いながら、公園を歩いていく人々を眺めた。
「そうですね……手がかりは他にないでしょうか?」
由香里がそう言うと、沙羅も田中も首を傾げた。
「たとえば、どんな手がかりが?」
田中がそう言うと、
「たとえば、あかねたちがどこかへ行く様子を誰かが見ていたとか……考えられませんかね」
「確かに、聞き込みをすればそう言う目撃情報を得られるかも知れないが……俺たち刑事でもないからな、ちゃんと答えてくれるかな?」
「そうですね……」
由香里が考え込むような声を出した。
「でも、あかねとか絵里たちの性格を考えると、きっとにぎやかなところにいるんじゃない?」
沙羅はそう言いながら前髪を気にしている。
「そうだね……」
田中はつぶやきながら、足元の地面を見た。一匹の大きな蟻が、当てもなく歩いていくのが見えた。
にぎやかなところ……この駅前の? しかし、この地方都市の駅前の賑やかさなどたかが知れている。
きっと、電車にでも乗って東京だとか、大阪だとか、名古屋だとか、どこかの大きな街にでも行ったのではないだろうか?
周辺にもいるような気もするし、どこか遠くへ行ったのかも知れないと思うと、自分でも解らなくなってきた。ただ、思うのは、明らかにあかね、絵里、未祐の三人と、紗耶香、麗香の二人とでは性格が違いすぎるので行動を共にしているとは考えにくい。
どうしたらいいだろうか? どこを重点的に探せばいいのだろうか? 警察に頼むわけにもいかないし、ましてや興信所に頼むにも資金が少なすぎる気がした。
こうして迷っている間にも、刻一刻と時間だけが過ぎていく。六月二十一日までにドールたちを捕まえねば……仙人によって殺されることになるだろう。
田中は、頭を抱えた。
どうすれば……どうすればいいのだ……悩んだ。
「あ!」
突然、由香里が声を上げた。
「沙羅、あれ見て!」
「何?」
「ほら、あそこよ、あの二人!」
由香里が指さした先には、白いセーラー服を着たショートヘアの少女と隣には、ツインテールの紺色のセーラー服を着た少女が手をつないで歩いているのが見えた。
「あれ、紗耶香と麗香じゃない?」
由香里が興奮している。
田中も沙羅も、二人を凝視した。
間違いない。あれは、紗耶香と麗香だ。
遠くのベンチに、二人が腰を下ろすところが見えた。
「行こう!」
田中がそう叫ぶとともに、二人も後を追って駆け出した。
紗耶香たちが座っているベンチへと走った。逃げられたらどうしようと思ったが、とにかく二人を捕まえねばと必死になった。
後ろから沙羅と由香里が駆けてくる足音が聞こえた。
「紗耶香! 麗香!」
田中の声に二人が振り向いた。
ふたりとも、戸惑った表情を見せたが、逃げようとはしなかった。
「はあ、はあ、はあああ……お前たち、無事だったか」
田中が、息が切れそうになりながらそう言った。
「……すみません。逃げちゃったりしてごめんなさい」
紗耶香が謝ると、ほら、と麗香にも促した。
麗香も、小さな声で「ごめんなさい」と頭を下げて謝った。
「いいんだ。二人とも無事だったから、それでいいよ」
田中がそう言うと、紗耶香は済まなさそうにまたごめんなさい、と謝った。
「ほかの子たちは、どうしたの?」
横から沙羅が尋ねた。
「逃げちゃいました。お金も、全部あの子たちが持って行ったのです」
紗耶香がそう言うと、今度は由香里が尋ねた。
「どうやってあれから逃げ出したの?」
「……みんなで木島のバス停で待っていたら、榊原駅行きのバスが来たので、それに乗りました。お金は、未祐がみんなの分を払ってくれたし、あかねは未祐のカバンの中に身を隠していました。駅に着くと、未祐が、『ちょっと私たちは用事があるから、二時にあのバスの待合室で集合しようね』と、言って、未祐たちは、どこかへ行きました。それから、私と麗香が、二時に待合室に行ったのですが、誰も表れませんでした。一時間ほど、待っていたのですが、結局誰も来なかったので、騙された事が解りました。仕方なしに、昨日の夜は、駅の近くの公園で過ごしました。お金も一円も持っていなかったので、家にも帰れなかったし、連絡もできず、困っていたところだったんです」
済まなさそうに紗耶香はそう言った。紗耶香も麗香も、疲れ果てたような顔をしていた。夜の公園ではろくに睡眠もとれなかっただろうし、疲れるのも当然だろう。
「本当に、ごめんなさい」
今度は、珍しく麗香が声を出した。麗香の目には、涙が浮かんでいた。
その涙を見て、田中は責める気が起きなかった。
「いいんだ。すると、未祐たちがどこへ行ったかは、解らないんだね?」
田中がそう尋ねると、麗香は、小さな声で、ええ、とだけ言った。
「ご主人様、やっぱりあかねたち、お金を独り占めしたんですね」
由香里が少し怒った口調で言った。
「そうだね、あかねたちのやりそうな事だ」
「ところで、どうしてあなたたち、あかねに反対しなかったの?」
少し強い口調で、由香里がそう紗耶香に尋ねた。
「実は……私も麗香も、脅されていたんです」
怯えた口調で紗耶香がそう言った。
「脅されていた?」
由香里が疑うような視線を紗耶香に向けた。
「はい。未祐が『言う事を聞かないと、どうなるか解らないわよ』と言って、笑いながらナイフを首筋に当ててきました。その目は真剣だったので、私はゾッとして何も言えませんでした。それを見ていた麗香も怖がって何も言えなかったのです」
紗耶香の目には、嘘は見えなかった。
「でも、あなたたちも加担したようなものだよね」
相変わらず由香里は手厳しい。
「そんな……」
紗耶香が慌てて否定する。
「でも止めなかったじゃない。私と沙羅は反対して止めようとしたよ」
「……確かにそうですけれど」
紗耶香が下を向いた。
「由香里。それぐらいにしてあげて」
沙羅が助け舟を出した。
「だって!」
由香里は不満そうだ。
「まあまあ。紗耶香も麗香も、脅されていたんだ。仕方がないよ。それに、二人とも無事で見つかったからよかったじゃないか」
田中がそう言うと、由香里は仕方がない、と言う顔をした。
「見つかったら、大変だな」
ハンドルを握りながら、田中はつぶやいた。
定員四名の軽自動車に、田中、沙羅、由香里、紗耶香、麗香の五人が乗り込んでいるのである。小柄な麗香は、後部座席の後ろの荷物置き場のスペースにうずくまるようにして乗り込んでいる。
もし、警官に見つかったら面倒な事になる。
事故だけは起こすまい、そう思って田中はスピードを控えめにして安全運転に徹した。
榊原駅から家まで片道二十分ぐらいなのに、まるで時間が停まったかのように感じる。
頼む、無事に、無事に家に着いてくれ……まるで祈るような気持ちで運転を続けた。
ドールたちも疲れたのか、誰も口を聞こうとしない。助手席の由香里も、前を向いたまま目を閉じていた。
幸い、検問に引っかかることなく、マンションの駐車場に車を滑り込ませると、ドールたちも降りた。最後に麗香を下ろすと、田中たちは自宅に戻った。
結局、紗耶香、麗香は見つけ出すことができた。幸い、二人とも無事に見つけ出すことができた。
しかし、問題は、あかね、未祐、そして絵里だ。おとなしそうに見えた未祐がナイフを使って紗耶香と麗香を脅していた事が解ると、やはり油断ならない連中である。
三万円を使って、どこかに高跳びしたのだろうか? そうなると、見つけ出すのもさらに難しくなるだろう。
ドールたちが寝静まった夜、リビングで一人、ビールを飲む。
ほろ苦いビールの味が、まさに今の現状を表しているような気がした。
どうしたら、捕まえる事ができるのか。
あかね、未祐、絵里……この三人はなかなか油断ならない。
あの三万円ぐらいの金などすぐに使いきってしまうだろうから、その後がどうなるか、だ。あきらめてこの家に戻ってくる可能性も十分にあるが、そうならなかった場合は、どうなるのだろうか?
それにしても……絵里はビキニではなくてどんな格好で外に出たのであろうか? ふとそんな事を考えた。
絵里がビキニではなく何を着て行ったのか、詳しく紗耶香や麗香に聞くのを失念していた。
そんな事を考えながら、ふと苦笑する。俺は、一体何を考えているのだろう、と。
絵里がビキニで外に出ようが出まいがどうでもいい事ではないか、と。問題は、六月二十一日までにすべてのドールを捕まえる事だ。
そうしないと、命がない。
「陽一、まだ寝ないの?」
その声に振り返ると、沙羅が立っていた。陽一の使い古したパジャマを着ている。その胸の膨らみを見て、ちょっとドキッとした。
「ああ、いろいろと考えていてね」
そう言いながら缶ビールを口にした。
「あいつら、今頃何をしているんだろうな、ってね」
あいつら、とはあかねたちの事だ。だんだんと金がなくなってくるはずだ。何か事件を起こさねばいいが……そんな事をふと思った。
「そうね。いつまでもお金があるわけじゃないし。何をしてるのかな……」
ふと肩に手の感触を感じた。
そして柔らかな指が、田中の頬に触れた。
「そうだね」
田中はその指にそっと触れた。柔らかな少女の指が心地よく感じられた。
目の前に、沙羅の顔がある。
頬が赤らんでいる。じっと、田中の目を見ている。
甘い吐息をすぐそこに感じた。
「沙羅……」
そっとその髪に触れる。
沙羅は目を閉じた。
突然、スマホが鳴り始めた。
誰だろう?
残念そうな顔をして沙羅が離れた。
田中は、テーブルのスマホを拾い上げた。
画面を見ると、今時珍しく、「公衆電話」と表示されている。一抹の不安を感じたが、出て見る事にした。
「もしもし」
「ククク。陽一だね」
聞き覚えのある女の声がした。その声は……絵里ではないか!
「絵里?」
「そうだよ。久しぶりだね、と言ってもまだ一日しか経っていないか」
そう言って絵里はケラケラと高笑いした。
「いま、どこにいるんだ?」
「フフ、それは言えないよ」
絵里はなんだか楽しそうだ。
「ほかの二人はどうした?」
「みんな一緒にいるよ」
「そうか、どうだ、もう金もない頃だろう? 帰ってきたらどうだ?」
できるだけ優しい声を出してみた。うまくすれば、三人とも帰って来るかも知れない……紗耶香と麗香のように。
「やだね」
絵里はそう言ってまた笑った。
「どうして? みんなでまた、いっしょに暮らしたらいいじゃないか」
田中はそう言って食い下がってみた。もしかしたら、三人とも戻ってくるかも知れないと思った。
「あんたの家は狭いし。汚いし。おまけに退屈な女ばっかり。息が詰まるよ。どうせ私と寝たいだけでしょう? あんた、いつも私のビキニばっかり見てるくせに。この変態」
田中は変態と言われて少し苛立ちを感じたが、ここで怒ってはだめだ、と我慢した。
「まさか、まだビキニ着ているの?」
そんな愚問をしてしまった自分を後悔した。本当は、帰る事を進めるつもりだったのに、なぜかそんな質問をしてしまったのだ。
「着ているよ。立ってきた?」
また絵里が笑った。つくづく下品な女だ。
「まさかビキニしか身に着けてないの?」
また愚問を発してしまった事に後悔した。
「まさか。そんなわけないでしょ? また変な事考えているんだね、この変態」
また、絵里に変態と言われた。だが二度も言われると、今度は逆に慣れてきた。
「ところで……帰っておいでよ、とにかく」
食い下がってみた。このまま仙人に命を取られてはたまらない、そう思ったのだ。
「帰らないよ。つまらないし。いいこと教えてあげる」
絵里がまた笑った。
「いい事って?」
「これからね、私とあかねや未祐で、でかい仕事をするのよ」
その声には、何かを企んでいるようにも感じた。
「でかい仕事とは?」
きっと何か企んでいるのだろう。
「そのうち解るよ」
突然、ビーっという音が聞こえ、電話が切れた。
ふと隣を見ると、沙羅が心配そうな目をしてこちらを見ている。
「どんな電話? あの子たち?」
「ああ」
田中はため息をついた。
「何を言ってたの?」
「でかい仕事をする、って言ってた」
「でかい仕事?」
「らしいよ。でも、何だか嫌な予感がする」
田中はそう言いながら、ソファーに深く腰掛けた。
天井を見た。
木目模様が見えた。じっと見ていると、まるで人の顔のように見えてくる。その様子が妙に飽きず、つい見つめてしまった。
それにしても……三人が「でかい仕事をする」ってのは、きっとろくな事ではないだろう。だが、一体何をするつもりなのだろうか?
やめよう。とにかく今日、絵里から電話があっただけでも何かの収穫だ、そう思う事にした。
とにかく、今日は寝よう。そう思った。
田中は、缶の中のビールを飲みほした。